帰国

◆◇◆

 ────ルークとレイラがサンドロテイム王国に帰国した頃。

 ここ数日間、ルークとレイラの二人を見つけるべく動いていたセシフェリアとヴァレンフォードの二人は、街を歩きながら話をしていた。


「ねぇ、マーガレット……こんなに探しても居ないってことは、やっぱりもうそういうことなのかな?」

「そうだな……確証が無いうちは、もしその線で考えて行動に移せば後に引くことができないという理由で、でき得る限りはその線を消して考えるべきだと思っていたが、ここまで来ればその線────という線で、動いていくべきだろう」


 そのヴァレンフォードの言葉に、納得したように頷くセシフェリア。


「でも、どうやって帰国────」


 そして、咄嗟に出てきた疑問を口にしようとしたが、セシフェリアはすぐに首を横に振って言う。


「ううん、方法なんてどうでもいっか」

「あぁ、ステレイラが行動を共にしている以上、多少のリスクを承知の上で行うのであれば、サンドロテイム王国への帰国方法はいくらでもある」

「そうだね」


 セシフェリアはそうなると、と続けて。


「ルークくんがエレノアード帝国に潜入して来たように、私たちもこれからしないといけなくなるわけだけど……マーガレットは、それでもルークくんのこと追いかけるの?」


 いくらセシフェリアやヴァレンフォードが優秀だと言っても、一度サンドロテイム王国に潜入すれば、もう後戻りはできない。

 サンドロテイム王国のどこかに居るであろうルークを探し出すか、その前にエレノアード帝国の人間だとバレて、最悪の場合命を落とすか。

 サンドロテイム王国に潜入するなら、おそらくはルークも持っていたであろう覚悟を、セシフェリアとヴァレンフォードも今持たないといけない。

 そんな重みの込められたセシフェリアの問いに対して、ヴァレンフォードは迷い無く頷いて言った。


「当然だろう……ふふっ、彼を追いかけるという主題はもちろん、その他にもサンドロテイム王国へ潜入するための計画を実行、場合によっては修正をし、サンドロテイム王国の中に入ってからも、私はおそらく今までとは違う実践的な戦略を練ることを要求されることになるだろう」


 続けて、頬を赤く染めると、口角を上げて息遣いを荒くしながら。


「愛する男を追い、その男と共に初夜を迎えるべく戦略を練る戦略家……これほどに甘美な響きがこの世に存在するだろうか?そしてその甘美な響きを、私自身の身で体験することができる……私はずっと、こんな時を待っていた、私の予想だにもしない状況で、私自身が試される、そんな瞬間を────」

「はいはい、いつ終わるのかなってちょっと黙って聞いてたけど、全然終わらないし、ていうかマーガレットの異常性癖を聞いてる暇なんて無いから、ちょっと落ち着いてくれる?」


 ────あと、ルークくんと初夜を迎えるのは私。

 と心の中で思ったセシフェリアだったが。

 今そのことを言うと、またヴァレンフォードの性癖を長々と語られてしまうかもしれない可能性があったため、どうにか心の中だけに留める。

 そして、セシフェリアに落ち着くよう言われたヴァレンフォードは、呼吸を整えてから咳払いをして言った。


「すまない、戦略への愛と男への愛を同時に感じるこの感覚にまだ慣れていなくてな……そして、一応聞いておくが、クレアはこれからどうするつもりだ?」

「もちろん、私もルークくんを追いかけるよ」


 ルークに伝えたいこと。

 ルークとしたいこと。

 ルークとしていきたいことが、セシフェリアには数え切れない程ある。

 そして────


「ルークくんが私から逃げる理由、私と一緒には居られない理由は、マーガレットにルークくんのことについて聞けば本当にわかるの?私は本当に、それでちゃんとルークくんを完全に諦めて、ルークくんに抱いてる感情を全部消すことができるの?」

「……はい、それで全部です」

「そう……じゃあ、約束だよ?もしそれでも私の感情が消えてなかったら、その時は例えルークくんがどこに居たとしても追いかけるからね」

「……わかりました」


 セシフェリアのルークに対する想いは、ヴァレンフォードの話を聞いて全部消えたどころか。

 募ったため────あの時の約束通り。

 セシフェリアは、どこまでもルークのことを追いかける。

 そんな思いを抱きながら、迷いの無い、今までとは違う力強い瞳で言ったセシフェリアのことを見て、ヴァレンフォードは小さく口角を上げて言った。


「聞くまでも無いようだったな、では────共に、愛する男を追いかけることとしようか」

「うん」


 それから、二人は早速、サンドロテイム王国に潜入するため行動を起こすことにした。

 全ては、ルークと再会するため。

 そして────ルークに、自らの愛を伝えるために。



◆◇◆

 サンドロテイム王国に帰国した僕たちが馬車から降り。

 今僕たちを乗せてきたエレノアード帝国の馬車がサンドロテイム王国から出たのをしっかりと見届けると。

 僕は、事前に用意していた紙を、今僕たちと同じくサンドロテイム王国に帰国した馬車に乗っていた、以前僕に父上からの伝言を伝えてくれた村長さんに渡した。


「それは僕の手書きで、ここに居るみんなの家もしくは宿、あとは新しい職を保証してもらうための紙です……然るべきところに出してもらえれば、すぐに対応していただけると思います」

「なんと……アレク様、此度の件は、本当にありがとうございました」


 村長さんがそう言うと、ここに居るみんなが一斉に僕に頭を下げてきた。

 だけど、僕は慌てて首を横に振って言う。


「あ、頭を上げてください!僕はただ、サンドロテイム王国の王子として、すべきことをしただけで……」


 むしろ。


「僕の方こそ、皆さんに怖い思いや不安な思いをさせてしまって、すみませんでした……サンドロテイム王国の王子として、ここに謝罪させてもらいます」


 そう言って、僕が頭を下げると────今度は、ここに居るみんなが僕に向けて言った。


「ア、アレク様!頭なんて下げねえでください!」

「私たちはアレク様に感謝はあれど、恨みなど何一つありません!」

「そうです!アレク様もステレイラ様も、俺たちの命の恩人です!」

「みんな……」


 それからも、みんなは僕に温かい言葉を送り続けてくれたため、僕はゆっくりと頭を上げた。

 そして、一人一人の顔を見渡しながら言う。


「僕はまだまだ未熟だけど……それでも、いつか絶対、みんなが幸せに暮らせるサンドロテイム王国を作ってみせるよ」

「おおおおおお!!」

「アレク様!!」

「俺たちも、それに貢献させてください!!」

「もちろんだよ……みんなで、作っていこう」


 僕が思わず笑顔になってそう伝え、それからも少しの間だけ、レイラも含めてみんなで言葉を交わすと……

 いつまでもここに居るわけにはいかないため、みんなは一度僕に頭を下げてから、活気に溢れた様子でこの場所から去って行った。

 そして、僕はそんなみんなの背中を見届けてから、レイラの方を向いて言う。


「それじゃあ、僕たちも行こうか……王城に居る、父上の元に────レイラのことも、改めて紹介しないとね」

「っ……!はい……!アレク様……!」


 ────久しぶりに見る街並み。

 ────久しぶりに見るサンドロテイム王国の民たち。

 その光景を見て、僕は心が安らぐと共に……

 今一度、サンドロテイム王国は僕が守ってみせるという決意を固めながら、レイラと一緒に馬車に乗って王城へと向かった。

 そして、馬車に乗っている間。

 レイラは、そんな僕の気持ちを察してか、僕の手に自らの手を優しく重ねてくれていて────その手は、とても温かかった。

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