好機

 翌日の朝。


「────ということで、父上も、この二人がサンドロテイム王国の味方となることを認めてくださいませんか?」


 セシフェリアさんとヴァレンフォードさんがサンドロテイム王国の味方になってくださるという話を、父上にも正式に認めてもらうべく。

 昨日のうちにオリヴィアさんが父上に話を通してくれていたため、僕はセシフェリアさんとヴァレンフォードさん。

 そして、レイラとオリヴィアさんとも一緒に、玉座の間にて昨日の夜に起きたことや。

 セシフェリアさんとヴァレンフォードさんが、サンドロテイム王国に来る前にエレノアード帝国を混乱状態に陥れたことなどに関しての経緯を父上に話した。

 すると、父上は口を開いて言う。


「よもや、件の要注意と聞いていた人物二人がこちら側に付くなどと言い出すとはな……セシフェリアとヴァレンフォードよ、お前たちは今、サンドロテイム王国を、そしてアレクのことをどう思っている────取り繕わず、思いのままを答えよ」


 そう聞かれると、まずヴァレンフォードさんが口を開いて言った。


「ここ数日サンドロテイム王国で過ごしたが、エレノアード帝国と比べとても穏やかで良い国だと感じた……私は今まで戦略を考え実行に移せるのであればどの国でも良いと感じていたが、今となってはもし私の戦略を捧げるのであればこの国の他には無いと思っている」


 続けて、ヴァレンフォードは一度僕に視線を送ってから再度父上に視線を戻して言った。


「次に、彼についてどう思っているかということだが……それについて語るには、まず私がいかに戦略というものを愛し、そして彼が私にとって未知の存在であり愛すべき存在なのかということを語らねばならな────」

「ち、父上!ヴァレンフォードさんは、純粋……かはわからないですけど、少なくとも僕に対して一定以上の好意を抱いてくれているそうです!」

「……うむ、様子からしてそのようだな」


 あのままヴァレンフォードさんに話しをさせると十分、二十分。

 場合によっては、平気で一時間を超える可能性もあるため。

 僕がヴァレンフォードさんの言葉を遮ってそう言うと、父上もヴァレンフォードさんの様子を見て僕の言葉に納得してくれたのか頷いてそう言った。

 すると、今度はセシフェリアさんの方を向いて言う。


「セシフェリアよ、お前はどうだ?」


 聞かれたセシフェリアさんは、その問いに対してすぐに返事の言葉を口にした。


「私も、エレノアード帝国と違って民を第一としてるサンドロテイム王国は好き……だけど、何よりもアレクくんのことを大切に思ってるから、そのアレクくんが大切に思ってるサンドロテイム王国は絶対に滅ぼさせないし、アレクくんやサンドロテイム王国の民の人たちが一刻も早くこの戦争を終わらせたいと思ってるならその力になりたいと思ってる」

「……」


 それから、父上はセシフェリアさんから視線を逸らして。


「オリヴィア、ステレイラ、お前たちはこの二人がサンドロテイム王国の味方になるということについてどう思う」


 その二人に向けて言葉をかけると、オリヴィアさんが口を開いて言った。


「少々変わり種なところはありますが、その実力、そして殿下へのお気持ちは本物だと思われるので、サンドロテイム王国のためになると思います」


 続けて、レイラも口を開いて言う。


「私も……お二人がサンドロテイム王国の味方になってくださると言うのであれば、能力で言えばこの上ないほどサンドロテイム王国にとって頼りになると考えています」


 昨日は、主に感情面でセシフェリアさんやヴァレンフォードさんと言い争いをしていたレイラ。

 だったが、この場で求められているのがそういった感情でないことはレイラにもわかっているだろうから、あくまでもサンドロテイム王国のためだけを考えて論理を組み立てた場合の意見としてそう言った。

 すると、父上は僕に視線を戻して言う。


「この二人の言葉と瞳に宿る思いを見た時から決めておったが、お前たちも肯定的であるなら受け入れない理由はない────二人とも、これからアレクの傍で、アレクのことを支えてやって欲しい」


 その言葉に、二人は静かに頷いた。

 すると、父上は厳格な雰囲気をやめ、普段通りの様子で言う。


「それにしても、アレクよ……奴隷として潜入したはずの敵国の女性をこれだけ味方につけるとは、お前は一体エレノアード帝国で何をして来たのだ?」

「え!?い、いえ!べ、別に、何もしていません!!」

「そうか」


 僕が慌てて父上に返事をすると、セシフェリアさんは小さく笑っていた。

 すると、ヴァレンフォードさんが口を開いて言う。


「国王よ、少し良いか」

「発言を許可する」


 父上がそう言うと、ヴァレンフォードは続けて言った。


「先ほどの話にもあったが、今のエレノアード帝国は、私が今まで維持してきた包囲を私自身で崩したことや、私という替えの利かない戦略家が居なくなったこと……そして、クレアがエレノアード帝国の腐った貴族たちを主として、取引中止や土地の回収を行ったことによってかつて無いほどに混乱状態にある」

「うむ」


 父上が頷くと、ヴァレンフォードは続けて言った。


「────そして、その隙を……あのが見逃すはずはない」

「ほう、誰のことだ」


 父上が問うと、ヴァレンフォードは口を開いて言った。


「エレノアード帝国の中にあって、エレノアード帝国の基盤とも言える奴隷制度撤廃を謳う異端者────私やクレアと同じく、エレノアード帝国の公爵家の人間である……シャルロット・セレスティーネだ」



◆◇◆

「────今こそ!このエレノアード帝国に変革を起こす時です!奴隷制度などというあってはならない制度を撤廃し、皆様でもう一度このエレノアード帝国を作り直しましょう!」

「おおおおおおおお!!」


 エレノアード帝国内の、王城近くの大きな街の広場にて。

 セレスティーネは、エレノアード帝国が混乱状態にあることに気づき、この隙を逃すわけにはいかないと必死に奴隷制度撤廃を謳っていた。

 そして、様々な貴族や平民、奴隷の協力もあって。

 ここまでは、順調に奴隷商に囚われている奴隷とされてしまった人や、奴隷として働かされている人たちを助けて行くことができた。

 日数さえあれば、やがてエレノアード帝国中全ての奴隷を助けることができるだろう……が。


「これ以上騒ぎが大きくなれば、おそらく王族の介入が……」


 もし王族が軍を持って介入し、奴隷制度撤廃を謳うセレスティーネの妨害をして来たら、それだけでこの最大の好機は無くなってしまう。


「ですが、私は……」


 ────諦めるわけにはいかないのです。

 何故なら。


「また僕と出会う時その時まで、セレスティーネさんは諦めずに中で頑張ってください……僕も、応援してますから」


 ────あの方が、別れ際にあのように仰ってくださったのですから……もし私が、この今までに無いほどの好機の中で諦めてしまっては、あの方に合わせる顔がありません。

 必死に思考する。

 どうすれば、このまま奴隷制度を撤廃することができるのか。

 そのことを、深く思索していると────


「セレスティーネ……私も、あなたに協力するわ」


 後ろから、聞き覚えのある声でそう声をかけられたため。

 セレスティーネがその声の方を振り向くと────そこには。

 氷を思わせる水色の髪をした王女と、赤髪の女性が立っていた。


 今、このエレノアード帝国の奴隷制度が、終わろうとしている。


 今、長く続いたサンドロテイム王国とエレノアード帝国の戦争が、終わろうとしている。


 ────全ては、とある一国の王子を中心として。

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