生涯

「お、お別れ……?この先へ行くことはできないって、どういうこと?」


 サンドロテイム王国はもう目前で、今の所敵襲の気配だって無いから、囮とかの必要は無いはず。

 だから、今レイラがこの荷台から降りないといけない理由なんて無い……のに。

 どうして、レイラは荷台部分の縁に足を掛けているんだ……?

 僕が全く状況がわからないでいると、レイラが口を開いて言った。


「理由は、二つあります」

「二つ……?」

「はい……一つ目は、とても単純な理由です」


 突然のことに、上手く頭が回らないため、今からレイラの言う言葉が全く予想できないでいると。

 レイラは早速、その一つ目を口にした。


「一つ目は、私がエレノアード帝国の人間だからです」

「……え?」

「戦争中、それも侵略行為を行なって来ている国の人間を国内に入れるだけでも本来許されざることです……加えて、そんな人間を自らの傍に引き連れているなどということが、もしサンドロテイム王国の民の方々に知られれば、アレク様の心象が悪くなってしまいます」

「っ!そんなことはないよ!さっきこの馬車の中に居た民の人たちがわかってくれたように、説明したら他のみんなだってちゃんとわかってくれ────」

「民の方々全員がご理解してくださるとは限りません」

「そ、それは……」


 サンドロテイム王国の民たちなら。

 エレノアード帝国の中でサンドロテイム王国との反対を掲げ続け、実際に僕に協力までしてくれたレイラのことを絶対に受け入れてくれる。

 僕にはその確信がある。

 だけど、それをいくらこの場で伝えたとしても、実際にそうなったわけじゃないから机上の空論にしかならない。

 レイラもそのことに気が付いているのか、口を開いて言った。


「当然、アレク様が仰られた通り、サンドロテイム王国の民の方々全員がご理解してくださる可能性はあるでしょう」


 ですが、と続けて。


「私という存在に対して不信感を抱き、私だけであればともかく、その不信感がアレク様にまで向けられてしまう可能性があることもまた事実です」


 確かに、その可能性を今この場で完全に否定することは誰にもできない。


「そして、それらの問題を解決するたった一つの方法は────そもそも、私がサンドロテイム王国に入国しないことです」

「……」

「そうすれば、そもそも可能性というものすら完全に無くなり、アレク様は今まで通り……いえ、敵国に奴隷として潜入していたことが知られれば、その勇敢さを讃えられ、むしろ今まで以上に尊敬を集めるお方になられると思われます」

「僕は、そんなこと────」

「アレク様はお優しい方なので、これだけでは納得してくださらないことも承知しています……ですので、次に決定的な理由である二つ目に移らせていただこうと思います」


 優しく微笑んで言ったレイラは、次に口を開くときには暗い表情になって言う。


「二つ目の理由は……私が、あまりにも無力だからです」

「っ!?」

「先ほどもお伝えした通り、アレク様はお優しいお方なので私が無力であるとは仰られませんが……」


 続けて、レイラは何を思ったのか。

 腰に携えている剣を鞘から抜くと、自らの手に握りしめて言った。


「先日、アレク様が目の前で四肢を拘束され動けない状況であり、そのような状況を想定して、一時間後にアレク様の様子を見に行き、場合によってはアレク様をお助けするという役目を頂いたというのに……私は、剣の実力などという言い訳のしようもない理由でヴァレンフォードさんに敗北し、アレク様をお助けすることができなかったのです」

「そのことは、前にも言ったけど僕の落ち度で、レイラはその後でちゃんと僕のことを助けてくれ────」

「それはセシフェリアさんの功績です!」


 珍しく声を荒げたレイラは、続けて声を荒げながら言った。


「私は、セシフェリアさんのことを穢れた欲の持ち主だと評しながら、そのセシフェリアさんが居なければアレク様のことをお助けすることができなかったのです……私はアレク様を助けることができず、私が否定した方はアレク様をお助けすることができました────これほどまでに、自らに対し無力感を感じることは……ありません」


 絞り出したような声で言ったレイラは、手に握っていた剣を鞘に納めると、続けて落ち着いた様子で僕の方を向いて言った。


「そのことに加え、私がこのままアレク様と同行しても、アレク様に利点は無いにも関わらず、難点だけは大いにあるのです……要するに、私は────アレク様の足を引っ張る存在……ですから私は、アレク様とこの先へ行くことはできません」


 続けて、レイラは少し間を空けてから、僕に優しい表情を向けて。


「これから、私はお傍でアレク様のことを見守ることはできませんが」


 わからない。


「アレク様の……そして、サンドロテイム王国の繁栄を、誰よりも祈っております」


 わからない。


「正直なことを言えば、これからもアレク様のお傍でアレク様を直接お支えすることができないのは、私にとって悲しいことですが」


 今の僕はきっと冷静じゃ無いからとてもそうは思えないけど、客観的に聞いたらレイラの言っていることは全て正しいのかもしれない。

 サンドロテイム王国の王子として、僕はレイラの言う通りにするべきなのかもしれない。


「それでも、この二ヶ月の間、アレク様のお傍に居られたことを……私は、私の人生で一番の思い出として、大切に抱いて生きていこうと思います」


 だけど────


「では、アレク様……どうかお元気で────」


 そう言って、この馬車から飛び降りようとしたレイラのことを────僕は、腕を引っ張って抱き寄せると、そのまま抱きしめた。


「ア……アレク様?どうなさ────」

「わからないよ!レイラ!」


 僕が自分でも驚くほど声を荒げて言うと、レイラは少し間を空けてから言った。


「わからない……とは、何のことでしょうか?私は全てお伝えし────」

「僕は……僕は、レイラにずっと、傍に居てほしい……」

「っ……!」

「僕は、レイラのことを足を引っ張るとか、無力だなんて思ったことは一度だって無いよ……だから、レイラが何を言っているのか、何一つわからない……僕はただ、レイラに傍に居てほしいんだ……」

「……お辞めください、アレク様……アレク様の方からそのようなことを仰られれば、私は……私は、この数日間、ずっと決意を固めていたのです……この瞬間のために……全ては、アレク様のために……」

「……本当に、わからないよ」


 続けて、僕は抱きしめたレイラと顔を合わせると────両目から涙を流しながら言った。


「レイラが僕のためにしてくれてようとしていることで、どうして……僕が涙を流さないといけないの?」

「っ……!」


 大きく目を見開いたレイラのことを、僕はさらに強く抱きしめて言う。


「問題が現れたら、また今までみたいに二人で解決したら良いよ……僕とレイラなら、それができると思う────だから……だから、これからも、僕の……傍に、居てくれないかな?」

「アレク、様……!!」


 力強く僕の名前を呼ぶと、レイラも僕と同じく両目から涙を流して言った。


「はい……!これからも、私は生涯に渡って、誰よりもお傍でアレク様のことをお支えさせていただきます……!」


 そう言ったレイラは、僕のことを優しく、そして強く抱きしめ返してくる。


「ありがとう……これからもよろしくね、レイラ」


 それから、互いの温もりだけを感じながら抱きしめ合い続けた。

 そこに言葉は無かったけど……

 言葉以上の確かなものを、感じることができた。

 そして────僕たちを乗せた馬車は、サンドロテイム王国に入国した。

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