第4話 【T子さんの文章】

新曲のリリースが決まってから、健斗と理彩の会える時間は限られていった。


テレビやラジオ、ネット配信、雑誌の取材等、あらゆるメディアで取り上げられる様子を見ると、やはり健斗は『スター』なのだと思い知らされる。


理彩は夕食の支度をしながら、思わずため息を吐いてしまった。


最近は、電話は勿論、LINEもほとんど届かない。

理彩の送ったメッセージに既読がつくのを見て、彼が元気でやっている事を確認する。


今日は多忙な健斗を煩わせたくなくて、LINEを送るのも止めた。


私、寂しいんだわ。


理彩は自分で自分の体を抱きしめた。

心なしか、体が熱かった。


…熱い?


気のせいではなく、理彩は発熱していた。

確かに今日はずっと、寒気を感じて怠さもあった。


検温すると38℃近い。

平熱の低い理彩には、なかなか厳しい。


理彩は夕食の支度を止め、ベッドに向かった。

具体的な体温を見た事で、怠さが増し、着替える気力も失せた。


いつの間にか眠りに落ちた。

そして幸せな夢を見た。


健斗と手を繋いで、眩しい陽光の中、桜並木を歩く夢。

健斗の姿に気付き、歓声を上げる人々。

でも気にしないで、私達は抱き合う。

見せつけるように、大勢の前で抱き合ってキスをする。

祝福のように花びらが舞う中、微笑み合う。

健斗の温かい手が理彩の頬に触れ、優しく包み込む。


……!


理彩は目を覚ました。


夢の続きかしら。

目の前で私の顔を覗き込む、愛しい姿。

心配そうに見つめる綺麗な瞳。

頬に当てられた手のひら。


「…健斗?」

「理彩!大丈夫か!?」

「…どうして、ここに居るの?」

「サプライズで、理彩の所に来たんだよ。

そうしたら玄関も鍵が開いたままで、理彩はベッドの前に倒れているし。

人生で一番パニックになった」

状況を説明する健斗を、理彩は静かに微笑みを浮かべながら見つめていた。


「何か飲み物。

水分補給しないと」

「帰って…」

「えっ!?」

「…風邪か疲れか、原因は分からないけど。

うつると困るから。

もう帰って…」

狼狽える健斗に、理彩は言った。


「だって、こんなに熱があるのに。

心配で帰れるわけないよ。

今夜は泊まって看病する」


理彩は美しい顔を歪めながら、半身を起こし、健斗の目を見つめながら言った。

「あなたは国民的な、

ううん、世界的なスターなのよ!!

仕事に支障をきたすような軽率な真似しないで!!

二度としないで…!!」


尚も狼狽える健斗に続ける。

「これは、EMERALD MOONの一番のファンである私からのお願いよ!!」


理彩の真剣な眼差しに負け、健斗は帰っていった。


健斗の残り香と、頬に残る温もりを、目を閉じて感じながら、理彩は真珠のように美しい涙を幾つも幾つも溢した。

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