愚問

 ────和平という形での戦争終結を表した握手を終えると。

 僕は、女王に向けて言った。


「そういえば、女王はこの会議室に入ってきた時僕が居たことに驚いていなかったようでしたけど、僕がサンドロテイム王国の王子だと事前にわかってたんですか?」


 ふと思ったことを口にすると、女王は首を横に振って言う。


「えぇ……何か情報を掴んでいたというわけではないのだけれど────サンドロテイム王国の王子はあなただという確信があったわ」


 以前、王族のあるべき姿について言葉を交わしたことや。

 スカーレットを通して、王女に伝言を伝えたことなど。

 他にも様々な小さな要素や、はたまた直感によって僕が王子だと確信を抱いていたから驚かなかったということか。


「……思えば、僕と初めて会った時も、僕が良い生まれの人間だと見抜いていたので、あなたは人を見る目が本当にすごいのかもしれませんね」


 僕がそう言うと、女王は少しだけ顔を俯けて。


「だとしたら情けない話ね……人を見る目はあるのに、一番見なければならない自分自身のことを見れていなかったなんて」

「確かにその通り、ですけど────今のあなたなら、もう大丈夫です」

「っ……!」


 僕がそう言うと、女王は小さく目を見開く。

 そして、僕の方を向くと、小さく口角を上げて言った。


「本当に、あなたはいつも私に必要な言葉を伝えてくれるわね……私は本当に、あなたと出会えて良かったわ」


 それと、と続けて。


「和平とは別に、もう一つあなたにお願いしたいことがあるのだけれど、良いかしら?」

「はい、何ですか?」


 当然、今の流れでそれを断る理由なんて無いため僕がそう聞き返すと。

 女王は、僕の目を見てハッキリと言った。


「アレク、私は将来────あなたと結ばれたいわ」

「えっ!?」


 何かを予想していたわけではないけど、それにしたって予想外すぎる言葉に。

 僕は思わず、驚きの声を上げる。

 だけど、女王は続けて。


「私は今までこのエレノアード帝国で生きてきて、結ばれたいと思える人なんて一人も居なかった……だけど、あなたとなら、私は────」


 女王がそう言いかけた時。

 近くから凄まじい勢いの足音が聞こえてくると────セシフェリアさん。


「ちょっと!女王様!今までのはサンドロテイム王国の次代国王と、エレノアード帝国の新たな女王の和平を表す行動として見逃してあげたけど、今の発言だけは聞き逃せないから!」


 だけでなく、オリヴィアさん。


「そうだ、殿下と愛を分かち合うなどという幸せを、まだ殿下と過ごしている時間が間もない女王に譲ることはできない!」


 ヴァレンフォードさん。


「彼と結ばれるという話であれば、それは彼の何もかもをも誰よりも深く理解できる私こそが相応しい」


 レイラも、女王に駆け寄って言った。


「私も、アレク様のことを女王様に譲るつもりはありません!」


 そんな皆の言葉を聞いて、僕は今までしっかりと考えてこなかったことを考える。

 ────僕は、誰と結ばれたいんだろう。


「……」


 ここに居るみんなは全員大切な人で、これからも僕がサンドロテイム王国の王子として守っていきたいと思える人たちだ。

 ……そんな人たちの中から、誰か一人を選ぶなんて────と、僕が思っていると。

 女王が、衝撃的な言葉を口にした。


「別に、彼のことを譲ってもらう必要は無いわ────あなた達も彼と結ばれて愛を分かち合いたいと言うなら、そうすれば良いじゃない」

「……え?」


 僕がその言葉に、思わず困惑の声を上げてしまうと。

 女王は、そんな声を上げた僕の方を向いて言う。


「あなたは、サンドロテイム王国の王子なのよ?複数人の女性と恋人関係にあっても、何も不思議は無いし、後世のことを考えればそうすべきよ────最も、私も含めて、あなたが誰も愛したいと思えない、もしくは一人しか愛せる女性が居ないと言うのなら、この話はそこで終了だけれど」


 誰も、愛したいと思えない?

 一人しか、愛せる女性が居ない?

 そんなことは────あり得ない。


「僕は……ここに居るみんなを守りたくて、みんなに幸せになって欲しいと思っています────だから、もし可能なら、僕はみんなのことを幸せにしたいです」

「そう……けれど、可能かどうかは愚問だと思うわよ────なぜなら」


 女王がそう言った直後。

 女王の方を向いていたセシフェリアさんたちは、僕の方を向くと。

 そのまま、僕のことを抱きしめてきて同時に言った。


「アレクくん……!私もアレクくんのこと、これからいっぱい幸せにしてあげるからね!!」

「アレク様……!アレク様のことは、必ずや私が幸せにさせていただきます!」

「アレク、君の幸せはこの私が保証しよう」

「殿下のことは私が必ずお守りし、殿下を愛する女性としても殿下のことを幸せにすることをここに誓います!」

「っ……!み、皆さん……!」


 僕が、そんなみんなの言動に驚いていると。

 女王は、小さく口角を上げて言った。


「私が口で説明するまでもないね……そして────」


 続けて。

 女王は頬を赤く染めると、他の四人と同じように僕のことを抱きしめてきて言った。


「あなたを愛しているのは彼女たちだけじゃなくて、私もだということを、忘れないで欲しいわ」

「は……はい!」


 それから、僕が五人のことを抱きしめ返すと。

 僕たちは、それからしばらくの間そのまま抱きしめ合い続けた。

 そして、そのまま数分が経つと、やがて僕たちは抱きしめ合うのをやめた。

 それから、僕は彼女たちとそれぞれ顔を見合うと────直後。


「王女?そろそろ片づい────あ!」


 見覚えのある赤髪の女性────スカーレットがこの会議室の中に入ってくると、僕の方に駆け寄ってきて言った。


「久しぶりね、ルーク────いえ、アレク」

「スカーレットも、僕がサンドロテイム王国の王子だと気づいてたんだね」


 そんな僕の言葉に、スカーレットは頷いて。


「初めて会った時の言動とか、伝言とか、色々あったから……でも、この雰囲気だと、予定通り国王は退位して王女が────」

「今は王女じゃなくて、女王よ……そして、サンドロテイム王国と和平を結ぶこともできたわ」


 女王が、スカーレットの言葉を遮ってそう言うと。

 スカーレットは、小さく口角を上げて。


「予定通り行ったのね、本当に良かった」

「……その予定通りというのは?」


 僕が、その言葉が少し気に掛かったためそう聞くと。

 スカーレットは、口を開いて言う。


「あの国王たちが和平を餌にしてサンドロテイム王国の人たちに何か危害を加えようとするっていうのはわかってたから、それを罪として国王を退位させて、王女が女王になって、前国王に代わってサンドロテイム王国と和平を結ぶっていう計画」

「なるほど……それで、あんなにタイミング良く現女王が現れたのか」


 細かいことではあったけど、色々と気になっていたことが晴れたところで。

 僕は、スカーレットに言うべきことを思い出したため、その言葉を口にする。


「スカーレット、女王に伝言を伝えてくれてありがとう……おかげで、長く続いたサンドロテイム王国とエレノアード帝国の戦争、そして今後はエレノアード帝国と他の国、もちろんスカーレットの母国との戦争も無くなると思うよ……ですよね、女王」


 僕が女王の方を向いてそう言うと。


「えぇ、もちろん、サンドロテイム王国だけでなく、各国への侵略行為も辞めるわ」


 女王がそう言ったため、僕はスカーレットの方を向く。

 すると、スカーレットは首を横に振って。


「私はただアレクに伝えられたことをそのまま伝えただけで、あとは王女とセレスティーネ、アレクたちサンドロテイム王国の人たちが頑張ってくれたおかげよ」

「スカーレット……」


 ……そうだ。


「今から会いに……迎えに行きたい人が居るんだけど、もし知っていたらその人の居場所を教えてもらっても良いかな?」

「うん、誰?」

「その人の名前は────」


 僕は、発した名前の人物の居場所を聞き出すと。

 みんなにはこのエレノアード帝国の王城で待っていてもらうことにして、その人物のことを迎えに行くべく馬車に乗った。

 ────エレノアード帝国でした最後の約束を……今から、果たしに行こう。

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