公爵の二人

 翌日。


「────なるほど……それが、お前が此度の潜入任務で得たエレノアード帝国の情報の概要か」

「はい」


 昨日は、サンドロテイム王国に帰国してから一日ゆっくりと過ごしたため。

 その翌日となった今日、僕はレイラと一緒に、玉座の間にて父上にエレノアード帝国に潜入して得た情報をお伝えした。

 僕が奴隷としてエレノアード帝国に潜入した視点。

 レイラはエレノアード抵抗をを率いる人間の一人としての視点。

 その二つの視点でお伝えしたため、実際にエレノアード帝国に潜入はしていない父上にも、かなり鮮明に今のエレノアード帝国の現状。

 主に、支配体制や奴隷制度などについてご理解なさることができたと思う。

 僕がそう思っていると、父上が口を開いて。


「しかし、あの完全無欠に思えるエレノアード帝国を動かしているのが、そこに居るステレイラも含めた数人の若き女性たちだったとはな」

「はい……特に、クレア・セシフェリアとマーガレット・ヴァレンフォードという、エレノアード帝国に住まっている両名の公爵は要注意人物です」

「セシフェリアとはお前のことを購入した人物で、ヴァレンフォードとはあの恐ろしきエレノアード帝国の戦略を一手に担っているという人物だったか」

「そうです……エレノアード帝国は数人の優秀な人間が率いているという話をお伝えしましたが、これも先ほどお伝えした通り、そのうちの一人はエレノアード帝国内で奴隷制度撤廃を謳い、ここに居るレイラはサンドロテイム王国の味方をしてくれていました」


 僕がそう説明すると、レイラは僕の言葉を補足するように言った。


「加えて、エレノアード帝国の王族の方々は、基本的に表に出てくることはなく、実務も特に何もしておりません」

「つまり────エレノアード帝国を実質的に率いておるのは、その……ということか」

「その通りです……仮にサンドロテイム王国がエレノアード帝国を包囲することができたとしても、あのお二人が本気になれば、と考えて動いた方が良いかもしれません」


 ……今まで、ヴァレンフォードはともかくとしても、セシフェリアはサンドロテイム王国に興味を持っていなかっただろう。

 そのことは、一緒に生活してきた節々からも覗くことができた。

 ……だけど。


「僕の正体がサンドロテイム王国の人間だとバレてしまった以上、あの二人がいつ本気でサンドロテイム王国に攻め込んでくるかわかりません」


 そして、まだ僕が帰国してから間もないこんな時に、あの二人が本気で軍を動かして攻め込んできたりしたら、サンドロテイム王国は……

 僕が、そうさせはしないと思いながらも、どうしても最悪の未来を想像してしまっていると、父上が言った。


「そのことだが……昨日から、エレノアード帝国の軍が妙な動きをしておるようだ」

「……妙な動き、ですか?」

「そうだ、何故かは分からんが、包囲状態を解いて一つの門前にだけ兵力を集中させおった」


 兵力を、一点に集中させた……?

 ……サンドロテイム王国としては、包囲が説かれる上に一点を見張るだけで済むからかなり楽になる、けど。


「ヴァレンフォードさんは、戦略においては意味の無いことをしない方なので、その行動にも何かしらの意図があるのだと思います」


 レイラがそう言うと、父上は頷いて。


「そのことは、今まで長い間対峙してきた経験からよくわかっておる……そして、そこに防衛を集中させることが罠だったとしても、あの数を放置するわけにもいかん」


 確かにその通りだ。

 怪しいからと言って、敵の兵士が集まっていていつ攻めてきてもおかしく無い状況だと言うのに、それを無視するなんてことはできるわけがない。

 ────そして、おそらくヴァレンフォードは、そのこともわかっている。

 だったら、ヴァレンフォードの狙いは一体……

 僕がそこで頭を悩ませたことによって思考を停止させてしまうと、父上が言った。


「この場で、その意図を探ろうとはしておらん……今の所動く様子が無いところから見ても、おそらくは長期的な戦略だろう────それにしても、アレクよ……大変なことも数え切れぬほどあったと思うが、ここまでの情報を、よく単独でエレノアード帝国に潜入して集めてくれた……父として、お前のことを誇りに思う」

「っ……!ありがとうございます、父上……!」


 僕は、感謝を伝えながら、父上に深々と頭を下げた。

 ────数日後。

 王城の訓練場にて、今から久しぶりにオリヴィアさんに稽古をつけてもらうことになった。

 僕とオリヴィアさんは互いに両手で木刀を手に持って向かい合い、レイラは少し離れた場所で僕たちのことを見守ってくれている。


「では、殿下……ご準備の方はよろしいですか?」


 真剣な面持ちで聞いてくるオリヴィアさん。

 木刀とはいえ剣を手に持っているオリヴィアさんには、日常の中で時々見せる砕けた様子は一切無い。

 まさに、サンドロテイム王国の騎士団を率いる、騎士団長の様相をしている。


「はい、オリヴィアさん」

「わかりました……それでは────殿下の全力を、私にぶつけてください」

「そうさせていただきます……!」


 そう言うと、僕は地を蹴って、一気にオリヴィアさんとの距離を縮めて木刀を振り下ろした。

 僕が本気でこの動きをしたら、普通の兵士だとまず反応できないけど、オリヴィアさんは違う。

 そんな僕の動きに反応する、どころか。


「っ……!」


 むしろその動きを読んでいたかのように、木刀を受け止めてくる。

 だけど、僕もこれがオリヴィアさんに止められることはわかっていたため、振り下ろした木刀はすぐに振り上げられるようにしていた。

 そして、もう一度振り下ろす────と見せかけてから、僕はオリヴィアさんの背後を取る。


「これで……!」


 僕は、今度こそ全力でオリヴィアさんに木刀を振り下ろす。

 ────前に居る僕に反応するために、オリヴィアさんの背中に隙ができていたのはわかっていた。

 むしろ、隙を作らせるために、最初はすぐに振り上げられるように余力を残して木刀を振り下ろした。

 完全に隙を突いたから、咄嗟に防ぐことはできな────


「っ!?」


 と思いかけた時。

 オリヴィアさんはすぐに後ろに居る僕の方を振り向くと、その木刀を受け止めた。


「そんな……!」


 仕掛けた戦術が通用しなかったため、仕切り直す意味で僕は距離を取る。

 ……あれがもし本当に隙だったなら、オリヴィアさんでも反応することはできなかったはず。

 つまりあれは、ただの隙じゃなくて、僕があそこに来るよう誘導するための────作られた隙……!

 僕が、相変わらずオリヴィアさんが尋常じゃない実力を持っていることを実感していると、オリヴィアさんが言った。


「二ヶ月もの間剣術指南をできていなかったので、殿下の剣の腕が鈍っておられたらどうしようかと考えていましたが、剣の腕が鈍られていないことは最初の一合でわかりました」


 どころか、と続けて。


「私の背後を取った動きを見るに、さらに上達したようです……エレノアード帝国で、良い相手と巡り合うようなことでもありましたか?」

「良い相手……そういえば、オリヴィアさんを除いて僕が戦って一番強いと感じた人物と剣を交えました、父上から名前を聞いたかもしれませんけど、マーガレット・ヴァレンフォードという人物です」

「確か、あのエレノアード帝国の戦略を考えている方でしたか、殿下にそこまで言わせるほど剣も扱えるとは……しかし、そういうことであれば、やはり真剣を使って強き相手と剣を交えたことが殿下にとって良い経験となられたようです」


 確かに、真剣で。

 それも、本当に命のやり取りを行うのは、普段の稽古とは訳が違う。

 ……そういう意味では、オリヴィアさんの言う通り。

 強敵だったヴァレンフォードと剣を交えたことは、僕にとってかなり大きなことだったのかもしれない。


「殿下の腕が鈍っておられない……いえ、むしろ上達なされていることを確認できたので、これからは通常通りの稽古を行わせていただきます」

「わかりました」


 僕が返事をしたことで、早速今から通常通りの稽古が行われたようとした────その時。


「お待ちください!」


 少し離れた場所から僕たちのことを見守ってくれていたレイラが駆け寄ってくると、力強く言った。


「私も!剣術の稽古に加えていただくことはできないでしょうか!」

「……ステレイラも?」


 オリヴィアさんが聞き返すと、レイラが口を開いて言った。


「はい……私も、オリヴィアさんのように、アレク様をお守りできるだけの力が欲しいのです!もう二度と、あんな思いをしないため……そして、アレク様のことをお守りするために!」


 それから、少しの間オリヴィアさんはレイラのことを見て沈黙した。

 だけど……その真っ直ぐな瞳を見たからか────


「わかった……君のことも、今から殿下と一緒に合わせて稽古をしよう」


 レイラの提案を受け入れた。


「っ!ありがとうございます!」


 それから、僕はレイラと二人でオリヴィアさんに剣術指南を受けた。

 今までは一人で受けていたから、二人で受けるというのは少し不思議な感覚だったけど……レイラと二人で何かをしている時間は、やっぱりとても楽しかった。

 そして、一週間後────いよいよ、僕の……

 ────と、が大きく変わる日がやってきた。

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