正体
「ん……」
馬車の移動中。
僕の膝の上に寝かせていたレイラが、目を覚ましたのか、小さな声を上げるとゆっくり目を開く。
「アレ、ク様……」
「おはようレイラ、体の方は何か異常は無いかな?」
「はい、特に異常は────っ!状況の方は、どうなったのですか!?」
どこか朧げとしていた様子のレイラは、完全に頭が覚めたのか、体を起こすと僕にそう聞いてきた。
あの二人からどうにか逃げ切らないといけないという状況で意識を失ったレイラがそのことを気にするのは当然のため、僕はその質問が飛んできたことに対し特に驚くこともなく落ち着いて答える。
「セシフェリアとヴァレンフォードの二人からどうにか逃げることができて、今は教会に向かう馬車の中だよ」
「っ!そうなのですね!流石はアレク様です!」
尊敬の込められた輝かしい目で僕のことを見てくるレイラ。
だけど、今回逃げられたのは僕だけの力ではないため、そのことを補足する。
「今回はそもそも僕の失敗のせいであんなことになってしまったから、褒められることなんて何も無い……むしろ、僕のことを助けてくれたレイラの方がすごいよ」
「いえ、私は……」
僕の言葉を聞いたレイラは表情に影を落とすと、続けて沈んだ声色で言った。
「アレク様のことを、お助けすることができませんでした……アレク様が目の前で危険な目に遭われようとしているというのに、私はその無力さ故に、情けなく伏すことしかできなかったのです」
「格上だとわかっている相手に、それでも勇気を持って挑むレイラの姿は、情けなくなんて無いよ……むしろ何度でも言うけど、今回情けなかったのは僕の方────」
「アレク様は情けなくなどありません!自ら危険な潜入を行い、例え身を拘束されようとも心の強さを保っていたアレク様は、誰よりも格好良いお方です!」
「レイラ……」
僕は、そのレイラの言葉に温かいものを感じて心が少し軽くなる。
だけど……レイラは、きっとそうじゃない。
僕が今ここでどんな言葉を掛けたとしても、正々堂々と戦いヴァレンフォードに敗れてしまった自分のことを責めてしまう。
……どうしたら、レイラの存在が、僕にとって本当に大切で、ましてや情けなくなんて無いと伝えてあげられるんだろう。
頭の片隅で、そんなことを考え始めていると────
「っ!?ア、アレク様!!」
「どうしたの?もしかして、どこか体に異常がある?」
だとしたら、馬車で常に体を揺られてるのは良く無い可能性もあるから、別の移動手段を考えないといけな────
「もしや、私はアレク様の膝の上で眠りについていたのですか!?」
「……え?」
想像の斜め上、どころか全くの死角外からの発言。
かなり困惑を抱いたけど、とにかく僕はただ事実だけを答える。
「うん、この馬車には他に枕になりそうなものが無かったから……勝手にそんなことをしない方が良かったかな?」
「め、滅相もございません!アレク様に膝枕をしていただけたことなど、私にとっては幸福以外の何物でも無いのですから!あぁ、惜しむらくは、私に意識が無かったこと……しかし、意識があっては膝枕をしていただけなかったという最大の矛盾が────」
それから、レイラは教会に着くまでの間。
いつも通り……と言ってしまいたくは無いけど、いつも通り頬を赤く染めながら色々と僕には理解の難しいことを言っていた。
いつもならそんなレイラのことを見て少し困るだけのところだけど……今は逆に、そんないつも通りなレイラのことを見て、どこか安堵していた。
◆◇◆
常人では目に追えないほどの速度で剣を斬り結びあっていたセシフェリアとヴァレンフォードは、一度距離を取って改めて向かい合う。
すると、ヴァレンフォードが口角を上げて楽しそうにしながら言う。
「流石だな、クレア……私が全力を出してもここまで決め切れないことは、生まれて初めてだ」
「それは私も一緒……マーガレットも、流石に強いね」
とはいえ、セシフェリアの目的はヴァレンフォードに勝利することではない。
今の目的は、あくまでもルークのことをヴァレンフォードから逃すだけの時間を稼ぐこと。
そして、あと一つは────
「マーガレット、一つ聞きたいことがあるんだけど」
「なんだ?」
剣による交差がひと段落ついたところで、次にセシフェリアはもう一つの目的を達するべく口を開いて言う。
「ルークくんについて、マーガレットの知ってることを教えてくれる?」
「ルークについて、私の知っていること?」
「うん、ルークくんが、もし私がマーガレットにルークくんのことについて聞いたら、私がルークくんに抱いてる感情が全部消えるなんて意味分からないこと言うから、ルークくんのことを追いかける前にちゃんとそのことを聞いておきたいんだよね」
「なるほど……どうして彼を追いかけることを妨害したのか疑問だったが、そういうことか」
腑に落ちた様子のヴァレンフォードは、続けて言った。
「良いだろう、そういうことなら彼について私の知っていることを話そう……しかし、そうなると少し順序立てて話す必要があるな」
「そもそも、どうして今日ルークくんがここに居たのか、そしてどうしてマーガレットがルークくんに興味を持ったのかの経緯ってことだよね?」
最初はルークがセシフェリアの奴隷だと知って、ルークと接触を図ろうとしてきたのかと思ったが、そもそもヴァレンフォードはルークがセシフェリアの奴隷だということを知らなかった。
となると、どうしてルークがヴァレンフォード公爵家の屋敷に居たのか疑問が残る。
次に、そもそもどうして男性に無関心なヴァレンフォードが、ルークと身を交えたいと思うほどにルークに興味を抱いていたのか。
その理由も全く分からないため間を空けずにそう聞くと、ヴァレンフォードは頷いて言う。
「その通りだ、やはりクレアと話していると話がスムーズに進んでとても話しやすいな……ではまず前者、どうしてルークがこの屋敷に居たのかからだ」
真剣な面持ちのセシフェリアに対し、ヴァレンフォードも真剣な面持ちで言う。
「先に断っておくが、私から彼を招いたわけではない……私の屋敷に来たのは、彼の方からだ」
「ルークくんの方から……」
「あぁ、門兵が気絶もしくは死を与えられているわけでは無いところを見ても、おそらくは私の部下の誰かに招待状を受け取った、もしくは書かせた……というのが私の行き着いた結論だ」
確かに、それなら屋敷に入ることはできるかもしれない。
が、やはりまだルークが何故そんなことをしたのか、理由が見えて来ない。
「そして、その招待状と同行していたステレイラの聖女という肩書きを利用し疑われることなく屋敷に入った彼は、気配を消して私の部屋に入り、背後を取ってきた……それから、彼はどうしたと思う」
「……マーガレットに、何かを要求した」
命を奪う、以外の理由で気配を消して相手の背後を取る理由は、それ以外にはほとんど無い。
ヴァレンフォードは、そのセシフェリアの答えに満足したように頷いて言う。
「彼は、私の首元に剣を添えて三つの要求をしてきた……そのうちの二つはあくまでも前提の話だったが、最後の一つはそうでは無かった────彼が要求したことは、エレノアード帝国が侵略行為を行なっている全国に対しての戦争継続を停止しろ、ということだった」
「っ……!?」
ここまでは特に驚くこともなく話を進めて来ていたセシフェリアだったが、ルークの目的まで予測することはできなかったため、その発言には素直に驚いた。
「その要求は、彼が純粋に優しい人間であるからだろうが、この私にそんな要求をしてくる人間は十中八九他国の人間であろうと踏み、一つブラフをかけた……一つだけならともかく、全ての国に対し戦争継続を停止するのは無理だ、とな」
「……それでもし一つの国の名前が出て来たら、どこの国からの間者か絞り込めるってことね」
「そういうことだ」
「意地の悪い答え……でも────きっとルークくんは、答えちゃったんだね」
「そうだ」
ここまでのことで、ルークが他国からの刺客だということは露見した。
が、それでも。
セシフェリアは、約二ヶ月の間ルークと生活を共にしているため、ルークのことがよくわかっている。
奴隷としての姿が偽りであったとしても、時々垣間見えるルークの優しさ。
それらが普段の日常、そして先ほどの別れ際で、困らされたことがあったと言いながらもセシフェリアに対し感謝を伝えて来たことからも表れている。
セシフェリアがそのことを思い返していると、ヴァレンフォードが続けて言った。
「そして、彼は私の目論見通り、一つの国の名を上げた……その国の名はサンドロテイム王国」
「……つまり、ルークくんは────」
「あぁ……彼の正体は、サンドロテイム王国からの刺客だ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます