愛
「すみません、いきなり抱きしめてしまって……」
僕がそう言うと、セレスティーネも同じく僕から腕を離して言う。
「いえ、ルーク様のことを抱きしめたのは私の方からでしたし、何よりルーク様に抱きしめられるのであれば私は本望です」
「……」
改めて、こうして自らを偽っていない状態でもそういったことを言われると少し照れてしまいそうだったけど、僕はどうにかその感情を抑える。
すると、セレスティーネがふと何かを思い出したように言った。
「ところで、ルーク様……お聞かせいただきたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「はい、何ですか?」
「……ルーク様の母国のお名前を、お聞かせいただくことはできますでしょうか?」
これも、もうすでにヴァレンフォード……
そして、今となってはおそらくセシフェリアも知っていることであるため、セレスティーネに隠す理由は無い。
そのため、僕は頷いて聞かれたことに答える。
「はい……僕の母国は、今エレノアード帝国と長年の戦争状態にあるサンドロテイム王国です」
「っ……そう、だったのですね」
おそらく、今一番このエレノアード帝国との戦争状態が激しい国の名前が出て来たからか。
セレスティーネは沈んだ面持ちになったが、続けて腑に落ちた様子で言った。
「思えば、確かに今までルーク様と接していただいた際、サンドロテイム王国というお言葉が出るたびにご反応なされていましたね」
「……そうだったかもしれません」
最近で言うと、一番大きく反応してしまったのは、エレノアード祭の地下闘技場トーナメント戦で優勝すれば、エレノアード帝国の奴隷とされてしまったサンドロテイム王国の民たちを助けられるかもしれないという────そうだ!
僕は、自らの素性を明かした今だからこそ。
改めてセレスティーネに言わないといけないことを思い出し、頭を下げて言った。
「セレスティーネさん、エレノアード祭地下闘技場トーナメント戦で優勝すれば、サンドロテイム王国の民たちを助けられるかもしれないという話を教えてくださってありがとうございました……おかげで、自国の民を助けることができました」
本当に、セレスティーネが居なかったら、どうなってしまっていたかわからない。
……いや、どうなってしまっていたかはわかっている。
もしセレスティーネが居なくて僕があのエレノアード祭地下闘技場トーナメント戦に参加できていなかったら、今頃サンドロテイム王国の民たちは……
僕がそう思っていると、セレスティーネが口を開いて言う。
「いえ……奴隷の方しか参加することのできない、あのエレノアード祭地下闘技場トーナメント戦では、結局私には何もすることができなかったので、全てはルーク様の功績であり私が感謝されることなど────」
「それでも、ありがとうございました」
ここはしっかりとお礼を言っておくべきところだと判断した僕が力強く言うと、セレスティーネは少し間を空けてから言った。
「そこまで仰られるのであれば、そのルーク様からのお礼のお言葉は、ありがたくお受け取りさせていただこうと思います」
「ありがとうございます」
そう言って僕が顔を上げると、セレスティーネが言った。
「そういえば、奴隷としてこのエレノアード帝国にご潜入なされていたということは、ルーク様という名も偽名なのでしょうか?」
「そうです」
「なるほど……当然、仮にも今戦争中の国の公爵である私に、ルーク様の本当のお名前をお教えいただきたいなどと願うつもりはありませんが────一つだけ、お願いをしてもよろしいでしょうか?」
「はい、何ですか?」
今の僕のセレスティーネへの信頼を考えれば本当の名前を伝えても良い気もする……けど。
セレスティーネが礼儀として気遣ってくれているのに、こちらからわざわざそんな無粋なことは言えない。
そのため、そのお願いというものの方を聞き返すと、セレスティーネは僕の目を見て言った。
「ルーク様はサンドロテイム王国の方で、もうそろそろその母国であるサンドロテイム王国にご帰国なされるのですよね?」
「はい」
「でしたら、あまり考えたくはありませんが……私たちは、再び会うことが叶わないかもしれません」
物理的に会えなくなる。
どちらかの国が滅びる。
命を落とす。
など、確かに会えなくなる可能性を考え始めたらキリが無い。
「ですから────」
続けて、セレスティーネは頬を赤く染めて、どこか恥ずかしそうにしながらも……
一つ一つの言葉に重みを乗せて言った。
「本日お別れをする前に……私に、ルーク様という存在を一番強く、そして濃く感じられるものを、残していって欲しいのです」
「それは、つまり……」
「はい……ルーク様のことをお求めになられる女性はたくさん居るでしょうから、私だけにとは言いません……ですが、今度こそ、今までにお伝えさせていただいた時以上の意味を持つ行為として────私と、交わっていただけませんか?」
今までは、こういったことを言われる度にとても動揺してきたけど、今はそういうわけにもいかない。
少し恥ずかしがってはいるものの、本当に僕のことを想ってくれているセレスティーネが、僕とはもう会えないかもしれないことを予期しての願い。
これは、決して恥ずかしいからとか、刺激的だからとかっていう、普段と同じような雰囲気で返して良い言葉じゃない。
そのことを強く意識しながら、僕は口を開いて言う。
「僕の気持ちで言えば、セレスティーネさんとだったらそういったことをしても良いと思っています」
「っ!でしたら────」
「でも、すみません……今はまだ、そういったことはできません」
もう会えないかもしれないから、そういったことをしたいと言ってくれているセレスティーネに、今はまだできないと伝える矛盾。
「それは……どういった意味なのでしょうか?」
その言葉に疑問を抱いた様子のセレスティーネが聞き返してきたため、僕はセレスティーネの目を見て迷い無くと答えた。
「セレスティーネさんとは、絶対にまた会えるからです」
「っ……!」
目を見開いたセレスティーネに対して、続けて迷い無く伝える。
「僕は絶対に、サンドロテイム王国とエレノアード帝国の戦争を終わらせて、セレスティーネさんに会いに来ます……だから、もう会えないかもしれないなんて理由で、セレスティーネさんとそういったことをしたく無いんです」
「ルーク、様……!」
僕の言葉を聞いたセレスティーネは、今にも涙を流しそうな表情で僕のことを抱きしめてきた。
そんなセレスティーネのことを、僕も優しく抱きしめ返して言う。
「あと、エレノアード帝国の中から奴隷制度を廃止することは現状難しいかもしれませんけど、外からならまた何かできることもあるかもしれません……」
「っ……!」
「なので、また僕と出会う時その時まで、セレスティーネさんは諦めずに中で頑張ってください……僕も、応援してますから」
「ルーク様……!……わかりました、何があっても、私は必ず諦めません!」
力強く言ったセレスティーネは、僕のことを抱きしめる力を強めて続ける。
「ルーク様、お約束です……絶対にまた、私の前まで来て、こうして抱きしめさせてください────そして、その時こそ」
「はい……その時こそ、僕はセレスティーネさんの愛に応えます」
僕がそう言うと、セレスティーネは嬉しそうに微笑んだ。
それからしばらくの間抱きしめ合うと、僕はセレスティーネに見送られる形でセレスティーネ公爵家を後にした。
────サンドロテイム王国とエレノアード帝国の戦争を終わらせないといけない理由を、また一つ増やして。
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