最後の指示

「どうして、あなたがこちらへ……それも、力を貸すと仰いましたか?」


 以前。

 処刑台前で言い争った時のことを鑑みても、セレスティーネと王女の考えは真逆。

 セレスティーネはこの世に奴隷という存在があってはならないと考えているが、王女は血筋こそが絶対だと言い奴隷のことも軽蔑していた。

 そんな王女から力を貸すと言われて困惑しながらも聞き返すと、王女は頷いて言った。


「えぇ、そうよ」


 続けて、王女はどこか遠い目になって言う。


に『変えるきっかけを作る』と伝言をもらったのよ……そして、彼によるものかはわからないけれど、状況は変わり始めた────ここまでの後押しをされて、限界という名の無力感にただ屈服している事なんてできないわ」


 力強く言った王女は、続けてセレスティーネの目を見て。


「最も、こんなことを言っても、あなたには何の話かわからないでしょうけれど」


 確かに、普通であれば王女の言っていることは理解できないだろう。

 彼とは誰のことなのか。

 変えるきっかけの変えるとは、一体何を指しているのか。

 王女の言う限界とは、一体何のことなのか。

 普通であれば、王女の言葉の意味はわからず。

 今までの発言を考えれば、素直に信頼しても良いものかどうかも悩ましいところ────だが。

 何故か。


「いえ……そうでもありません」

「え……?」


 セレスティーネには、ある確信があった。

 ────その彼というのが、一体誰のことを指しているのか……その確信が。


「王女様が手を貸してくださるというのなら、とても心強いです……是非、私にそのお力を貸してください」

「わかったわ……それと、セレスティーネ────以前は、ごめんなさい」

「いえ……今はもう、王女様が以前とは変わられたということは十分伝わっていますから、私に対する謝意など不要です────それよりも、今は共に、この国に住まう人々をお助け致しましょう」

「……そうね、私は今から、真に王女としての役割を果たすわ」


 そう言うと、王女は自らのすべきことをするために、セレスティーネに背を向けてこの場から歩き去って行った。


「……王女様、本当に変わられましたね」


 そして、王女のことを変えたのは────


「あなたなのですよね、ルーク様……あなたは本当に、私が困っているときにいつでも助けてくださります」


 ────そして、私はそんなあなたのことを……いえ。


「この言葉は、またあなたとの再会が叶ったその時に、存分にお伝えさせていただくことにしましょう」


 そう決めると、セレスティーネは再度奴隷制度撤廃のため動き始めた。

 エレノアード帝国から奴隷制度を無くしたいという思いと、アレクへの想いだけを胸に秘めて────



◆◇◆

「────今頃、あの女は私たちの作り出した混乱を利用して、さらにエレノアード帝国内を混乱状態に陥れているだろう」


 確かに、セレスティーネなら絶対にその機を逃すはずがない。

 きっと、今こうしている間にも、奴隷制度を撤廃するために必死に動いているはずだ。

 僕がそう確信を抱いていると、父上が口を開いて言った。


「つまり、こちらにとっても今が好機……ということか」


 その発言に、ヴァレンフォードさんは頷いて。


「その通りだ」

「……アレクよ」

「はい、父上」

「この者たちに、この戦争を終わらせるための最後の指示を出すのだ」

「え?僕が……ですか?」


 そんな大事な指示なら、僕よりも父上が出したほうが良いはず。

 と思ったけど、父上は力強く頷いて。


「そうだ、この者たちのことを誰よりも知っているのはお前であり……そして────お前は、エレノアード帝国潜入以前とは見違えるほどに成長した」

「っ……!」

「今のお前にならば、この大役をも任せることができる……頼まれてくれるか?────次代サンドロテイム王国、国王よ」


 僕は、片膝をついたまま自らの右手を胸元に置くと。

 父上の目を見ながら、力強く言った。


「はい……次代のサンドロテイム王国を担うものとして、アレク・サンドロテイム、その任を謹んでお引き受け致します」


 その言葉に対し、父上は力強く頷いてくれると。

 僕は、立ち上がって後ろで片膝をついている四人の方を向いて言う。


「セシフェリアさんは各所への人材の采配を考え、ヴァレンフォードさんはこの戦争を終わらせるための戦略を考えてください」

「うん!任せて!」

「あぁ、任せろ」


 二人が返事をしてくれると、続けて。

 僕は、オリヴィアさんに向けて言う。


「オリヴィアさんはもう一度前線に戻り、ヴァレンフォードさんの戦略を元に指揮を執ってください」

「はい、殿下!不肖オリヴィア、殿下や陛下、サンドロテイム王国のため、前線で指揮を執り剣も振るってきたいと思います!」

「お願いします」


 オリヴィアさんにそう伝えると、僕は最後にレイラの方を向いて。


「レイラには、戦争が終わるまでの間僕と一緒に行動を共にして欲しい」

「っ!もちろんです、アレク様!いつまでも、私はアレク様のことをお傍でお支えさせていただきます!」

「ありがとう、レイラ────」


 そうやり取りを終えると、僕たちは父上に一礼してから玉座の間から出た。

 すると、セシフェリアさんが口を開いて言う。


「あ〜あ、アレクくんとずっと一緒なんて、ステレイラちゃんが羨ましいな〜」


 続けて、セシフェリアさんは僕との距離を縮めてくると、僕の耳元で囁くようにして言った。


「私とした約束のこと、ちゃんと覚えてるよね?」

「はい、もちろん覚えてます」


 僕がそう返事をすると、セシフェリアさんは僕から離れて。


「じゃあいっか〜!マーガレット!さっさと良い戦略考えて、この戦争終わらせちゃってね〜!」

「あぁ、今ちょうど良い戦略を思いついたところだ……ふふっ、しかし、私自身の戦略と戦う日が来るとは、夢にも思わなかったがこれはこれで────」


 セシフェリアさんとヴァレンフォードさんの二人は、そのまま玉座の間の前から歩き去って行く。

 すると、オリヴィアさんが僕に向けて言った。


「では殿下!私もこれにて失礼致します!」

「はい」


 そう言って、僕に堂々とした背を向けて、歩いていくオリヴィアさん────に対し。


「オリヴィアさん!」

「殿下?どうかなされましたか?」


 僕が呼びかけると、オリヴィアさんが振り返ってそう聞いてきたため。

 僕は、口を開いて言う。


「……前線は危険だと思いますけど、ご無事に戻ってきてくださいね」


 さっきは父上に次代サンドロテイム王国、国王だと仰って頂けたこともあって我慢していたけど……

 やっぱりその心配を拭い切ることはできなかったため僕がそう言うと。

 オリヴィアさんは、僕に膝をついて優しい表情で言った。


「はい、殿下……私は必ずや、また殿下の元に戻って参ります」

「……はい、待ってます」


 僕がそう言うと、オリヴィアさんは立ち上がり。

 今度こそ、僕に堂々とした背を向けて廊下を歩いて行った。

 すると、レイラが口を開いて言う。


「アレク様……いよいよ、なのですね」

「うん」


 頷いて返事をすると、僕はレイラのことを抱きしめて。


「ここまで来られたのも、レイラのおかげだよ……本当にありがとう」

「っ……!アレク様……!」


 僕の名前を呼ぶと、レイラも僕のことを抱きしめ返してくる。

 そして、僕たちは、しばらくの間抱きしめ合い続けた────そして、それから一ヶ月の間。


 僕たちは、この戦争を終わらせるためだけに必死に動き続けた。


 セシフェリアさんは、サンドロテイム王国の資料を呼んで状況に合わせて的確に人員を采配し。


 ヴァレンフォードさんは、僕たちの意志を注いで、できるだけ死者が出ないようにエレノアード帝国との戦争を終わらせるための戦略を練ってそれに実行に移してくれて。


 オリヴィアさんは、そのヴァレンフォードさんから受けた戦略を元に、前線で指揮を執りながら戦力としても大活躍し。


 僕とレイラは国内を回って、各地で不安を感じている人たちを安心させ、何か困っていることがあれば解決して回った。


 そんな躍動の日々を過ごし始めてから、約一ヶ月後のある日────いよいよ。

 サンドロテイム王国の軍によって、エレノアード帝国を包囲することができた。

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