方法

「え!?ぼ、僕が、サンドロテイム王国に帰国!?」


 レイラの口から思わぬ言葉が出たことに驚きを隠せないでいると、レイラは強く頷いて言った。


「はい!そうすれば、手紙よりもさらに柔軟に、そして正確に、お父君にアレク様がエレノアード帝国に潜入したことによって得た情報をお伝えできるはずです!」

「そうだけど……どうやってサンドロテイム王国に帰るの?」


 一応、このエレノアード帝国に潜入するに当たって、脱出の方法は用意していた。

 僕の潜入から一ヶ月の間。

 もし僕の命が危険になりそうなことがあれば、強引にでもその場から逃れて、エレノアード帝国付近に伏兵として潜んでいるサンドロテイム王国の兵士と合流。

 そして、その兵士たちの乗って来ている早馬で帰国するという方法だ。

 かなり博打、力業のように見えるかもしれないけど、奴隷を労働力として使うなら四肢を拘束することは無いと踏んでいた。

 ことに加え、四肢が拘束されることが無く、ただ逃げることだけに意識を集中するなら誰にも捕まらないという自信もあったため、博打であったことに違いはないけどエレノアード帝国から脱出するという大きな題目を見れば、僕にとっては最低限の博打だったとも言える。

 とは言え、そんな方法ももう使えない。

 エレノアード帝国付近に何ヶ月も潜んでいるのはあまりにもリスクが高すぎるため、この方法を使えるのは潜入から一ヶ月だけに絞っていた。

 潜入二ヶ月目の今となっては、関係が無いということだ。

 長くなってしまったけど、とにかく今の僕にはサンドロテイム王国に帰国する方法なんて無く、その方法も思いつかない。

 そう思っていると、レイラが口を開いて言った。


「簡単です!一時的にエレノアード帝国の奴隷とされてしまった、サンドロテイム王国の民の方々が帰国の際に乗ることになる馬車に、乗り込めば良いのです!」

「っ……!馬車に、乗り込む……」

「はい!この方法であれば、万が一何かあったとしても、私たちでサンドロテイム王国の民の方々を守ることができ、アレク様もそのままサンドロテイム王国へ帰国することができます!」


 確かにそうだ。

 前までだったら、形式上主人ということになっているセシフェリアのことを気にしたりしないといけなくて、そんな手段は取れなかったかもしれない。

 でも、今はもうセシフェリアの元に戻ることはできないし、セシフェリアと会うことだってもう無いだろうから何も気にしなくて良い。


「すごいよ、レイラ!その方法は、今の状況全てにマッチしてる!」


 一つの脱出方法に縛られていた僕では、思いつかなかった方法だ。

 僕がそう伝えると、レイラは頬を赤く染めて言う。


「そ、そんな……!そもそも、この方法はアレク様がエレノアード祭の地下闘技場トーナメント戦でご優勝なされて、ご自身の手で自国の民をお救いになられたからこそできる方法です……なので、このようなことでお褒めいただかなくとも────」

「ううん、それでも、僕だけだと思いつけなかったよ……だから、ありがとう!」


 僕は、レイラの方に身を乗り出して感謝を伝える。


「っ!ア……アレク様、お顔が、近────」

「レイラのおかげで、これから先どうすれば良いのかが見えたよ!だから、本当にありがとう!」

「私の、おかげ……あぁ、あぁ……!」


 レイラは嬉しそうな声を上げてから自らの両手を握り合わせると、声を震わせながら言った。


「私の方こそ、アレク様のおかげで生きる意味を見出すことができ、心から感謝しております!あぁ、いけません、アレク様……このような感情を抱いている場合では無いと理解していますが、それでもアレク様にそのようなことを仰られてしまえば、私は……!」

「レ……レイラ?」


 突然様子がおかしくなり始めたレイラを前に僕が一歩身を引くと、レイラは甘い声色で言った。


「アレク様……何も、今この場で身を交え、この身を堪能して欲しいなどとは願いません……ですが、せめて、アレク様が初めてことのお手伝いをさせてはいただけないでしょうか?」

「た、達せ────え!?レイラもわかっているみたいだけど、そんなことをしてる場合じゃないよ!」


 セシフェリアが僕のことを追ってくることはもう無いと思うけど────


「ヴァレンフォードだったら、きっと僕たちが教会に居ることなんてわかっているだろうし、セシフェリアが足止めしてくれていると言ってもそれがいつまでかわからない……だから、早急に教会じゃないどこかの宿とかに移動しないといけない」

「もちろん理解しています……が、この手で直接アレク様のことを気持ち良くして差し上げる幸せを、私は感じたいのです!さぁ、アレク様、どうぞこちらへ────」


 その後。

 僕は、今にも僕のことをこの聖女室のベッドに誘導してこようとして来るレイラのことをどうにか落ち着けると。

 この間のエレノアード祭の奴隷所有権争奪戦で目立ってしまった僕と、聖女という元々目立つ肩書を持っているレイラの目撃情報が出ないように、が二人でフードを被って街に向かう。

 それから、街に到着すると、僕たちは宿にある二人用の部屋を借りてから、その室内に入った。


「とりあえず、サンドロテイム王国の民の人たちが帰国するまでの間は、この宿で身を潜めることにして……今日は休もう」

「はい、アレク様」


 今日は色々とあり過ぎて疲れたけど、僕とレイラはひとまずそれぞれのベッドで眠ることにした。

 考えないといけないことも多いからすぐに眠れるか不安だったけど、体が疲れていたからか意外にもすぐ眠ることができて────翌朝。


「おはようございます、アレク様」

「おはよう、レイラ……昨日はよく眠れた?」

「は、はい……アレク様のお眠りになられているお顔を拝見したいという願望と葛藤し、ですがそんなことをすればアレク様のご信頼を裏切ることになると考え、そこからさらに同じ部屋で眠っている状況下における信頼とは何なのか、もしかすれば何もしない方がご信頼を裏切るということになってしまうのでは無いかなど、様々なことを考えましたがその末には無事に睡眠を取ることができました」

「そ、そう」


 正直何を言っているのか全然わからなかったけど、とりあえずよく眠ることができたならそれが何よりだ。


「それじゃあ、これから朝食にしようか」

「っ!はい!」


 嬉しそうに言ったレイラと一緒に、僕たちは宿から出された朝食を食し始めた。


「あぁ……!まさか、アレク様と同室で眠ることだけでなく、このように朝食まで共にできるとは……!」

「前に食事をしようと言ったことが、現実になったね」


 あの時は、まさかこんな状況で、なんて思ってもいなかったけど……そうだ。


「そういえば、もし今回の件が無事に終わったら、レイラに僕のできる範囲でどんなことでもご褒美をあげると言ったことだけど、もし無事に終わっていたらレイラは僕にどんなことをお願いしていたの?」

「えっ!?ご、ご褒美、ですか?」

「うん」


 結局目的を達成することはできなかったけど、それはそれとしてレイラが何か求めるものがあるなら僕はそれをあげたい。

 そう思って聞いたこと……だったけど。

 レイラは、頬を赤く染めると、恥ずかしそうにしながら言った。


「そ、それは……アレク様と……夜を、共に……」

「夜……?」

「な、何でもありません!それよりも、お料理が冷めてしまう前に、食べてしまいましょう!」

「そ、そうだね」


 レイラの気迫に気圧された僕が、動揺しながらも返事をすると。

 その後は、料理の味についての感想とかを楽しく話しながら朝食を終えた。

 ……サンドロテイム王国への帰国まで、あと数日。

 もしかしたら、僕はもうエレノアード帝国に来ることは無いかもしれないから────思い残すことが無いように、に会っておこう。

 そう決めた僕は、レイラに宿で待機してもらうよう指示を出すと……

 しっかりとフードを被ってから、一人目の女性に会いに行くことにした。

 ……僕としたいとまで言ってくれていたから、別れの挨拶ぐらいはしておかないとね。

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