第29話 卒業式前日

 インペリアルホテル内のスペシャルスイートでは既に残った女性たちの手によって帰国組の帰国準備を始めていた。


 既に2つ借りていたスペシャルスイートの内、俺が宿泊している方を残し、別の部屋のチェックアウトは済んでいた。


 荷物もコンパクトにまとめられており、帰国の際に一緒に持ち帰る分と、新たに借りた事務所スペースに置いて行く物とで分けてあった。


 事務所スペースの契約は既に済んでおり、イレーヌさんに引き渡しも終わっていたので、手隙の者が、事務所に、ここで使っていた通信施設やパソコン関連の物ばかりだが、ホテルから台車を借りて運んでいた。


 イレーヌさんの説明では盗まれても影響の少ないものばかりで、今鍵付きの保管庫を発注しているので、それが納品されない限りそれ以上の価値のあるものはここで誰かしらの監視のある所で管理している。


 ま~ここの人たちはリアルに命の危険のある環境で仕事をしてきているので、早々油断などない。


 帰国組の準備は問題なくすぐに済み、皆で昼食を摂ることができた。


 今回の訪日では、これから2~3日ゆっくりとできるつもりでいたのにほとんど時間が許さなかった。


 明日には俺とかおりさんだけが東京を離れて俺の育った町に向かう。

 既に向こうでの宿泊先は確保してある。


 明日向かう先の町では、ここのような国賓が泊まっても問題ない格式のあるホテルがあるはずも無いが、あの街で一番豪華なホテルといったレベルのホテルを押さえているようだ。

 準備万端整ったところで俺たち全員がロビーに降りた。


 ホテルの車寄せからタクシーを分乗して羽田に向かおうと思っていたのだが、なんとロビーには先日まで一緒に仕事をしていた外務省の役人である里中さんが待っていた。


「直人君、話は聞いているよ。

 今の俺にはこれくらいしかできないけど、職場の車を借りてきた。

 それで羽田に向かおう。

 俺も見送りくらいはしたいからね。

 同行してもいいかね」


「ありがとうございます、里中様。

 お言葉に甘えることにします。

 すみませんがよろしくお願いします」と言うと、里中さんが皆をホテルの地下駐車場に案内していった。


「さすがに車寄せだと目立ちすぎるからね」と言いながら地下駐車場で待機していたマイクロバスに案内してくれた。


 さすがお役所の持ち物だけあって、外からは中が覗けない工夫のしてあるマイクロバスだった。

「さあ、乗った乗った」


 俺たち一行を乗せたバスはそのまま近くの首都高入口から高速道路に入って羽田空港に向かった。


 どこで下ろされるか俺は理解していなかったが、マイクロバスの運転手は慣れた道なのか一寸の迷いもなく知らないところに連れて行かれた。

 バスが止まって案内された場所は、有名な第一ターミナルとか国際線ターミナルとかいうところじゃなく、いわゆる関係者以外お断りといった場所にある、ちょっとこじゃれた建物の入口だった。


「さあ、中に入るよ。

 既に殿下たちは到着されて待っておられるらしい」


 そのまま中に案内されていくと、小奇麗な待合室に通された。

「どこの国にもあるのだな、セレブ御用達といった感じものが」


「ここは専用機でのお客様をお待たせするときに使う場所だ。

 外交特使など特別な場合だけに使われる、あとは秘密の移動で使う役人や政治家に使うかな。

 直人君たちにはもってこいの場所だろ」


 部屋の中はパリのドゴール空港で待たされた部屋とあまり変わりばえしていなかった。

 そんなものかなと、俺はちょっとばかりがっかりしたのだが、気を入れ直して、殿下たちに挨拶を交わしていった。


 この部屋で、出国する人間だけのパスポートを空港に詰めている外務省の役人が預かり、部屋の隅で端末を使って出国処理をしていた。


 パスポートを返されると、空港職員が迎えに来た。

「搭乗機の準備が整いました。

 こちらにどうぞ」


 案内されるまま、俺たち全員が建物の外に待っているバスに乗り込んだ。

 バスはそのまま空港内を走り、自家用機駐機場まで連れて行った。

 ボルネオ王室専用機で止まり、ここでしばしのお別れの挨拶を交わして、殿下たちとは別れた。


 ホテルまでは里中さんに送ってもらい、帰りのバスの中で、これからの予定を聞かれた。


「明日は、地元に戻って3月1日の卒業式に出るだけです」

「え、そうか。

 直人くんは、まだ、高校生だったのか。

 もっと大人かと思っていたよ。

 その後はどうするのだ」


「はい、一旦ボルネオに戻り4月からは大学に通いますよ」

「どこの大学か聞いてもいいかね」


「はい、東都大学の文学部に通います」

「え、東都大学か。

 それじゃ、大村や俺の後輩になるのか。

 最も学部は違うようだが」


「そうじゃないかと思っていました。

 外務省には多いと聞いていましたから。

 これから何かありましたらよろしくお願いします、先輩」


「連絡先は交換してあるが、住むところは決まったのか。

 大使館とかに住むのか」


「いえ、彼女たちの活動拠点は確保できたのですが、これといって良い場所がまだ無くて、当分はホテル住まいになりそうです。

 これからの活動はインペリアル周辺になります。

 事務所もあそこに決まりましたので」


「さすがに資金力あるな。

 こればかりはあまり力になれそうにないが、こちらこそ、まだまだ協力が必要なようだから、よろしくな」


 そんな俺と里中さんの会話を笑顔で聞いているかおりさんは小声でイレーヌさんに通訳をしていた。


 インペリアルホテルに着くと、里中さんにお茶でもと思ったのだが、やはりとても忙しい人なので、直ぐに戻っていった。


 俺たちはそのままホテルでゆっくりとした時間を本当に久しぶりに過ごすことができた。


 翌日は皆で遅めの朝食をとった後、俺とかおりさんだけが東京駅に向かい新幹線で俺の地元に向かった。


 イレーヌさんは、確保した事務所スペースを1日でも早く事務所として機能させるべく、残った女性たちと奔走するらしい。 


 昼過ぎに地元の駅に到着した。

 さすがに新幹線の停車駅(こだまだけだけど)だけあって駅前はこの町一番に開けている。


 このあたりは日本でも有数の工業地帯で大小さまざまな工場が林立している。

 そのため駅前はこの工場へ出張でやってくる出張族のためにホテルも多く、そのバリエーションも豊富だ。

 格安のビジネスホテルから会社役員などが利用するような格式のあるホテルまで色々なレベルのホテルを選べる環境だ。

 尤も皇国ホテルのような国賓を泊めるまでのホテルはない。


 ここでホテルを探していた彼女たちの本当に残念そうな顔を見たら、『え?どうしてなの』と思わず声が出そうになった。

 そりゃ彼女たちが今までお世話していたのは石油などの地下資源の豊富な非常にリッチな国の王子様なのだからある程度は理解できるが、そのあと俺の世話なのだから、認識レベルを落として欲しいものだとつくづく思っている。


 しかし、なぜだか、決して無理解でない人たちなのに、ややもするとエニス王子以上に格式にこだわっているように感じてしまう。

 必要以上に大事にというより過保護のような気がしてくる。


 今では俺の方が折れて彼女たちに合わせている。


 俺たちはそんな彼女たちが探しに探して合格点を出したこの街でも有名なホテルに着いた。

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