第5話 【私の文章】
健斗は、理彩を見舞った後直ぐに、音楽番組『Twinkle☆Everyone !!』の生放送の為に、アプローズテレビへと急ぐ車中に居た。
マネージャーが、今日のスケジュールを淡々とした表情で告げる。
建前は、真剣に聞いていたけれど、本心は理彩が気がかりで仕方なかった。
本当は、ずっと傍に居て看病したかった。
しかし、煩わせたくなくて、わざと突き放して思いやってくれた、そんな優しい心境を鑑みると、ただ現在の自分に出来ることは、応援してくれるファンに笑顔を届けること、誰よりも最愛の理彩にエールを込めながら、最高のパフォーマンスをすることだと、唇を噛み締めて握り拳に誓ったのだった。
テレビ局に到着すると、リハーサルを終えた他のメンバーは既に楽屋に居るのか、廊下まで賑やかな話し声を弾ませている。
取り繕った笑顔で、
「お疲れ様です!!
遅くなって、すみません。
今日も宜しくお願いします!!」
と言うと、溢れる笑顔で返してくれる。
暫くして、男性スタッフが楽屋をノックして、
「もうすぐ本番です。
EMERALD MOONの皆さん、入(い)りの準備お願いしま~す!!」
と呼びかける。
「はい!!」
と言って、嬉しそうに出演場所へ急ぐ。
体格の良い男性が四角い機材の画面越しに、マイクを持った個性派で有名な女性ベテラン司会者を、焦点が合うように映し出そうと構えている。
「それでは、本番です。
3秒前…2秒前…1秒前。
キュー!!」
と、女性タイムキーパーが、手で合図を出す。
視聴者にも微笑みかけている司会者が、
「こんばんは!!
今週も『Twinkle☆Everyone !!』の時間がやって参りました!!
司会の音橋 美夜(おとはし みや)です。
今日のゲストは、TVの前の皆さんも物凄く楽しみにしていらっしゃると思うんですけれど。
毎回新曲の度に出演して下さっているのに、何ていうのかしら、該当する言葉が本当は探し出せないのですが、それくらい何回会っても気迫とオーラがもう物凄くてね、圧倒されてしまうんですけれど、もう今や老若男女誰でも知っている国民的ダンス&ヴォーカルグループと言えば、この方達の他に右に出る者は居ないという凄まじい勢いですよね。
今日もね、エメラルドの月がキラキラ煌めいて、とっても、と~っても綺麗です!!
はい、この方達です!!」
そう紹介されて、登場した10人はカメラに手を振りながら一礼して、
「こんばんは!!
EMERALD MOONです!!」
と微笑を投げかけたのだった。
音橋が、
「今日は、新曲『NIGHT VIEW~深夜の陽光~』をTV初パフォーマンスして下さるということで、私情を挟んでしまってごめんなさいね、剰りにも心待ちにし過ぎていてね、私自身もワクワクする気持ちが治まらないんですけれども。
メインヴォーカルの翠川さん、これは、どう言った内容の曲なんですか?」
と、まるで初めて訊くかのような口振りに、
「え~っと、
これはタイトルからもイメージ出来るかもしれませんが、都会の夜景を星に見立てているのですが、何故、『深夜の陽光』というサブタイトルかと言いますと、陽光は普通は夕焼けに変化して、月と交代しますよね。
でも、東京は、眠らない街ですよね。
だから、深夜に成っても月が太陽のように輝き続けているという意味で、インスピレーションでこのタイトルにしました!!」
笑顔で、穏やかに話す口調は、ベテランのような貫禄すら漂わせていた。
「それでは、皆さんスタンバイをお願いします!!」
そう促されて、
「宜しくお願いします!!」
と、お辞儀して定位置へ闊歩していく。
「視聴者の皆さんね、タイトルの深い意味が解りましたね!!
どんな曲なのか物凄く楽しみですよね、タイトルだけでも本当にオシャレだなあとウットリしていましたけれど、深い意味を聞いたら、更にカッコ良くてね、もう剰りにも素敵ですよね!!
この街を舞台にしているということですが、東京以外の皆さんもね、東京の夜景に思いを馳せて聴いていただくと、イメージが浮かび易いかもしれませんね!!
スタンバイが出来たようです。
それでは、聴いて下さい。
EMERALD MOONで、『NIGHT VIEW~深夜の陽光~』です!!」
アップテンポな曲調が流れ始めると、10人は全くズレと狂いのない見事な動きを展開させ、リュカを筆頭に洗礼された色気溢れる容姿と歌声が、スタジオ中に響き渡る。
剰りにも流麗なパフォーマンスに、見ている司会者もスタッフも我を忘れて宝石のような溜め息を溢れさせそうに成りながら、ただ静まり返って聴き入っている。
それは、穏やかな海辺で美しい波の音に、耳を澄ましている人々の姿を彷彿とさせた。
「Twinkle☆Everyone!!」の生放送を無事に終えた後も、事前収録のテレビ番組を2本、待ち時間に雑誌のインタビューや取材を4冊分、受けた。
更に、ラジオ番組にも4本出演して、終業した時には日付変更線を跨いで、午前4時台に成っていた。
暇(いとま)の文字が潜水し続けている目を見張るような多忙なスケジュールが、関わっている全ての人々の労働功績と労力の恩恵で、その日も平穏無事に終えられたことを感謝しながら、忙しさの中にも喜びと笑顔の充実感が繰り返されている毎日が送れている幸福な人生に感謝の念が溢れては尽きることはなかったのだった。
「はあ~、
もうこんな時間か…。
結局、理彩の傍に居てあげられなかったなあ…。
熱は下がったのか…、ご飯は少しでも食べたのか…、飲み物は…?
今頃、どうしているんだろうなあ。
逢いたい…声が聞きたい…心配で仕方ない…!!
今、直ぐにでも駆け付けて、抱きしめたい…!!
でも、未だ眠っている時間だから、もう少し後に電話してみるかっ。」
朝の光がオレンジに輝き始めた頃、目を覚ました。
昨日の怠さが嘘のように軽やかだ。
幸い、今日は非番だった。
「健斗に昨日、酷いこと言っちゃったなあ…。
仕事には、間に合ったのかなあ…。
今頃、どうしているのかしら!?」
目を開けて、スマホをチェックしようとディスプレイを見た瞬間だった。
突然電話を告げる曲が鳴り響いた。
驚いてよく見てみると、この世界で自分自身なんて比較するのも烏滸がましい程に最大の大切な存在で、どんなことが待ち受けていても、自分の命に替えても日陰から見護りながら、微力でも微量でもそれがたとえ僅かな支柱で有ったとしても、残りの人生も全て一生に渡って、一心に尽力していたいと決意した最愛の健斗!!
今、1番聞きたい人の優しい声と顔が、画面越しに見つめてくれている。
理彩は、細やかな幸せを実感しながら、噛み締めた。
それは、喜怒哀楽を共有しながら、人生を共に歩んでいく2人としての確約を、神仏が紅白の見えない美しい糸で結びながら、決定した瞬間だった!!
薔薇色の静寂が、虹色の涙にウインクして目配せすると、時間という透明なハンカチを差し出して、そっと目頭を拭いてくれると、背中を撫でながら陽溜まりのように包み込んでくれる。
まるで、頷きながら穏やかに微笑んでくれているように見えたような気がしたのだった。
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