祭りの翌日

 ────エレノアード祭翌日。


「昨日は、色々と大変だったね」

「……そうですね」


 セシフェリアと一緒に朝食を食べていると、隣の椅子に座っているセシフェリアがそう声を漏らした。

 確かに、昨日は本当に大変だった。

 僕の奴隷所有権争奪戦で、セシフェリアやセレスティーネ、レイラがその指揮下にある人たちに指示を出した結果街中が騒ぎとなったり。

 その後も僕はセシフェリアによって、初めて僕の僕を見られて、触られ、その後でセレスティーネとレイラがやって来て。

 一触即発という雰囲気だったけど、その後はあの受付の人が来てくれたおかげでどうにか落ち着いたことが今でも記憶に新しい。

 それ以外にも、地下闘技場トーナメント戦や、サンドロテイム王国の────そうだ。


「サンドロテイム王国の奴隷となってしまった人たちは、これからどうなるんですか?」

「エレノアード祭の後片付けとかで色々忙しいと思うから、あと数日はかかるかもしれないけど、それでも一週間以内ぐらいにはサンドロテイム王国に帰されることになると思うよ」

「一週間……その一週間の間、あの人たちはどういった扱いを受けるんですか?」


 絶対に国に帰れるという保証がある以上まだマシ……だけど。

 この一週間の間奴隷として扱われて色々な酷いことをされてしまうのだとしたら……

 僕が不安に思っていると、セシフェリアは僕の頭を撫でながら言った。


「もう、ルークくんは優しいね〜!心配しなくても、あの人たちはエレノアード帝国の奴隷っていう扱いじゃなくなってるから、今頃は奴隷商の有してる宿とかに泊まってる頃だよ」

「そうなんですね……」


 本当に……良かった。

 心から安堵していると、セシフェリアは僕の頭から手を離して、口を開いて言った。


「大変って言ったら、ルークくんのルークくんも今大変なことになってるんじゃない?昨日私が出ちゃうギリギリの状態でずっと維持してたし……あの時は状況が状況だったって言っても、あんなに強引なことしちゃって、ちょっと悪いと思ってるの、だからもし今大変なことになってるなら今度こそ────」

「い、いえ!大丈夫です!」


 今のセシフェリアから感じるのは、純粋に僕のことを気遣う心と申し訳無さ。

 でも、どんな動機だったとしてもそんなことをされてしまうわけには行かないため断る。

 すると、セシフェリアは身を乗り出して言った。


「本当に?我慢しなくても良いんだよ?」

「し、してません!もう大丈夫ですから!」


 正直のことを言えば、あれから数時間の間はずっと悶々とした気持ちだった。

 とはいえ、日が変わってしまえばそれも鎮まっていて、今では何も問題無い。


「そっか〜」


 僕の返答を聞いたセシフェリアは、名残惜しそうにしながらも、身を元の位置まで引いた。

 そして、続けて言う。


「あとね?昨日ルークくんが私以外の女のところに行こうとしたことは、昨日私がルークくんのこと出ちゃうギリギリの状態で維持して苦しめたことをお仕置きとして許してあげようと思うの!」

「そうですか……ありがとうございます」


 それなら、あれだけ苦しんだ甲斐があったというものだ。

 僕がそう思っていると、セシフェリアはただ、と付け加えて静かな声色で言った。


「これだけは、ちゃんと伝えておきたいんだけど……大好きなルークくんに背を向けて逃げられて、私は本当に悲しかったの」

「……セシフェリアさん」

「……ルークくんのことが大好きだからこそ、しちゃったこと……だから、私のこと、嫌いにならないでくれるかな?」

「……」


 元々、僕はセシフェリアのことを好きや嫌いといった見方をしていない。

 強いて言えば、敵国の女性として見ているということぐらいだ……だけど。

 ────セシフェリアらしくない、こんなにも純粋に訴えかけるような目で見られたら、間違ってもこの問いかけに首を横に振ることはできない。


「はい」

「っ!」


 頷いて答えると、セシフェリアは小さく嬉しそうな声を漏らし、頬を赤く染めながら明るい笑顔を見せた。

 ……相変わらず、クレア・セシフェリアという女性のことはわからない。

 僕を好きだという反面僕を苦しめたり、冷徹だと感じることがたくさんあるのに────笑顔は、こんなに明るくて、綺麗だったり。


「……」


 数秒の間、思わずその笑顔を見つめていると、セシフェリアが口を開いて言った。


「湿っぽい話はここでお終いね!じゃあ、ここからは楽しい話しよっか!」

「楽しい話、ですか?」

「うん、ルークくんはもう大丈夫だって言ってたけど、私は昨日男の子の男の子を見たのも触れたのも初めてで、それもルークくんのってなると本当に昂っちゃったっていうか……一言で言うと、私はまだ昨日のあの高揚感みたいなのが残ったままなの」

「……」

「そこで、ルークくんに私のおっぱい触って欲し────」

「お断りします」

「え〜!?」


 驚きの声を上げるセシフェリアに対し、僕は半ば自らがセシフェリアの奴隷であることを忘れて本音で言う。


「昨日あんなに刺激のあることをしたばかりなんですから、そんなことすぐにできるはずないじゃないですか!」

「そんなことって、ちょっと待って?じゃあ、ルークくんにおっぱい触らせてあげるんじゃなくて、私がおっぱいしてあげるのは?」

「ダメに決まってます」

「だったら、私がルークくんのルークくんを眺めて、可愛い〜!って気持ちで満たされるのは?」

「それもダメです!そういうことは、少しの間禁止です!」


 本当はずっとと言いたかったけど、ずっとと言えばそんなことはできないと言われてしまう可能性が高いため、少しの間という言葉を使う。

 すると、セシフェリアは言った。


「ルークくんにおっぱいしてあげられないなんて、悲しいけど……ルークくんに焦らされてるって思うと、なんだか……良いね」


 頬を赤く染めて言うセシフェリア。

 何が良いのか理解できなかったけど、そういったことを回避できたのなら、とりあえずはそれで良しとしておこう。

 その後、朝食を食べ終えると、セシフェリアは何やら今日は用事があるということで、すぐに屋敷から出て行った。


「……そういえば、あの子からもらった紙、開けてなかったな」


 僕は、懐に入っている紙を見ながら呟く。

 あの子というのは、エレノアード祭地下闘技場トーナメント戦決勝戦で再会した赤髪の女性のことだ。

 確か────


「また、私にを教えてくれたあなたに会いたい……もし、あなたもそう思ってくれたなら、その紙を開いて」


 ということだったな。

 僕も、せっかくだから会いたいのは山々だけど────明日は、サンドロテイム王国とエレノアード帝国の戦争終結に関わるがあるため、今は他のことに気を回している場合ではない。

 そのため、懐から視線を切ると。

 僕は、計画の最終確認に入るため、屋敷を出て馬車に乗り、エレノアード祭の片付けをしている街並みを眺めながら教会へと向かった。


「っ!ルーク様!!」


 教会前に到着して中に入ると、僕の姿を見つけたレイラが、勢いをつけて駆け寄ってくると僕のことを抱きしめてきた。


「ルーク様……ルーク様、ルーク様!!」


 いつになく強く抱きしめてくるレイラに、僕は少し疑問を抱きながら言う。


「いつもと様子が違うようだけど、どうしたの?レイラ」

「いえ……申し訳ございません、昨日は、もしかしたらルーク様に何か命に関わるような危険が降りかかっているのではと考え不安がありましたので、またこうしてルーク様と二人でお会いできたことが嬉しいのです」

「そういうことだったんだね……僕も嬉しいよ、レイラ、でもここだと目立つから、聖女室の中に入っても良いかな?」

「もちろんです!」


 その後、僕とレイラは二人で聖女室の中に入ると、対面になるようにソファに座ってくれた。

 目の前には、レイラが淹れてくれた紅茶が置いてある。


「して、アレク様……本日のご用件は、例の件でしょうか?」

「うん、そうだよ」


 移動時間と紅茶を淹れたことによって落ち着きを取り戻した様子のレイラが聞いてくると、僕は頷いて答えた。

 そして、続けて口を開いて言った。


「今から、明日ヴァレンフォード公爵家の屋敷に潜入して、マーガレット・ヴァレンフォードに戦争継続の停止をさせる計画────場合によっては、マーガレット・ヴァレンフォードの、最終確認を始めよう」

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