興奮

「……っ」


 とうとう、僕がサンドロテイム王国からの刺客だとエレノアード帝国の人間の一人にバレてしまった。

 僕がサンドロテイム王国の王子だとバレていないだけ状況は最悪とは言えないけど、その一歩手前ぐらいには来てしまっている。

 最悪僕の正体がバレてしまっても、ヴァレンフォードの命を奪って口封じをすれば問題無いと思っていた。

 でも────ヴァレンフォードの命を奪えば、エレノアード帝国がサンドロテイム王国に一斉蜂起するというイレギュラー。

 それが嘘という可能性も無くはないけど、どちらにしても断定することはできず、万が一にもサンドロテイム王国が滅ぼされてしまうかもしれない行動なんて僕には絶対に取れない。

 そのため、たったこの一手だけで、僕は危機的状況に立たされている。

 ヴァレンフォードと向き合いながらも思考を巡らせていると、僕のことを見ているヴァレンフォードは小さく笑って言った。


「ふふっ……あの教会前で初めて君と出会った時、私は何故か君に目を奪われた」

「……」

「今まで一度たりともそんなことが無かった私には、どうして目を奪われたのかわからなかったが……今なら理解できる────それは、君こそが、私がずっと探し求めていた私にとって未知の戦略を練り、実行している男だったからだ」


 続けて。

 ヴァレンフォードは片手で持っている剣を、綺麗に自らの斜め下に構えて言った。


「だが、私が真に求めているのは、知性と実行力だけでなく、それに伴う武力も持っているかどうかだ……ルーク、君の剣の腕を私に見せてくれ」


 力強く言うと、ヴァレンフォードは僕の方に距離を縮めてきた。

 今はしっかりと剣を持っていて、体を拘束されているわけでは無いから遺憾無く力を発揮できる!

 僕は、僕に距離を縮め剣を振るってきたヴァレンフォードの剣を、同じく剣で受け止める。


「受けたか……なら、これはどうだ?」


 続けて、ヴァレンフォードは素早く斬撃を加えてくる。

 それも、ただの斬撃ではなく、一回一回で角度を変えて、毎回絶妙に僕が防ぎにくい角度にしてきている。

 それでも、僕はそれらをどうにか捌く。


「っ……!これを受けるか、面白い、面白いぞ、ルーク!……はぁ、はぁ、私は今、かつて無いほどの興奮を覚えている!」

「こ、興奮!?」


 こんな時に、何を言ってるんだ!?


「あぁ、この状況に興奮しないで居られるはずもない……!」


 続けて、僕と剣を交えながら。

 相変わらず、体力切れとは違った様子で息遣いを荒くし始めると、ヴァレンフォードはほんの少しだけ頬を赤らめながら言った。


「はぁ、はぁ、ふふっ……ルーク、私はもっと君という男を知りたい、もっと私に君のことを教えてくれ!」


 そう言うと────ヴァレンフォードは、その長身からは考えられないほど身軽に中を舞い、僕の背後を取った。

 そして、剣を大きく振りかぶって僕に攻撃を行ってくる。

 その剣を僕が冷静に防ぐも、ヴァレンフォードはさらに中を舞って元居た場所、つまり今の僕にとっての背後に回って剣による突き攻撃を行ってきた。

 ……けど。


「っ……!」


 あえて大きく振りかぶって見せた一度目ではなく、二度目に必ず背後を取って突きによる本命の攻撃をしてくることを予見していた僕はその攻撃を防ぐ。

 すると、ヴァレンフォードは一度僕から距離を取って言った。


「私の命を奪ってはならないという条件付きで、ここまで私の攻撃を凌ぐとはな……戦略を練る知性に実行力、卓越した剣技」


 続けて。

 僕のことを見据えると、力強く言った。


「やはり、君こそが、私のずっと求めていた男だ」

「……」


 ヴァレンフォードに戦争継続を停止する意思がなく、かといってヴァレンフォードの命を奪うことができない以上。

 もう僕がここに居る理由は無い……万が一にも増援が来てしまう前に、ここは────


「一応伝えておくが、逃げるなどとは考えない方が良い……君が逃げた場合、君と一緒に来ているステレイラの身は保証できない」

「っ!?」


 レイラの身……!?


「どうして、聖女様が僕と一緒に来ていることを知っているんだ!?」

「それは、君の後ろに拘束されたステレイラが居るからだ」

「何!?」


 咄嗟に、レイラの身を心配して振り返った僕……だったけど。

 僕の背後には、レイラの姿どころか人すら誰も居なかった。


「……っ!しまった!」


 これが嘘であることに気づき、ヴァレンフォードの方を振り向こうとするも────


「遅い」


 後ろからそんな声が聞こえてくると同時。

 僕の手から剣が下ろされると、ヴァレンフォードは後ろから片腕で僕のことを抱き留め。

 もう片方の手で持っている剣の刃を、僕の首元に添えて言った。


「君は私にとって未知の戦略を練り、実行し、剣技に関して言えば私を超えると評することもできる腕前」


 だが、と続けて。


「絶対に私のような戦略家にはなれない、心優しい人間であることは発言の節々から見て取れた……だから、ステレイラの名を出せば気を引けるだろうこともわかった」


 その結果がこれだ、と最後に付け加える。

 でも、僕にはまだ不可解なことがあったため、口を開いてそのことを聞く。


「でも、それはこの屋敷に聖女様が来ていると知っていないとできないことのはずだ……どうやって、聖女様がここに来ていることを知った」


 ここで聖女であるレイラのことをレイラと呼んで、無駄にこちらの関係性についての情報を与える必要性は無い。

 そのため、僕があえてレイラのことを聖女様と呼んで聞くと、ヴァレンフォードは答えた。


「それは単なる推測だ」

「推測……?」

「あぁ、奴隷の身である君一人で計画を実行できたとは考えづらく、私は君とステレイラが共に居るところを目撃したことがあり、さらにそのステレイラはサンドロテイム王国との戦争に反対していて、君はサンドロテイム王国の人間……これだけの情報があれば、君にとって重大とも言える今回の計画にステレイラも同行していると推測することは容易だろう」


 確かに、それだけの情報があれば推測することはできなくもない。

 が、どれだけ推測できたとしてもそれはあくまで可能性の一つに過ぎず、あの状況でその可能性を堂々と発言できる胆力。

 ……これが、あのセシフェリアにすらチェスで上回っているというマーガレット・ヴァレンフォード。

 完全に……してやられた。

 僕が悔しさを噛み締めていると、続けて。

 ヴァレンフォードは、僕を抱き留める力を少しだけ強めて言った。


「ふふっ、私が君の体を感じ、君が私の体を感じている……もう少し君とこうして触れ合い続けていたいものだが、私にもいつステレイラがこの屋敷に入ってくるかの詳細な時間までも完全に推測することはできない……だから────この続きは、別の場所に移動してからとしよう」

「っ……!これは……!」


 その後。

 僕は、強制的に睡眠薬を吸い込まされると────その場に伏した。


「君のような男と巡り会えるとはな……いつかセシフェリアと話した、予想だにもしない戦略が男の形をして出てきたら────という話が、現実になったか……私の答えは、あの時と変わらない」


 ……意識を失う直前。

 何かを一人呟いているヴァレンフォードの声が頭に響いたけど、何を言っているのかまでは聞き取れない。


「……」


 また……レイラのことを、心配させてしまうかもしれないし、もしかしたら悲しませてしまうかもしれない。

 それでも……僕は、今のうちから拷問される覚悟。

 そして、命を落とす覚悟も改めて強くしておくことにした。

 だけど……まさか。

 ────このヴァレンフォードまでもが僕の貞操を奪おうとしてくるとは……この時の僕は、全く予想だにもしていなかった。

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