手解き

「っ……」


 目を開くと、視界には白の天井が映った。

 そこには、見ただけで質が良いと分かるシャンデリアが置いてあり、背中には心地良いふかふかな感触。

 だけど……その心地良さとは裏腹に、僕の背中に回されている手には手錠がされているようで、自由に動かすことができない。


「ここは……」


 どこだ?

 確か、セレスティーネと一緒に裏口のある宿の一つの部屋に居たらセシフェリアが来て、窓から飛び降りて逃げて、警備の人に話しかけて、その後────


「目が覚めたようね」

「っ!」


 その声が聞こえると同時に、僕は体を起こしてその声の方を向いた。

 すると、そこには豪華な装飾が施されたソファに、ティーカップを片手に持って座っている氷を思わせる水色の髪をした女性。

 ────王女の姿があった。

 そうだ、僕はあの警備と思しき人たちに、王女のところに連れて行かれたんだ!

 警備の人だからと油断して名乗ってしまったのが失敗だったか……

 だけど、今そんなことを悔いていても仕方ない。

 王女は、手に持っているティーカップを目の前のテーブルに置いて言った。


「ここは、街にある王室よ……だから、私が呼ばない限りここに他の誰かが来ることは無いわ」

「……あなたが、僕に何の用だ?もしかして、あなたもセシフェリアさんの五千万ゴールドを狙って?」

「セシフェリアの五千万ゴールド……?」


 一瞬困惑した様子の王女だったが、心当たりがあったのか「あぁ」と続けて。


「あなたの奴隷所有権争奪戦に合わせて、セシフェリアはあなたを捕まえるために面白いことをしているようだけれど、私が五千万ゴールドなんて端た金のために、わざわざこんなことをするはずがないでしょう?」


 確かに、このエレノアード帝国の王女が、お金目的でわざわざこんなことをするとは考えづらい……か。


「だったら、僕に何の用だ」


 少なくとも、今僕は王女と話している場合では無いと考えていて、王女の人格も鑑みて王女と話したいなんて思ってもいないため冷たく言うと、王女が僕の目を見て言った。


「奴隷が王女である私にその態度なのは頂けないわね、敬語を使いなさい」


 今の僕が奴隷という身である以上。

 不自然が無いように、表面上はセレスティーネ……

 周りに人が居る時は聖女としてのレイラ……

 そして、あのセシフェリアに対しても、敬語を使って来た僕……だけど。

 同じ王族の人間として、国のあるべき形すら見えていない王女に対して敬語を使うなんてことはそれこそサンドロテイム王国の王子として恥になるため、それだけは絶対にできない。


「……」


 僕が沈黙を貫いていると、王女は一度ため息を吐いてから言った。


「相変わらずね」


 続けて、呆れたような口調で。 


「私にそんな態度を取るのは、奴隷どころかこの世の人間ですらあなたが初めてよ……そんなあなただから、私は話したいと思ったのかもしれないけれど」

「……」


 やっぱり、どんな用があってもこの王女と話す時間は、ただ不快にさせられるだけだ。


「僕にはあなたと話したいことなんて無いから、部屋を出させてもらう」


 そう判断した僕は立ちあがろうとした……けど。


「っ」


 左足が鎖によってベッドに拘束されていて、立ち上がることはできるけど、歩き出すことができない。

 そんな僕のことを見た王女は、ソファから立ち上がって小さく口角を上げて言う。


「私が許可しないと、あなたはこの部屋から出ることはできないわ」


 僕の方に足を進めながら、口を開いて。


「それに、私と二人きりで話す、それも男がなんて滅多に無い機会なのよ?ほとんどの人間が望んでもできないことを体験させてあげているのだから、現状に感謝して欲しいぐらいよ」


 感謝なんてできるはずもないけど、僕はひとまずベッドに座り直すと口を開いて言った。


「白昼堂々行われる奴隷への劣悪な行為、盗人の蔓延っている街、横暴な貴族……こんな国内の惨状を放置して他国に戦争を仕掛けている国の王女に、誰が会いたいと望────」

「黙りなさい」


 僕の言葉を遮ると、目の前までやって来た王女が重たい声色でそう言い放った。

 続けて、自らの胸に手を当てて言う。


「会いたいと願うに決まっているでしょう?」

「……」

「エレノアード帝国という大国の王女で、女なら羨み、男なら求める美貌と体……お金だって気にする必要が無いのは言うまでも無いわ────そう、私は生まれながらにして、全てを持っている人間なのよ」

「その全てに民の幸せが含まれていない時点で、あなたは王族失格だ」

「っ……!」


 僕がそう伝えると、王女は目を見開いた。

 だけど、僕は気にせずに「いや」と続ける。


「そもそも奴隷制度なんていうものを運用して、血筋こそ絶対だというあなたが、民の幸せなんて考えられるはずも無かった……自国の民を思う気持ちがあるなら、自然と他国の民を思う気持ちも生まれて、間違えても奴隷にするなんて考えは生まれな────」

「黙りなさい!」


 力強く言うと、王女は僕のことをベッドに押し倒してきた。

 そして、僕に覆い被さってくると、僕の目を見て訴えかけるような目で言う。


「それなら、もしあなただったらどうにか出来たと言うの?長い間続いてきたこのエレノアード帝国の歴史から生まれた現状を、あなたなら変えられたと言うの!?」


 なんだ……?

 突然様子が────


「できるはずが無いわ!あなたのような奴隷には、王族である私のことなんて何も分かるはずがないのだから!……いいえ、同じ王族であったって、誰も……誰も、私のことはわからないのよ」


 段々声を小さくしていく王女。

 その表情には、悲しさや寂しさといったものが浮かんでいて、とても先ほどまでの王女と同一人物とは思えなかった。


「……何かあ────」


 僕が言いかけた時。

 王女は目を鋭くすると、先ほどまでと同じように力強い声で言った。


「良いわ、あなたがあくまでも私に楯突くと言うのなら、あなたが私に屈服するように調教してあげるわ」


 調教……?

 ……そういうことか。

 王女の言葉の意味を理解した僕は、すぐに口を開いて言う。


「拷問でもして僕に痛みを味合わせたいって言うなら、いくらでもすればいい」


 元より、サンドロテイム王国を救うためなら、そんな覚悟はとっくにできている。

 そんなことに対して、何も恐怖は湧いてこない。


「でも、どれだけ僕のことを痛めつけたってあなたの中で何かが解決することはないし、僕があなたに屈服することだって絶対に無い」


 僕がハッキリと伝えると、王女は僕の顔に手を添えて言った。


「えぇ、あなたのその力強い瞳に揺らがない決心のできている顔を見れば、そんなことはわかるわ……きっと、どんな痛みを伴う拷問をしたって、あなたは私に対する態度を改めたりしないのでしょう」

「……」

「だから、別の方法で手を下すのよ」


 そう言うと、王女は僕の上に跨ってきた。


「っ……?何を────」

「悦びなさい?私が、直々にあなたに手解きしてあげるわ」

「手解きって、まさか────」

「今からあなたは、嫌いな私の手で、情けなく感じたくもない快楽を感じて、己の限界を知ることになるのよ……その絶望を味わいなさい」


 冷たく重たい声色で僕の目を見ながら言い放った王女は、続けて僕の紳士服のボタンに手を掛けた。

 こんな……

 こんな王女の手で、例え一瞬だったとしても快感を感じてしまうなんて、サンドロテイム王国末代までの恥になる!!

 どうにかして、この状況を脱しないと……!!

 ────この後、今までに無いほどの屈辱を、文字通り身を持って知ることになることを……この時の僕はまだ、知らない。

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