追憶

◆◇◆

「────これで、計画は立ったね」

「あぁ」


 サンドロテイム王国の王城の構造。

 警備の状態。

 潜入に適した時間などを調べ上げ、計画を立て終えた二人は、サンドロテイム王国内のある宿の一室でそう言葉を交わす。


「エレノアード帝国との戦争中ということもあって、予想通り王城内の警備はかなり少なかったな」

「うん」


 王城を警備する余力があるなら、その分をできるだけエレノアード帝国との戦争のための兵力に回そうという考えだろう。

 例え王城をどれだけ厳重に警備していたところで、敵国の兵士たちが自国に入ってきたら全く意味が無いため、その判断は正解と言える。


「でも、わかってると思うけど、少ないからって油断するわけにはいかないよ」

「当然わかっている、少なさで言えばこちらはそもそも二人であり、何よりも戦いにおいて数こそが至上の強さを誇るというのは戦略において基本中の基本とも言えることだからな……今回の計画が潜入であるのも、その数を作らせないためだ」


 戦略家として今回の戦略の意図を軽く語ると、ヴァレンフォードは続けて。


行う計画を振り返っておく……私とクレアの二人で王城内に潜入し、潜入後は分かれて移動する」

「で、私とマーガレットの二人でいくつか目星をつけた、王城内のルークくんの部屋の可能性が高いところを手当たり次第探していく、だよね」

「そうだ……そして、先ほども話した通り、私たちの目的はただ彼に会うこと


 頷いたセシフェリアは、言葉を引き継いで。


「うん、仮に今日ルークくんと会って、ルークくんと初夜を迎えられたとしても……の計画が達成できないなら、私がは手に入らない」


 この本当に欲しいものについては、以前からわかっていたこと。

 だが、自分の意図しない形でルークと引き離されたことによって、その本当に欲しいものが自分にとってどれだけ大きなものなのかを、改めて実感することができた。

 だからこそ、ただルークと会うだけではなく、セシフェリアとヴァレンフォードはの計画もしっかりと完遂しなければならない。


「ちゃんと理解しているようだな……なら、これ以上はもう何も議論を重ねることは無いだろう────あとは、夜が来るのを待つだけだ」

「……そうだね」


 仮にもサンドロテイム王国に潜入中という身である以上、目的も無く無闇に外を歩き回るわけにもいかない……そのため。

 ────あとは本当に、夜が来るのを待つだけ。

 ……待っている間。

 セシフェリアが脳裏に過ぎらせるのは、他の誰でもなく、ルークのことばかりだ。


 ルークと出会った時のこと。


 ルークを初めて屋敷に連れて行った時のこと。


 ルークと一緒にご飯を食べた時のこと。


 ルークと同室で眠りについた時のこと。


 ルークが路地裏で奴隷の少女を助けた時のこと。


 ルークと一緒に下着店に行った時のこと。


 ルークが帰ると約束した時間を破った時のこと。


 初めてルークの体を見た時のこと。


 ルークにお仕置きをした時のこと。


 ルークとの心の距離が縮まったと感じた時のこと。


 ルークの体に触れた時のこと。


 エレノアード祭の地下闘技場トーナメント戦で、ルークを応援した時のこと。


 奴隷所有権争奪戦で、必死にルークのことを探し回ったこと。


 ルークと出会ってから数々のことがあったが……

 それらの思い出は、セシフェリアにとって本当に大切な思い出で、初めて心から楽しいと思えた時間。

 だが、そんなルークとの最後の思い出は────ルークに別れを告げられ、絶対に追いかけると約束した時だ。


「……」


 ────ルークくん……君は、私が君の正体がサンドロテイム王国からの刺客だって知ったら、私が君に抱いてる感情が全部無くなるって思ったんだよね。


 でも、セシフェリアがルークに抱いている気持ちは無くならなかった。

 どころか、今もなお募り続けている。


 ────ルークくん、私は怒ってるんだよ?私にとって君がどれだけ大きな存在なのかもわからず、私に別れを告げたことを。


 ────ルークくん、私は悲しんでるんだよ?こんなにも一緒に居たいって思ってるルークくんと、一緒に居られなくて。


 ────ルークくん……


 ────ルークくん……


 ────ルークくん……


 ルークに抱いている想いを挙げればキリがない。

 そして、それらの想いの全ては、今の今までずっと押さえ込んできた。

 今日この日、ルークに会って、ルーク本人に直接全てをぶつけるために。

 ────私にとってルークくんがどれだけ大きな存在なのか、私がルークくんとどんなことをしたいのか、私がルークくんにどんな気持ちを抱いてるのか……それを今夜、全部君に伝えるよ。

 セシフェリアは、心の中で静かに。

 温かく。

 力強く────そう決意した。



◆◇◆

 レイラがオリヴィアさんから稽古を受け始めてから一週間。

 今もレイラはこの王城の訓練場でオリヴィアさんと剣を交えているけど、一目見れば、剣の腕が劇的に上達していることがわかる。

 それは、レイラの才能や努力、そしてオリヴィアさんの教え上手さが理由だろう。

 やがて、二人が剣を交えるのをやめると、オリヴィアさんがレイラに向けて言った。


「殿下も仰られていたことだが、ステレイラはかなりの才を持っているな、とても剣を握り数年とは思えない────そんな君が、殿下にこの上ないほど厚い忠義を捧げてくれていることを、私は嬉しく思う」

「オリヴィアさん……」

「……今日はここまでだ、このあとは自室でゆっくりと休んでくれ」

「っ!はい!」


 オリヴィアさんが、今日の稽古の終わりを宣言する。

 ……この一週間で、二人はまた仲良くなったな。

 少し離れた場所から見てそう感じながら、僕は稽古が終わった二人の下に向けて足を進めると、レイラに話しかけた。


「お疲れ様、すごく上達してるね」

「ありがとうございます!もしそう思っていただけたのであれば、それはオリヴィアさんのおかげです!」


 レイラが目の前に居るオリヴィアさんの方を向いてそう言うと、オリヴィアさんは口を開いて言った。


「先ほども言ったことだが、それはステレイラの才……そして、何よりも殿下に忠義を捧げようと努力する気高き心の賜物だ」


 そんなオリヴィアさんの言葉を受けたレイラは、嬉しそうな表情になっていた。

 そして、僕の方を向くと、真っ直ぐな瞳で僕の目を見て言った。


「アレク様……今はまだまだ未熟者ですが、私はいずれ、必ずやアレク様のことをお守りできるほど強くなります────アレク様の、お傍に仕えるものとして」

「レイラ……ありがとう」


 僕はもう十分レイラは強さを持っていると思ってるけど、レイラの決意は無駄にできるものじゃない。

 そのため、僕はしっかりとそのレイラの決意を受け取った上で、感謝を伝えた。

 そんな僕たちのことを見て、オリヴィアさんも小さく口角を上げている。

 ……本当に。

 こんな日常が、いつまでも続いて欲しいな。

 そんなことを思いながら、それからもしばらくの間二人と話しをしていると────


「殿下、そろそろ暗くなってきたようです」

「あ、そうだね……夕食まではまだ時間があるから、夕食までの間はそれぞれゆっくり休むことにしよう」

「はい」

「わかりました!」


 それから、僕たちは訓練場を出ると、各自体を休めることになった。

 ……普段通りの日常。

 だったけど時刻は夜────僕やレイラ、オリヴィアさん、サンドロテイム王国。

 ────そしてセシフェリア、ヴァレンフォード、エレノアード帝国の命運をも大きく左右することになる夜へと移ろった。

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