互角

「クレア……そうか、すまない」


 困惑の声を上げたセシフェリアの方に顔を向けたヴァレンフォードは、第一声に謝罪の言葉を口にする。

 そして、僕の上から降り、セシフェリアに背を向けて下着と服を着ながら言った。


「つい戦略を熱心に考えてしまったことに始まり、それから予想だにもしないことが幾度となく起き、今日の夜クレアと過ごす予定があったことを失念してしまっていた」


 なるほど……どうして突然セシフェリアが現れたのかと思ったけど、元々約束があったのか。

 ヴァレンフォードの言葉を聞いたセシフェリアは、相変わらず僕たちの方に虚な目を向けながら冷たい声色で言う。


「それは別に良いけど……マーガレット、今その子に何しようとしてたの?」

「あぁ」


 下着と服を着終えたヴァレンフォードは、僕の方を向いて言う。


「クレアにとっては信じられない話かもしれないが、実はこの私にも興味が湧く男が出来てな……それが彼なのだが、今から早速そんな彼と初夜を迎えようとしていたところ────」


 ヴァレンフォードが言いかけた時。

 セシフェリアは地を蹴ると、剣を抜いてヴァレンフォードに斬りかかる。

 並の兵であれば、反応することもできずに斬られているところ……だと思うけど。

 ヴァレンフォードは即座に反応して剣を抜くと、その斬撃を受け止めて落ち着いた声色で言った。


「クレア……突然何のつもりだ?」

「マーガレットこそ、どういうつもり?その子に手を出そうとするなんて」

「その子……?どういう意味だ、話が見えな────」


 ヴァレンフォードの言い分を聞かず、再度剣を振るい始めるセシフェリア。

 ヴァレンフォードと言えど、ベッドに座った状態でセシフェリアと剣のやり取りを交わすのは難しかったのか少しやりづらそうにしている。

 が、どうにか立ち上がると、一度剣を薙ぎ払いセシフェリアに距離を取らせて言った。


「十分に言葉も交わさず斬りかかってくるというのは、クレアらしくないな……何をそんなに怒っている」

「何を?マーガレットが、その子に手を出そうとしたことだよ」

「さっきも同じようなことを言っていたが、やはりクレアらしくない」


 らしくない、という言葉から、二人の関係性がかなり親密なものであることを感じていると、ヴァレンフォードは続けて言う。


「仮に私がここでどれだけ残虐なこと、ましてや情事を行おうとしていたことなどで、私の知るクレアなら動じることは無かったはずだ……それを何故、今はかつて私の前で見せたことが無いほどに怒りを露わにしている」

「確かに、それが他の男とかだったなら、マーガレットがここでその男に対して残虐なことでも情事でも、どんなことしてようと、私はちょっと意外に思うぐらいでそこまで何も思わなかったと思うよ……でも」


 ヴァレンフォードと向かい合っていたセシフェリアは、続けて僕の方を向いて。


「その子は別だよ……その子は、ルークくんは私のルークくんなんだから────もしそのルークくんに何かしようとしてるなら、例えマーガレットだったとしても絶対に許さない」

「なるほど、クレアという人間の本質は変わっていないが、彼だけは別ということか……しかし、クレアにそこまで言わせるとは、流石ルーク────」


 言いかけたヴァレンフォードは、しなやかな指を自らの顎に軽く当てて、自らの思考速度の速さを表すように口早に呟く。


「待て……どうして、クレアはルークの名前を知っている?それに『クレアにそこまで言わせるとは』という言葉を、私は以前に使った……いつ使った?そうだ……クレアが最近買った奴隷の男の話の時────ふふっ、そういうことか」


 何かに納得した様子のヴァレンフォードは、自らの顎から手を離すと。

 小さく口角を上げてから僕の方を見て、再度セシフェリアの方を向いて言った。


「つまり……彼こそが、クレアが最近買ったという奴隷というわけか」

「そうだよ、ていうかエレノアード祭の奴隷所有権争奪戦の件とかで、ルークくんが私の奴隷だっていうのを知ってて手出そうとしてたわけじゃないの?」

「奴隷所有権争奪戦……?あぁ、今年はそんな催し事もあったらしいが、知っての通り私は祭りにはあまり興味が無い」

「それもそっか……じゃあ、ルークくんが私の奴隷だって知らなかったってことね」


 続けて、セシフェリアは僕の方に向けて歩き出して言う。


「それなら話は簡単、ルークくんは私のルークくんだから、返してもらうよ……知らなかったって言ってもルークくんに手を出そうとしたなんて、本当だったら許せないけど、マーガレットとは長い付き合いだし特別に許してあげる……ていうか、ちょうど良い感じに準備できてるみたいだし、そういうことなら私がルークくんと初夜────」

「待て」


 セシフェリアの言葉を遮ると同時に、セシフェリアの前を剣で塞いで言うヴァレンフォード。


「……何?」

「今なら、以前クレアが言っていたことがよく分かる……確かに、彼はとても魅力的で、思わず夢中になってしまうほどの男だ」

「……だから?」

「彼を、そして彼と初夜を過ごすことを譲るつもりは無い」

「……ルークくんから手を引く気は無いってこと?」

「そうだ……彼ほど、一緒に居て私の戦略家としての頭が、そして私自身が刺激される男は居ないと確信することができたからな」

「そう────なら」


 再度セシフェリアがヴァレンフォードに斬りかかり、ヴァレンフォードがそれを受ける形になって、セシフェリアが続けて言う。


「いくらマーガレットでも、大人しくしてもらうよ……ルークくんは私だけのルークくん、これは絶対に変わらない、変わったらいけないことだから」

「ふふっ、良いだろう……ならば、ここからは剣で語り合うとしよう」


 ヴァレンフォードのその言葉を合図に。

 二人は、剣による斬撃と身軽な身のこなし、そして心理的な駆け引きを用いながら凄まじい速度で剣を交え始めた。

 二人の剣の腕は────互角。

 という言葉以上に適切な表現が見つからないほど互角だ。

 ……それにしても、二人とも本当に剣の腕が立っている。

 今まで見てきた中だと、僕の師でありサンドロテイム王国の騎士団長であるオリヴィアさんを除いて、間違いなく一番だ。

 どうして、よりにもよってこのエレノアード帝国にあんな二人が……


「なんて、考えても仕方がない……二人が剣を結んでいる間に、どうにか」


 そう思い、僕は右手、左手、右足、左足を動かそうとするも、鉄の拘束具で拘束されてしまっているせいで全く動かすことができない。

 ……さっき一度右手を外されて再拘束されたから、もしかしたら右手の拘束が甘くなっているかも。

 なんて期待していたけど、流石にヴァレンフォードは抜け目が無い。

 それでも、僕がどうにかしようと色々試行錯誤していると────


「アレク様……!」

「っ!?」


 姿勢を低くして僕の方に近づいてきたレイラが、僕にしか聞こえない声で小さく名前を呼んできた。

 僕も、同じく小さな声で返す。


「レイラ……!意識が戻ったの!?」

「はい……!すぐに、拘束を解かせていただきます……!」


 そう言うと、レイラは僕の四肢の拘束を解いてくれた

 僕は、両手足を軽く動かし動作を確認するようにしながら言う。


「ありがとう、レイラ……助かったよ」

「いえ……アレク様がご無事であるなら、私は────」

「レイラ!?」


 言いかけたレイラが倒れそうになったため、僕はそれを受け止める。

 すると、レイラが口を開いて言った。


「申し訳ございません……半ば無理やり起きたことと、体に力が入らないせいで……」

「きっと、あの睡眠薬に含まれてる筋弛緩の効果だ……僕の方はもうほとんどその効果が抜けてるから、あとは僕に任せて」

「はい……それと、アレク様……すみません、私、アレク様をお助けするという役目を、果たすことができませんでした」


 その言葉に対して、僕は首を横に振って言う。


「レイラは十分務めを果たしてくれているよ、今だって実際に僕のことを助けてくれたしね……むしろ、僕の方が情けないよ」

「っ!そんな、アレク様は情けなくなど────っ」

「意識が朦朧としてる状態で大声を出すと、頭に響いちゃうから出さない方が良いよ……とにかく、今は僕に任せて」

「……はい、アレク様」


 そう言うと、レイラは安堵したように小さく微笑んで意識を失った。

 レイラにここまで無理をさせてしまうなんて……僕は、本当に────いや、悔いるのは後にしよう。

 思い直した僕が、意識を失ったレイラのことを抱えると。

 他に出口は無いため、僕は思い切ってセシフェリアとヴァレンフォードが剣を結んでいる隣を駆けていくことにした。

 ────レイラのためにも、絶対に逃げ切ってみせる!!

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