未知の戦略

「今から、僕の聞きたいことの三つに答えてもらう……返答しない、嘘を吐くなどした場合は容赦無く────」

「私に敵意を抱くものが、私の背後を取っただと……?」


 僕が聞きかけた時、ヴァレンフォードは小さな声でそう呟いた。

 だけど、僕は間を空けずに言う。


「余計なことは言わなくていい、ただ僕に聞かれたことだけを答え────」

「夢中になっていたとはいえ、この私が気配を感じることすらできないとはな……しかし、今私の背後を取っているこの者は一体どうやってこの屋敷の中に入ったんだ?」


 僕の言葉を遮ったヴァレンフォードは、さらに口早に言う。


「この屋敷を囲っている壁は人がよじ登れるような高さではなく、入り口は門一つ……となると、門兵が買収された?いや、そんなことをしてわざわざ自ら斬首されたいと思うようなものはいないだろう、それにこの時間に来たということは、私がこの時間に一人になると知っていたのか?となると────」


 それからも、ヴァレンフォードは一人口早に何かを呟き続けた。

 僕は、そんなヴァレンフォードに対して言う。


「もう一度だけ言う、余計なことは言わず今から僕に聞かれたことだけに正直に答え────」

「待ってくれ、今良いところなんだ……未知の戦略に出会うことほど楽しいことはない」


 み、未知の戦略……?

 楽しい……?

 この状況で、一体何を言ってるんだ……?

 僕が胸中で困惑するも、ヴァレンフォードは続けて嬉々と語る。


「それも、今私は仮にも君に命を握られている……私に敵意を持つ誰かに命を握られることなど生まれて初めてだ、面白いぞ」

「……さっきから、何を言ってるんだ?」

「君に感謝しているということだ」


 感謝……?


「こうして私の背後を取るまでの間にどんな計画を立ててきたのか、何を実行して来たのか、どんな戦略を練ってきたのか……ふふっ、考えるだけで胸が高鳴り昂ってしまいそうだ」


 ……ダメだ。

 本当に、何を言っているのか全くわからない。

 セシフェリアやレイラに対しても、話ができないと感じたことはあったけど、今目の前に居るヴァレンフォードに関しては話ができないなんていう次元じゃない。

 だけど、今はヴァレンフォードの人格なんて関係ない。

 僕は、ヴァレンフォードの首元に添えている剣の刃を少し近づけて言った。


「もし、このままあなたが真面目に僕の要求に答えないと言うなら、僕は本当にあなたの命を奪う」

「いいや、それはない」


 僕の言葉に対して、先ほどまでとは違いとても落ち着いた声色で返すと、ヴァレンフォードは続けて言った。


「君が私の命を奪うことが目的なのだとしたら、もうその剣で私の命を奪っているだろう」

「……」

「私の命を奪うのはあくまでも最終手段であり、君には別の目的がある……でないと、私のことをここまで生かしている理由が無い、もし今の私の発言に間違いがあるのなら是非とも教えてもらいたい」


 さっきまでは人物像が読めなかったけど、このエレノアード帝国の戦略家。

 それも、チェスであのセシフェリアに優勢を取っているというだけあって、やはり頭はかなり回るようだ。


「……その認識でいい」

「そうか……では、私に敵意を持っている君のことをこの場所まで導いた戦略を考えたのは誰だ?君か?それとも、君は単なる実行犯か?」

「僕一人で考えたわけじゃない」

「つまり、君もこの戦略を考えたうちの一人ということか……ふふっ、いいぞ、あとは────」

「それよりも、僕の話を進めさせてもらう……あなたの命を今奪うのが本意じゃないのは確か、でもだからと言ってこのまま話を進められないのなら最終手段として僕はあなたの命を奪う」

「そうだな……良いだろう」


 ヴァレンフォードは脚を組み替えると、続けて言った。


「私に聞きたいことがあると言っていたが、何を聞きたい」

「さっきも言った通り、聞きたいことは三つある」


 ようやく話を進めることができる流れになったため、僕はこの機を逃さず口を開いて言う。


「一つ、戦争を行う国を決めているのは、あなたではなくこの国の王族という認識で間違いないか?」

「あぁ、私はあくまでも戦略家であって、政治家では無い……その口ぶりからして、君はどうやら他国の人間のようだな、ますます興味深い」

「……一つ、エレノアード帝国の戦争に関する具体的な指示は全てあなたが?」

「そうだ、私と同等に近いように戦略を考え、実行することができる人間は私以外に一人しか居ない……だが、戦略という一面に特化して考えるならこの役割は、私以外にあり得ないだろう」


 つまり、どの国と戦争を行うかは王族が。

 そして、エレノアード帝国の圧倒的とも言える戦略は、ヴァレンフォード一人で考えている。

 そう……で。

 僕は、次に聞くことの問いによってはをする決意を固めると、口を開いて言った。


「最後だ……今侵略行為を行なっている、全国に対しての戦争継続を停止しろ」

「一つの国だけならともかく、全国に対しては無理だ」


 っ……!

 裏を返せば、一つの国だけなら……戦争継続を、停止できる?


「君は、どの国との戦争継続を停止して欲しい」


 ……そんなこと、決まっている。

 他の国も大切だけど、僕が何よりも大切なのは────


「サンドロテイム王国だ……今すぐ、サンドロテイム王国との戦争継続を停止しろ」

「ほう、君はあの国の人間か……やはり、陽動という私の読みは当たっていたか、しかしそうなると不可解な点が────」

「戦争継続を停止するのかどうかだけ答えろ!停止しないというなら、僕はここであなたの命を奪う!」


 これはもちろん脅しじゃなく、本気で言っている。

 聞き出すべきことは聞き出せた。

 戦争を行うと決めているのは王族なら、今後王族の方もどうにかして行かないと根本解決にはならない。

 けど、戦略を考えているのは、ヴァレンフォードただ一人。

 部下はただヴァレンフォードの指示を受けてそれを実行しているだけ。

 なら、ここでヴァレンフォードの命さえ奪うことができれば。

 指揮系統は大きく乱れ、サンドロテイム王国にも余裕が生まれるはずだ。

 例え、どれだけヴァレンフォードが手練れであったとしても、この状況で僕が遅れを取ることは絶対にあり得ない。

 ここで戦争継続を停止しないのであれば、僕は本当にここで────


「君がどの国の人間であろうとも、私に戦争継続を停止するつもりは元より無い、一つの国だけならと言ったのは君がどの国からの刺客かどうかを暴くためだ」

「っ……!?」

「そして、君がサンドロテイム王国の人間であるなら、ここで私の命を奪うことはお勧めしない」

「……どういう意味だ」


 訝りながら言葉の意図を問うと、ヴァレンフォードは口を開いて言った。


「もし私が死ねば、今戦争を行なっている中でも最も大国であり、資源のあるサンドロテイム王国に一斉蜂起を仕掛けるよう指示を出している」

「何!?」


 サンドロテイム王国に、一斉蜂起……!?


「無論、私が死んでいる以上私から指示を出すことはできず、数による突撃となり、互いに必要以上に犠牲者が出ることになるが────君がそれを望むのなら、この場で私の命を奪うと良い」

「っ……!」


 ヴァレンフォードの命を奪えば、間違いなくエレノアード帝国は大幅に弱体化される。

 だけど、それと引き換えにサンドロテイム王国の民たちが必要以上に犠牲となってしまう。

 ……ダメだ、僕はサンドロテイム王国を救いたくてこんなことをしているのに、エレノアード帝国を弱体化させるためにサンドロテイム王国の民たちを犠牲にしていたら何も意味が無い!

 僕がそう考えていると────ヴァレンフォードが立ち上がった。


「っ!動くなと言ったはずだ!」


 声を上げると、咄嗟にヴァレンフォードのことを斬ろうとした僕……

 だったけど。

 命を奪うのはダメだ。

 とりあえず、致命傷にはならないまでも動きを止められるように────と考えている一瞬の隙を突いて。


「っ……!」


 ヴァレンフォードは腰に携帯していた剣を素早く鞘から抜くと、僕の剣を弾き自らから遠ざけた。

 状況を整理するために僕が一度距離を取ると、ヴァレンフォードは振り返り僕と向かい合う。

 そして────


「そうか……君が、サンドロテイム王国からの刺客だったか、ルーク」


 僕の顔を見ると、その大人びた綺麗な顔を少し驚いたものへと変化させ、鋭い眼光の目を見開いてそう言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る