第30話 幼馴染の梓

 

「予約をしております本郷です」

「いらっしゃいませ、本郷様。

 別館、離れの間をご用意しております。

 こちらにサインとクレジットカードのご提示をお願いします」と言われ、かおりさんがブラックカードをホテルのフロントマンに提示していた。

 さすがにこのクラスのホテルだと慌てることなくブラックカードを受け取り、その場で処理をしていた。

「ありがとうございます。

 では、この者が案内させていただきます」


 俺はかおりさんについてホテルの人の後に続き部屋まで案内されていった。



「あれ、本郷くんじゃない」

「え、見間違えじゃないの、だって彼がここに来るわけないじゃない」

「そうだよね。

 そういえば本郷くんを最近見ないね」

 女子高校生の一団と思しき女性たちからそんな声が出ていた。


「え、直人くんいるの。

 どこどこ」

「も~、梓は本郷くんのことになるとね~。

 見間違えよ」

「そうだよね」

「そう言えば、本郷くんは大学を決めてから一回も学校来ていないよね。

 本当にどこほっつき歩いているのやら。

 明日の卒業式には出るのかな。

 梓は何か聞いていないの」

「彼の施設の院長先生に一度聞いたけど、見聞を広めるためにヨーロッパに旅行中だって」

「ヨーロッパかいいな~~」

「それよりもケーキバイキングの時間になるよ。 

 そろそろ行こうよ」


 ちょうどホテルのロビーで俺たちとニアミスしたのは俺が通う高校の同級生たちで、 明日の卒業式を前に高校最後の女子会をケーキバイキングでやるようだ。


 そのうちの一人に佐々木梓という少女もいた。

 彼女はこのあたりでは有数の規模を誇る佐々木精密工業の社長の一人娘で、この街では珍しいセレブに属する人なのだが、俺が中学時代から同じクラスで、施設出身の俺に対して親しく接してくれた数少ない友人の一人だ。


 中学高校と同じ学校に通い、ちょくちょく俺と一緒にいた。

 彼女から俺はよく彼女の趣味である本を借りては施設の幼い子供たちと一緒に読んでいた。

 借りてくるのはラノベだけだけれど、これは彼女の趣味で、腐りきってはいないが、少々オタクが入っているというのが俺の正直な彼女に対する感想だ。


 俺たち二人の関係は当人同士にはわからないが、今彼女のそばにいた梓の友達だけからは、『あ~~青春』って感じをやっていると見られているようだ。

 全ては後から知った話なのだが、周りからどう見られていようとも俺の方はというと、生きるので精一杯の生活をしてきていたので、友情だとか恋愛だとかは全くの未経験だ。

 それでいて、最近やたらと経験する人数や回数だけはおかしなことになっているのだが、そんなことは今はどおでもいいことだな。

 そんな俺でも唯一梓にだけは、良くしてくれていたこともあってか、感謝の念でいっぱいだ。


 そんな二人の軌跡だが今は交わることもなく過ぎていったが、この先複雑に、交わってくることを予感させる一時だった。


 話を戻して、俺はロビーからホテルの日本庭園を抜けて離れの部屋についた。

 ここは日本家屋で俺たちだけの宿泊となる。

 早い話が、このホテルのスイートルームのような扱いだ。

 ホテルなのに高級旅館のようなたたずまいで、中にはプライベート利用の露店風呂まである。

 案内役が下がったすぐ後から、中居さんのような着物を着た美人が部屋に現れお茶をたててくれた。


「ようこそおいでくださりました。

 私は当ホテルの支配人をしております。

 本日だけのお泊まりと伺っておりますが、どうかごゆるりとおくつろぎ下さい」

 と丁寧に挨拶をしてから部屋を出た。


「まるで旅館だな。

 あの挨拶で女将とか聞いたら吹き出したところだ。

 でも、見た目は完全に旅館の女将だな」


「そうですね。

 私も日本の旅館やホテルに詳しいわけじゃありませんが、地方だとよくあると聞いております。

 高級旅館と高ランクホテルがごっちゃになっているのだそうです。

 結婚式などにも利用されるそうですからね」


「それもそうか、せっかく入れてくれたお茶でも飲もうか」


 畳に置かれた豪華な漆塗りのテーブルに、置かれたお茶を二人で楽しんでから、かおりさんが話しかけてきた。

「直人様との二人きりの宿泊は初めてですね。

 権利は使いませんが、今日くらいは二人きりを楽しんでも構いませんよね」と言いながら、着ていた服を脱ぎだした。

 え、早速ですか、着いたばかりなのに。

 俺は驚いたが不満があるわけはない。

 それどころか日本に着いてからはあまりに忙しく、そういったものはご無沙汰が多かったから、すっかり俺の息子は臨戦態勢に入っていった。

「せっかく露天風呂が準備できていますから、ご一緒しませんか。

 たっぷりとご奉仕させていただきますよ」と言いながら、全裸になったあと、かおりさんは俺の答えを聞かずに服を脱がしに入った。

 そこからは、たっぷりと時間をかけたお楽しみタイムの始まりだ。

  …………

   …………

    …………

 ふ~~~、久しぶりに2時間かけてかおりさんを堪能した俺は、軽装に着替えて、ホテル内を散策することにっした。


「火照った体を冷やしてくるよ。

 この広いホテルの散策に行くけど、かおりさんも一緒に来るか」


「いえ、私は今の幸福感を味わいながらここでゆっくりとさせていただきます。

 それに、もう一度体を洗わないと外には出れませんから。

 直人様だけで行かせる御無礼をお許し下さい。

 でも、決してホテルからは出ないでくださいね。

 我々は仕掛けた側なので警戒だけはしておきませんと」


「わかっていますよ。

 出ませんから安心してね。

 小一時間もしないで戻ってきますから。

 携帯は持って出ます」


 俺は、ホテルの中庭をゆっくりと散策したあと、ロビーまで戻っていた。


 このホテルのロビーは広く開放的で、ロビーに併設するようにお土産などを売る店や、軽食などを提供するレストラン等があった。

 また、2階に上がるエスカレーターもあり、2階には先ほど俺の同級生たちが高校最後の女子会を開いているケーキバイキングを行っている喫茶スペースが広く取られていた。


 俺がなにげにその2階に上がっていくとちょうどトイレから出てきた梓とばったりであった。


「な、直人君。

 直人君だよね。

 直人君、今までどこでなにしていたの」


「あ、梓、久しぶりだな」


「何が久しぶりよ。

 直人君が大学を決めてから一回も学校来なかったじゃない。

 し、心配したんだからね。

 施設まで行って院長先生にも聞いたんだから」


「それだったら、俺がヨーロッパに行ったことを聞いただろ」


「ヨーロッパにどれだけ行っていたんだよ。

 受験勉強を見てもらいたかったんだからね」


「梓は俺よりも成績がいいだろう。

 俺が見る必要なんかないだろう。

 それに、梓は理系希望だったよな。

 俺に理系科目なんか聞くなよ」


「そ、そうだけれど。

 それでも不安だったんだよ。

 そばで一緒に勉強したかったんだからね」


「でも楽勝で合格決めたんだろう。

 でないと、今ごろこんなところでお茶会なんかしていないだろうから」


「それはそうだよ。

 無事第一希望の東都大学理工学部に合格したよ。

 だから春からも一緒だよね」


「学部が違うけどな」


「意地悪言わないの」と、本当に久しぶりに会った幼馴染で数少ない友人の梓と、軽口を叩いていると、梓の友人の一人が梓を探しに来ていた。


「梓、どこにいるの~~」


「ごめん、陽子が探しに来ちゃった。

 明日は卒業式には出るよね」


「出るよ、そのために戻ってきたのだから」


「明日、ゆっくりと話ができるかな」


「ごめん、ゆっくりとはできないんだよ。

 詳しい話は今度するけど、ヨーロッパ行ったことで俺の生活が180度変わった。

 いま、スレイマン王国の王子の元で仕事をしているから時間が厳しいかな」


「でも。きちんと大学には行くよね」

「あ~、そのために今忙しいとも言えるかな」


「梓~~~」


「ごめん、もう行くね。

 また明日、学校でね」と言って、梓は名残惜しそうに何度も振り返りながら友達のところに走っていった。


 この時に俺はしみじみと感じていた。

 ほんの少し前までは俺はただの学生だったと、今は普通とは言い難い生活になってしまった。

 何より、最近急に、普通の学生が知り合うことのない人たちばかりに知り合いができた。

 外務省の役人やら大企業のエリートOLやらと、普通じゃないなと思いながら、俺の前から走り去っていく梓の後ろ姿を見ていた。


 あれ、あまり気にしていなかったけど梓って、いい女か。

 スタイルは高校生としては明らかにその基準を超えており、容姿も申し分ない。

 何より性格も明るく、社交的だ。


 つい最近まで童貞だった俺だが、最近の乱れた生活によって女性を見る目が肥えてきていた。

 その俺が幼馴染の梓をこの時初めて女性として認識したのかもしれない。


 あれ、さっきまで賢者だった俺だが、梓のことを考えていたら、またぞろ息子が暴れ始めた。

 これは大変だ。

 急いで部屋に戻らないと。

 かおりさ~~~ん、もう一度頼めますか~~。

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