時間切れ

 ────やがて。

 接していた唇を、互いにゆっくりと離すと。

 セシフェリアは、頬を赤く染めながら言う。


「キスって、こんな感じなんだね……初めてしたけど、こんなに幸せな気持ちになれるとは思ってなかったよ」

「僕も初めてでしたけど……確かに、良いものですね」

「……もしかしたら、もうステレイラちゃんとしちゃったかなって思ってたけど、ルークくんも初めてだったんだね」


 そう言うと、セシフェリアは嬉しそうに口元を結んだ。

 が、続けて口を結ぶをのやめると、その口を開いて言う。


「ステレイラちゃんって言ったら、さっき私がこの部屋に入ってきてルークくんのこと抱きしめた時、ルークくん私のことステレイラちゃんと間違えてたよね?『レイラ?』って」

「えっ!?そ、それは……すみません、本当に、まさかセシフェリアさんだったとは思いもしなかったんです」

「確かに、ルークくんからしてみれば、まさか私がサンドロテイム王国……それもこの王城内のルークくんの部屋にやって来るなんて思いもしてなかっただろうから、ここでルークくんを責めるのはお門違い────だから、もう一度キスしてくれたら許してあげる」

「も……もう一度、ですか?」

「うん、もう一度……今度は私からするから、恥ずかしかったら目閉じて良いよ?」

「……」


 恥ずかしいと認めるようで少し嫌だったけど……

 それ以上に目を開けたままキスをするということの方が、僕には恥ずかしさを感じて嫌だったため、ゆっくりと目を閉じた。


「可愛いね、ルークくん」

「っ……!」


 囁かれたセシフェリアの言葉に、僕が思わず顔に熱を帯びさせていると────セシフェリアは、僕と唇を重ねてきた。


「……」

「……」


 それから、初めてキスした時よりも短い時間で唇を離すと、セシフェリアが言った。


「もう一度、良いよね?」

「……はい」


 再度、僕とセシフェリアは唇を重ね……

 セシフェリアの「もう一度」は、その後も何度か続いた。

 けど────


「す、すみません……これ以上は恥ずかしいので、一度やめても良いですか?」

「え〜!私はやっと上がってきたところだったのに〜!……でも、ルークくんにしては頑張ってくれた方だから、今はやめといてあげるね」

「……ありがとうございます」


 そう言葉を交わすと、僕たちは互いに抱きしめ合うのをやめる。

 そして、僕は唇を重ねた後の沈黙の時間が少し気まずくなったため。

 窓の方に視線を逃すと、口を開いて言った。


「それにしても、本当によくセシフェリアさん一人でこのサンドロテイム王国の王城まで来ることができましたね」

「あぁ、来てるのは私だけじゃなくて、マーガレットもだよ……今は別行動中だけどね」

「ヴァレンフォードさんも……そうだったんですね」


 どちらにしても、二人だけでこのサンドロテイム王国の王城。

 それも、実際に僕の部屋まで辿り着けるなんて、やっぱり尋常じゃない。


「お二人は、どうやってこのサンドロテイム王国に入って来ることができたんですか?」


 もし、仮に抜け穴のようなものがあったのだとしたら。

 今後、エレノアード帝国にその抜け穴を利用されて、サンドロテイム王国が大きな被害を被る可能性があるため、その可能性を探るべくセシフェリアの方を向いて聞く。

 と、セシフェリアは口を開いて言った。


「ルークくんの方に話伝わってないかな?エレノアード帝国の軍が、変な動きを見せてる……みたいな」

「変な動き……そういえば、ある門前の一ヶ所に全ての兵士が集められたと聞きました」

「そうそう、いきなりそんな動きされたら色々警戒したと思うけど、それは私とマーガレットがサンドロテイム王国に潜入するためだけにしたことだから特に警戒しなくても大丈夫だよ」

「えっ!?」


 ふ、二人がサンドロテイム王国に潜入するため、だけにしたこと!?


「じゃあ、あの動きには戦略的な意図は全く無くて、今セシフェリアさんが仰った通り、お二人がサンドロテイム王国に潜入するための陽動だった……ということですか?」

「うん!」

「っ!?」


 自分なりの理解を言葉にして聞いてみた僕だったけど、セシフェリアがその問いに頷いたことに、僕は心から驚いた。

 一つの小隊や大隊どころか、一つの国の全軍。

 それもあの大国、エレノアード帝国の全軍を、ただ自分たち二人がサンドロテイム王国に潜入するためだけに利用するなんて……でも。


「そういうことなら、今のエレノアード帝国は隙だらけ……ということですよね」

「うん、今の軍の動きはもちろん、戦略を考えてるヴァレンフォードも居なくなったから、あとちょっとでそのことに気付いたエレノアード帝国の王族辺りが騒ぎ出すんじゃないかな……あと、エレノアード帝国は今頃貴族たちも別の意味で大変になってる頃だと思うよ」

「え……?」


 別の意味で……?

 その言葉に僕が困惑していると、セシフェリアは口角を上げて言う。


「実は、サンドロテイム王国潜入前、私はエレノアード帝国の主に汚い考えの貴族たちに会って、取引の中止とか土地の回収とか、他にも色々な方面でとにかく無茶苦茶にしてきたんだよね」

「っ……!」

「もちろん、私が居ればそういうのは簡単に解決できたけど────そういうのを解決する役割を担ってた私自身が、その役割を利用して逆に無茶苦茶にしてエレノアード帝国を抜けて来たから、本当に今頃大混乱で国内の貴族たちは統制が取れてないと思うよ」

「そこまで……」


 さっき、僕は隙だらけという言葉を使ったけど……

 まさか、ここまでとは思っていなかったため、先ほど以上に驚いていた。

 すると、セシフェリアが口を開いて言う。


「そういえば、そろそろマーガレットがこの部屋に来ても良い頃だと思うんだけど……何か手こずってるのかな……ルークくん、悪いんだけど、ちょっと今からマーガレットのこと探すの手伝ってもらっても良いかな?マーガレットが居ないと、私たちのルークくんと一緒に居るっていう目的を真に成し遂げるためのの方が達成できなくなっちゃうかもしれないから」


 別の目的……?

 よくわからないけど……


「わかりました、手伝います」

「ありがと〜!ルークくん!」


 今のセシフェリアの言葉なら信頼しても良いと判断したため僕が頷くと、セシフェリアはそんな僕に対して感謝の言葉を返してきた。

 そして、二人で部屋を出ると、僕とセシフェリアは二人でヴァレンフォードのことを探すべく足を進めた。



◆◇◆

「────これすらも受けるか」


 剣を斬り結び合っていた、ヴァレンフォードとオリヴィアだったが。

 ヴァレンフォードは、一連の自らの斬撃がオリヴィアに通らなかったため、仕切り直す意味で一度距離を取った。

 そして、軽く周囲を確認する。


「……」


 ────か。

 ヴァレンフォードがそう思っていると、オリヴィアは口を開いて言った。


「なるほど、あの殿下に、私を除いて今まで剣を交えた中で一番強い剣の使い手だと評させた剣の腕は偽りではなかったようだ……とても一戦略家の剣とは思えない────が」


 オリヴィアは、ヴァレンフォードがギリギリ目に追えるほどの速度で距離を縮めてくると、ヴァレンフォードに剣を振り下ろしてきた。


「その剣では、殿下をお守りする役目を預かっている私に勝つことはできない!」


 ヴァレンフォードは、そのオリヴィアの剣をどうにか受け止める。

 が、押し込まれた状態で受け止めてしまったため、もし少しでも力を抜けばそこで終わりだ。

 そんな状況で、ヴァレンフォードは小さく笑いながら言う。


「もしや、彼……アレクに剣を教えたのは、お前なのか?」

「その通りだ」

「そうか……彼の師の剣で死すことができるのなら、それもまた一興────かと思ったが……だ」


 ヴァレンフォードがそう言った直後────


「っ!オリヴィアさん!そこまでです!」


 二人の居る廊下の通りに、アレクとセシフェリアが姿を見せた。

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