第32話 ボルネオ発の経済ショック

 

 後で聞いたが、アリアさんも結局徹夜をして対応に当たっていたそうだ。

 当然、今アリアさんの助手として働いているリスさんチームもここ数日の残業をこなしていたとかで、この日はネコさんチームとの引き継ぎを行い、少しは楽になるとか。

 尤もアリアさんには、当分の間安息は来そうにないが………。


 翌朝早くから殿下もエニス王子も忙しく、朝の朝食会は中止との連絡を受けたので、直人は女性たち全員とダイニングスペースにて朝食を取っていた。


 その席で、アリアさんから「この後、報告があるのでお伺いします」との話を聞いた。


 朝食後に直人は自分の執務室で待っていると、アリアさんが分厚いファイルを持ってやってきた。

 直人の前まで来ると、一枚の報告書を手渡してきた。


 まず最初に目に付いたのが、とにかく大きな数字だ。

 いったい何桁あるのだろう10桁はありそうだ。

 直人は端から順番に一、十、百と数えているとアリアさんが日本円で、123億5342万385円です。

 税抜きでの金額ですと教えてくれた。

 その後書類の中身について説明をはじめようとしていたので、これほどの大きな金額の話は完全に理解していないとまずいと感じ、直人はアリアさんに説明を待ってもらい、かおりさんと一緒に説明を聞くべく、かおりさんを呼んだ。


 すぐにかおりさんがお茶を持って部屋に入ってきた。

 直人は、重要そうな説明なので一緒に聞いて欲しいと頼んだら、かおりさんは内容について知っていたらしい。


「アリア、数字が確定したの」

「そうよ、その報告と、これから仕掛ける件での承認を貰いにね」


「かおりさん何のことなの」

 かおりさんは丁寧に教えてくれた。

 ここに書かれている数字は、直人が陞爵の際に頂いた20億円を使って運用した結果だというのだ。


「そ、それにしても、金額が多すぎませんか。

 だって、頂いたお金で、飛行機とか買って、正味20億円はなかったはずだよね。

 下手すりゃ10億円程度だったかも。

 それだと、わずか2ヶ月程度で10倍近くになっているよね」


 その直人の驚きのもっともなのだが、それについてもかおりさんが知っていた。

 海賊興産の株式を使った、かなりリスキーな運用を行っていたそうなのだ。

 仮契約を済ませている海賊興産の株式を使って、現物はもとより、先物、それにオプション取引など、レバレッジを掛けられるだけ掛け、運用に回せる資金を全額使ったそうだ。

 直人の財産運用会社『直人マネジメントコーポレーション』を立ち上げた時の海賊興産の株価は、昨日までに評価額で45%まで上昇していた。

 そこに100倍を越える倍率でのレバレッジを掛け、運用していたのを昨日までに精算したのだという。

 結果、運用成績としては7.5倍の成果を出したとの報告だった。


 で、ここからがアリアさんからの相談だが、これを使って大明共和国と高麗民国に仕掛けたいと言ってきた。

 先の日本での大捕物で、ボルネオでも捕まえた大明共和国の大物についての身柄引き渡し騒動に端を発した大明共和国との外交紛争が経済界にも影響が出るとの説明を聞いた。


 直人が受けている説明では、過去のオイルショック程度の影響が出るとの説明だったが、どう聞いても経済界にショックを起こすとしか聞こえてこない。


 そのターゲットを大明共和国に置いていると聞いた。

 しかし、直人たちにとっては、宿敵は大明共和国だけでなくその手先となっている高麗民国もそうだ。

 今回のショックで無傷とはならないだろうが、それでも直接しかけたいと言ってきた。


「確かにあいつらは許せないよね。

 絶対にあいつらにも一矢を報いないとね。

 うん、アリアさん。

 たとえ損失が出ようとも気にしないで、やりたいようにやってくれ」


「直人様、絶対に損失は出しません。

 目標は500億円を考えております。

 海賊興産のようには行きませんが、これくらいは取れそうですので」


「倍率として4倍程度かしらね。

 それくらいなら大丈夫そうね」


「アリアさん。

 僕はアリアさんを信頼しているけど、絶対に無理だけはしないでね。

 全額損失したって、命まで取られるわけじゃないし、それに海賊興産からの契約金も直ぐに入ってくるから、無理しないという条件で承認するよ。

 あ、それにもう一つ、徹夜はお肌に毒だし、何より健康を損ねるから徹夜を無しでね。

 できれば今日もこれから休んでほしいけど、どうだろうか」


「ありがとうございます。

 流石に今日はすぐには無理ですが、休みを入れることをお約束します。

 ああ、報告がまだでしたが、来週にはその海賊興産からの入金がスイスの口座に振り込まれます。

 今年分は500億円で、以後毎年100億円ずつ15年の契約で、30年の権益です。

 これらが落ち着いたら、その500億円の運用先も検討しませんとね」


 結局、海賊興産との契約は契約金2000億円、算出される原油の15%を国庫へ、25%が直人マネジメントコーポレーションにということになっている。


 これだけでもものすごい財産だが、その財産を使って次世代への何かを残していくことが求められている。

 それがエニス王子を助けることに繋がり、直人の使命とも言える。


 アリアさんは直人から全幅の信頼と白紙の委任状を頂いたようなもので、嬉しそうに部屋から出ていた。


 かおりさんが直人のことを優しく抱いて、「私たちを信じてくれてありがとうございます」

 と耳元で優しく囁いてくれた。


 その日はそのあと穏やかに過ごせればよかったのだが、大方の予想通りに大明共和国からかなり過激な反応があった。


 それは大明共和国の外交部スポークスマンの声明から始まった。


 まず、緊急の記者会見が開かれ、名指しでボルネオ王国の対応を強い口調で非難してきた。

 それと前後してボルネオ王国駐在の大使から国王に対して、逮捕中の大明共和国民の即時解放と非礼な態度に対しての謝罪を求めてきた。


 これを受けたボルネオ王国政府はかなり焦っていたようだが、皇太子をはじめ王室の方は既に想定済であるので、用意したシナリオに沿って行動を始めた。


 経済戦争の始まりだ。


 正直なところ、先月の25日には大明共和国から資本の引き上げは決定しており、その段階で資本の引き上げを秘密裏に始めていた。

 王室の個人資産や、皇太子府預かりの公的資産の内、秘密予算に計上されるものについてはこの段階で引き上げは済んでいる。

 ここからは、年金予算などの資産運用のポートフォリオから、大明共和国関連の物を外し始めた。


 もうこうなると、発表はしなくとも勘の良い市場関係者にはボルネオ王国の考えが見えてくる。

 現に日本政府やコロンビア合衆国の年金などの運用から同様に資本が逃げ出し始めた。


 政府関係者や皇太子府に詰めている侍従たち、それに自身の資産を管理しているエニス王子の周りの人たちは、経済戦争に備えて準備で大忙しだ。


 当然その中心的役割を担わざるを得なくなっているアリアさんは、当分の忙しさは予約済だ。


 しかし、直人となると、こういう分野では門外漢なものでやることがない。

 かと言って女の子たちにちょっかいをかけて時間を潰すわけにも行かない。

 その女の子たちは皆忙しいのだ。


 こういう空いた時間に、直人はパイロット研修を受けることにしていたので、この日も周りが騒々しくなっている中、ボルネオ空軍基地まで出向き自家用機のライセンス取得に励んでいる。


 一応、直人にはかおりさんか、その代理となる女性が数人付くが、これも緊急事態対応で、すぐに連絡が付くようにとの配慮だ。


 このような生活はその日だけでなく、これからの数日続いた。


 外交関係については日に日に悪化の一途だ。

 大明共和国にすれば「多少金を持つ弱小国が何を生意気を言っているのだ」というスタンスで、圧力をかけ続けている。


 現在両国では非難の応酬が続いている。

 しまいにはボルネオ王国近海に大明共和国のフリゲート艦までがうろつきだした。

 ヤクザの対応かと思うのだが、彼らからしたら、生意気な奴を脅して言うことを聞かそうという理屈だ。


 しかし、これをボルネオ王国の王室は待っていた。

 アリアさんが後ろで糸を引いているのだが、この緊張状態を作り出した大明共和国を強く非難したあと、大明共和国に対して投資している資金の引き上げを決め、すぐさまマスコミ各社に対して、資本の全面的な引き上げを発表し、即時開始したとも発表したのだ。


 これと時を同じくして、ボルネオ王国と親しいスレイマン王国も信頼のおけない大明共和国に対して資本の即時引き上げを決め、これも即時に開始したと発表した。

 すると、中東で中立関係にある国々もスレイマン王国に続いた。


 こうなると、ただでさえ不安のあった大明共和国へ投資をしていた国々も続々引き上げを開始した。

 世界の市場は瞬時にパニックに陥った。


 これに輪をかけたのがスレイマン王国からの発表で、先のパリでのテロ事件についての実行犯の詳細が公表された。

 実行犯がKCISで高麗民国によるスレイマン王国第4王子の暗殺未遂であると公表し、これを理由に高麗民国からの資本の引き上げも決定、即時開始を公表したのだ。


 世界の株式市場は一斉にストップ安に陥り、市場は実質的に機能不全に陥った。

 経済ショックだ。

 あるアナリストは産油国に端を発した経済ショックを第5次オイルショックと言い出したり、大明ショックと言い出したりと、かなり世界中が混乱をきたしていた。


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