お終い
────サンドロテイム王国への帰国前日。
僕は、エレノアード祭地下闘技場トーナメント戦の際に再会した人物。
赤髪の少女に渡された紙に書かれていた日時に、指定された場所までやって来た。
すると────
「伝わらなかったらどうしようって思ってたけど、伝わったみたいで良かった」
そこには、僕に向けて小さく微笑みかけている、赤髪の少女の姿があった。
「いつかの路地裏で、と君から渡された手紙に書かれていたら、ここ以外に思い当たる場所が無いからね」
ここは、この赤髪の少女が肥満体型の男に乱暴されそうになっていたところを、僕が助けた場所だ。
そんな僕の言葉を聞いた赤髪の少女は、顔を下に向けてその時のことを思い返すようにしながら言った。
「あの時は、声を張り上げても誰も助けてくれなくて、ここで私は本当に全部失うんだって諦めかけてた」
「諦め……そのことで前から気になっていたことがあるんだけど、良いかな?」
「何?」
「どうして、君はエレノアード祭地下闘技場トーナメント戦で決勝戦に来ることができるほどの力量があるのに、自分で抵抗することをしなかったの?」
相手が自分の主人じゃないなら、制度から見ても抵抗しても問題無いだろうし。
両手を押さえられていたと言っても、足さえ動けばあの戦闘能力の無いであろう肥満体型の男ぐらいはどうにかできたはずだ。
そのため、僕がどうして抵抗しなかったのか疑問に思い投げかけると、赤髪の少女は答えた。
「どうせ私はもう奴隷だから、抵抗しても意味なんて無いって思ったの……あなたからしたら意味がわからないと思うかもしれないけど、領地が奪われて、領民も奴隷にされて、私は心までも奴隷になってたの────だけど」
顔を上げて僕の方を見ると、赤髪の少女は明るい表情で言った。
「あの時、奴隷の身でありながら強い意志を瞳に宿して私のことを助けてくれたあなたのことを見て、私は生き方を教わった……どんな境遇に置かれたとしても、自分の中の大切なものだけは絶対に手放したらダメなんだって」
続けて。
僕に近づいて来ると、僕の右手を自らの両手で握って言った。
「だから、改めて本当にありがとう……今日は、それだけ伝えたかったの」
「そう……確かに受け取ったよ」
「……ありがとう」
僕は危険な目に遭わされそうになってる人が居たら助けるのは当然だと思ってしただけだから、本当は感謝なんて求めていなかったけど……
この感謝は断る方が失礼だと感じたため、しっかりと受け取っておくことにした。
やがて、赤髪の少女は僕から手を離すと、口を開いて言った。
「そうだ、ルーク……このエレノアード帝国の王女に何か伝えたいこととか無い?」
「……え?王女……?」
突然思わぬ名前が出て来たことに僕が困惑して聞き返すと、赤髪の少女は頷いて。
「うん、実は私、元がある国の公爵の人間だったからっていう理由もあって、王女直属の奴隷にされてるの」
「っ!?」
王女、直属の奴隷……じゃあ、本当に王女に何か伝言をすることができる?
でも、王女に何を伝言しても、状況は変わらな────と思いかけた時。
前は王女に拘束されたりしていて冷静に思考することができなかったけど……
そういえば前に、王女という人間の本質が何となく見えたような気がしていたため、そのことも加味して口を開いて言った。
「そういうことなら、王女にこう伝言してほしい────僕が変えるきっかけを作る、と……ルークからと言ってもらえれば、わかると思う」
「変えるきっかけ……わかった、王女に伝える」
「お願い」
それを聞いてどうするかは、王女次第。
どちらにしても、僕のすべきことは変わらない。
「多分、しばらくの間会えなくなると思うけど……最後に、君の名前だけ聞いておいても良いかな?」
僕がそう聞くと────赤髪の少女は、自らの胸元に手を当てて笑顔で言った。
「私はスカーレット……ルーク、またどこかで会いましょう」
「スカーレット……うん、またね────それと、奴隷にされてしまった君や領民の人たちのことだけど……きっと、あと少しで希望が見えて来ると思うから、諦めないで」
「っ!……本当に、最後までありがとう、ルーク」
温かい言葉を聞き届けた僕は、スカーレットに背を向けると、フードを被ってからレイラの待つ宿に向けて足を進めた。
……これで、このエレノアード帝国に思い残すことは無い。
そう思った僕が、今日の残りの時間を、レイラと二人で過ごすと────翌日。
「行こうか、レイラ」
「はい、アレク様!」
僕とレイラは、いよいよサンドロテイム王国に帰還するべく。
事前に把握していた、エレノアード帝国の奴隷とされてしまったサンドロテイム王国の人たちが乗っている馬車がある場所に、馬車が出発する直前にやって来ると……
そのうちの一つの馬車に、気配を消して乗り込んだ。
すると、サンドロテイム王国の民たちは、突然人が入って来たことに驚いた様子だったけど────直後。
「ア、アレク様!?」
「どうしてアレク様が、この馬車に!?」
僕の顔を見たみんなは、入って来たのが僕であることを知ってさらに驚いている様子だったため、僕は口元に人差し指を立てて静かにするよう合図を送ってから言う。
「僕も、みんなと一緒にサンドロテイム王国に帰ることにしたんだ……サンドロテイム王国とエレノアード帝国の戦争を終わらせるために」
「っ……!」
「何と偉大な……!」
それから、みんなは少しの間感服したといった様子だったけど、その視線は次第に僕から流れてレイラの方に集まった。
「ところで、アレク様……隣に居る女性は、どなたなんですか?」
「サンドロテイム王国の人間……じゃ、ねえですよね」
こうなることは予想できていたため、僕は一歩前に出てみんなにレイラのことを紹介する。
「彼女はステレイラと言って、エレノアード帝国では教会に居る聖女として名を知られている人だよ」
エレノアード帝国、という単語が出て一瞬ざわっとしたのを感じたけど、僕は続けて言う。
「レイラは、長い間教会の上に立つ者として、ずっとエレノアード帝国とサンドロテイム王国の戦争を反対してくれていたんだ……もしレイラが居なかったら、こうしてみんなを助けることも、これからサンドロテイム王国を助けることもできなかったと思う」
「っ!?サ、サンドロテイム王国との戦争に反対!?」
「敵陣ど真ん中で!?」
「エレノアード帝国にもそんな人間が居たのか……!」
「うん……そういうことだから、彼女が敵じゃなくて味方であることは、みんなにもわかって欲しい」
「わかりました!」
「当然です!」
「むしろ、感謝せねばなりませんなぁ……」
続けて、みんなは各々レイラに感謝の言葉を送った。
そんな言葉に対して、レイラは首を横に振って言う。
「私は、ただアレク様にご恩を返したかっただけなので、感謝など頂かなくとも……」
「何言ってるんですか!」
「あんたのおかげで俺たちは助かったんです!」
「アレク様が言うんだから間違いない!」
レイラの意思とは反対に、それからもみんなはレイラに向けて温かい言葉を送り続けた。
すると、レイラは困った様子でありながらも、優しい表情で言った。
「この方々が、アレク様が何よりも大事に思われている方々なのですね」
「……うん」
「……とても、温かい方々ですね」
「……そうだよ」
それから、僕とレイラが二人でみんなのことを見守っていると、やがて馬車は動き始めてサンドロテイム王国に向かい始めた。
万が一何が起きても対処できるように、僕とレイラは二人だけで外を見渡せる荷台部分に移動すると……
僕は、約二ヶ月の間生活したエレノアード帝国を離れ────数時間後。
いよいよ、サンドロテイム王国近郊と呼べる場所にまでやって来た。
「あと少しで到着だね」
「……そうですね」
僕がそう呟くと、レイラはどこか浮かない表情で、そして暗い声色で言った。
「……レイラ?」
そんなレイラのことを不思議に思った僕が呼びかけると、レイラは思い返すように小さく微笑みながら優しく言った。
「アレク様と共に過ごすことのできたこの二ヶ月の間は、私にとって夢のような時間でした……アレク様と共に計画を立て、二人でゆっくりと過ごし、カッコいいアレク様だけでなく、可愛げのあるアレク様のこともたくさん見ることができました────ですが」
続けて、レイラは顔を俯ける、再度暗い声で言った。
「その夢も、ここでお終いなのですね……」
「お終い……?レイラ、何を言って────」
僕が言いかけた時。
レイラは馬車の荷台部分の縁に足を掛けると、その金髪を靡かせながら僕の方に振り向いて……今までに見たことがないほど、悲しそうな表情で言った。
「お別れです、アレク様……私は、アレク様と共にこの先へ行くことは────できません」
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