遂げられた約束

「セ……セ、セ、セシフェリアさん!?」


 僕は本当に全く予想だにもしていない人物が、今目の前に居ることに驚きの声を上げる。

 も、もしかして、今セシフェリアのことを考えていたから幻覚……じゃない。

 しっかりと、抱きしめられているという感覚を物理的にも感じる。

 でも、それなら一体どうやってセシフェリアがこのサンドロテイム王国、それも王城の僕の部屋まで?

 いや、それ以前に、そもそもセシフェリアはもう僕のことを嫌いもしくは無関心なはずなのに、どうして抱きしめてきているんだ?

 ヴァレンフォードから、僕がサンドロテイム王国の刺客だと聞かされていない……?

 だが、それならセシフェリアがこのサンドロテイム王国の王城の僕の部屋まで辿り着けたことに説明がつかない。

 僕が、今までの中でも一番現状の理解ができていないでいると、セシフェリアが絞り出したような声で言った。


「やっと……やっと会えたね、ルークくん」

「セ、セシフェリアさん……どうして、セシフェリアさんがここに────」

「どうして?」


 僕が、今抱いている疑問を、そのまま言葉にしようとした時。

 セシフェリアは僕の言葉を遮って言うと、僕の顔を見上げるようにして。


「そんなの決まってるよね?私は、ルークくんとの約束を果たしに来たんだよ」

「僕との、約束……それって────」


 僕は、ヴァレンフォード公爵家でセシフェリアと交わした言葉を思い出す。


「ルークくんが私から逃げる理由、私と一緒には居られない理由は、マーガレットにルークくんのことについて聞けば本当にわかるの?私は本当に、それでちゃんとルークくんを完全に諦めて、ルークくんに抱いてる感情を全部消すことができるの?」

「……はい、それで全部です」

「そう……じゃあ、約束だよ?もしそれでも私の感情が消えてなかったら、その時は例えルークくんがどこに居たとしても追いかけるからね」

「……わかりました」


 その時のことを今一度鮮明に思い出した僕は、口を開いて言った。


「別れの前に交わした、あの約束のこと……ですか?」

「そうだよ……ルークくんは、私がマーガレットにルークくんのことについて聞けば、私がルークくんに抱いてる感情を全部消すことができるって言ったけど────消えなかったよ」

「……え?」


 僕がそのセシフェリアの言葉に、さらに困惑の色を示すと。

 セシフェリアは、語気を強めて言う。


「本当に消えると思ったの?ルークくんがサンドロテイム王国から送られてきた刺客だったっていう、たったそれだけのことで、本当に私がルークくんのことを完全に諦めて、ルークくんに抱いてる感情が全部無くなると思ったの?」


 当然、僕はそう思っていた。

 いくらセシフェリアと言っても、敵国の人間。

 それも自らの元に奴隷として潜入して来ていた相手に対して、今までのように好意的な感情を抱き続けるなんてことはできないはず。

 あの時も、僕はそう思ったからこそ、セシフェリアに別れを告げた。

 そして、今でもその考えが間違いだったとは思えないため、僕はそのことを説明するように口を開いて言う。


「はい……だって、僕は、セシフェリアさんからすれば敵国の人間だったんですよ?僕がセシフェリアさんと一緒に生活していたのだって、最終的にはエレノアード帝国とサンドロテイム王国との戦争継続をやめさせるため……もしそれが難しいなら、エレノアード帝国を破滅させるということまで考えて────」

「そんなことどうでもいいよ!」

「ど……」


 どうでも、いい……?

 力強く放たれたセシフェリアの言葉に僕がますます困惑して言葉を失っていると、セシフェリアは続けて力強く言った。


「私はルークくんと愛国心なんてこれっぽっちも無かったし、私からしてみればエレノアード帝国なんかよりもルークくんの方がずっと大事なの!何度も、何度もそのことを伝えてきたよね?言葉でも、体でも、行動でも!それなのに、どうしてこんなに簡単なことすらルークくんには伝わってないの?」


 それに、と続けて。


「ルークくんに置き換えたって同じだよ……ルークくんは、ルークくんから見たら敵国になるエレノアード帝国生まれのステレイラちゃんと一緒に行動してるよね?それはどうして?」

「それは……一言で言うなら大事だから、です」

「私だって同じだよ!ルークくんが敵国の人間だったなんて、本当にどうでもいいぐらいルークくんのことが大事で大好きなの!」


 ……確かにそうだ。

 過程は全く違うけど、僕がレイラのことを大事だと思っているように、セシフェリアも僕のことを大事だと思ってくれているというのはずっとセシフェリアが言っていたこと。

 僕は、自分自身が、レイラの口から自らがエレノアード帝国の人間だから、これ以上僕と一緒に居ることはできないと言われてとても傷付いたのに……

 それと同じことを、僕を大事だと思ってくれているセシフェリアにしてしまっていたのか……?

 そう考えると、今のセシフェリアの言葉が、僕の胸にとても深く刺さるようだったけど……

 セシフェリアは、続けて口を開いて言った。


「ルークくんが純粋な気持ちで私と接してたわけじゃ無いのは事実だろうけど、そんなこと私はルークくんの普段の言動とか表情とか見てたら気付いてたし、そんなことで私とルークくんが一緒に生活したあの二ヶ月間の日々が全部消えて無くなるって思われてたなんて本当に心外だよ!私は、ルークくんと一緒に居たあの二ヶ月間が、今まで生きてきた人生のどんな時間より楽しかった!それを、ルークくんは……」

「っ……!?」


 セシフェリアは────初めて、僕の前で涙を流すと、声を震わせながらもしっかり僕の目を見て言った。


「ルークくん、私は、君のことが大好きなの……主人と奴隷としてじゃなくて、一人の男の子として────だからもう、私から逃げたり、離れたりしないで」

「っ……!」


 セシフェリアからそう言われた時。

 僕は────反射的に、セシフェリアのことを抱きしめ返していた。

 そして、セシフェリアの胸の痛みを想像すると、僕自身も思わず涙を流してしまいそうだったけど……

 今僕には涙を流す資格なんて無いため、必死にそれを堪えながら言う。


「ごめんなさい、セシフェリアさん……僕は、セシフェリアさんの気持ちを、全然理解できていませんでした」

「……良いよ、王子様って言っても、ルークくんは私から見ればまだまだ年下の男の子だからね────でも」


 セシフェリアは、僕のことを抱きしめる力を強めて。


「今回のこともそうだけど、言葉だけだったら、ルークくんに私の言ったことが本当にちゃんと伝わってるか不安なんだよね」

「……なら、目を閉じてください、セシフェリアさん」


 僕がそう言うと、セシフェリアは小さく笑みを浮かべて。


「私は別に、開けたままでも良いよ?」

「……僕が恥ずかしいので、閉じてください」

「本当、ルークくんは仕方ないね〜!……でも、最初だから、特別に言う通りにしてあげよっかな」


 そう言ったセシフェリアは、小さく笑みを浮かべたまま、ゆっくりと目を閉じた。

 僕は、改めてその綺麗な顔を見て思い返す。

 ────セシフェリアと出会ってから、本当に色々なことが会った。

 その中で、僕は何度もセシフェリアのことを恨んだし、何度も嫌いになりかけた。

 だけど、僕は────その根底にあるセシフェリアの優しさに、いつの間にか……惹かれていたんだ。

 そのことを自覚しながら、ゆっくりセシフェリアに顔を近づけると────僕は、月の光が差し込んだ窓の前で、セシフェリアと唇を重ねた。

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