連行

「セ、セシフェリアさん!?」


 思わず立ち上がって名前を呼ぶと、続けてセレスティーネも僕と同じく立ち上がってセシフェリアに聞いた。


「……どうして、クレア様が私たちの居場所をここだと暴くことができたのですか?」


 その問いに対し、セシフェリアは落ち着いた声色で答える。


「私が、ルークくんを私に差し出した人には五千万ゴールド払うって書いた紙は見た?」

「はい、拝見しました」

「そう、なら話は早いけど、私はあの紙で街の人たちを味方にしてルークくんを捕まえさせようとした……でも、私があの紙をばら撒いた本当の理由は、そこじゃ無いんだよね」

「別の意図があった、ということですか?」

「うん……あの紙をばら撒いたのは、を見るため」


 セレスティーネの言葉に対し、セシフェリアはそう返す。

 ……動き?


「あの紙を見てルークくんを探そうとしてる人たちがルークくんのことを見つけたら、当たり前だけど追いかけるでしょ?私は、その様子を街全体を見渡せる場所から観察してたの」

「でも、僕たちは遠くからじゃ見えないぐらい建物の陰とかも利用していたので、観察していたとしてもこの場所を暴くことのできた理由にはならないんじゃ無いですか?」

「そこでだよ……ルークくんのことを追いかけてた人たちがルークくんたちを見失ったタイミングで、私は街の人たちがルークくんたちを見失った場所と、他のルークくんたちを探してる街の人たちの場所から、隠れ場所に最適な建物を考えて────裏口のあるこの宿に来たの」


 この宿に裏口があるのを知っていたのは、セレスティーネだけでは無かったということか。


「でも、部屋まではどこかわからなかったから全部の部屋やって行くつもりだったけど、二階の一番最初の部屋だったっていうのはラッキーだったよ」

「……私は、完全にしてやられてしまった、ということですね」

「そういうこと」


 ……今の説明で、セシフェリアがこの場所を割り出せた理由は分かった。

 だけど────どうしてセシフェリアがこの場所に来ることができたのか。

 そして、その過程でもしかしたら僕にとってなことが起きている可能性もあるため、抱いている問いを投げかける。


「セシフェリアさんは、聖女様と剣を交えていたはずだと思いますけど、聖女様はどうなったんですか?」


 最悪なこと……それは、レイラがセシフェリアによって命を────ということだったけど、セシフェリアはその僕の問いに軽い声色で答えた。


「ステレイラちゃんね……剣の腕じゃ私に勝てないけど、勝てないまでも受けはそれなりにできてて、元が賢い子だから上手く立ち回られて、時間だけ稼がれて教会の中に入って行っちゃったよ」


 教会の中……!

 ということは、レイラは無事ということだ……!

 ひとまず、僕はそのことに心から安堵した────けど。

 そんな僕に対し、セシフェリアは暗い声色で言う。


「ルークくん、この状況で他の女の心配なんて、随分と余裕があるんだね」

「え……?そ、そんなつもりは────」

「それに、さっきルークくん『僕たちは遠くからじゃ見えないぐらい建物の陰とかも利用していた』って言ってたけど、あれってセレスティーネに無理やり連れて行かれたってわけじゃなくて、ルークくんも自分の意思で私から逃げてたってことだよね?」

「っ……!」


 しまった……!

 疑問が上回って、余計なことを……!


「これは、帰ったらいっぱいお仕置きしてあげないといけないね」

「そのようなことは、私が絶対に許しません!」


 セレスティーネが僕よりも一歩前に出て力強く言う。

 と、続けて僕の方を振り返って。


「ルーク様は、そちらの窓からお逃げください……セシフェリアさんのことは、私が足止め致します」

「ルークくん、そんなことダメに決まってるでしょ?今私のところに戻ってきてくれるなら、お仕置きの内容も軽くしてあげるよ?」


 セシフェリアの目の前で堂々とセシフェリアから逃げるから、それともここでセシフェリアに服従してリスクを最小限に減らすか。

 どちらが、僕にとって正しい選択になるんだ……?


「ルーク様!」

「っ……!」


 違う!

 そんなこと、悩むまでもない!

 レイラやセレスティーネがここまでして僕のことをセシフェリアから逃がそうとしてくれているのに、それを僕がもし捕まってしまったら。

 なんて弱気な理由で裏切ることなんて絶対にできない!


「セレスティーネさん、ありがとうございます……危ないと思ったら、すぐに引いてください」


 僕がそう伝えると、セレスティーネは小さく頷いた────直後。


「ルークくん?何言ってるの?早く私のところに来て?」


 目を虚ろにして冷たい声色で言い放ってくるセシフェリア。

 ……相変わらずとんでもない迫力だ。

 もし捕まったら、今度こそ何をされるかわからない。

 だけど、僕は……!

 セレスティーネは、万が一セシフェリアがここまで来た時のことも想定していたのか、この宿の二階の窓から地上は十分飛び降りることができる高さだったため、僕は窓枠に足を掛けると地面に飛び降りた。


「ルークくん……ルークくん!!」


 セシフェリアの悲痛とも言える叫び声が聞こえてきたが、僕はその声を背に路地裏を走り出す。


「しかし、ここからどうするか」


 セレスティーネからの助力を受けられない以上、ここからは僕一人でどうにかするしかない。

 だけど、街に出たらすぐに見つかってしまうだろうし、かと言ってこのまま路地裏に居てもいずれ見つかって袋小路となってしまう。


「……そうだ!」


 僕は、セレスティーネと一緒にさっき街を走っている時に目の端に映ったのことを思い出し、その記憶を頼りに足を進める。

 セシフェリアが街の人たちを使って僕を捕まえようとしてくるなら、僕も街が街であるなら備えられているを使うだけだ!

 そう思い、人目に最新の注意を払いながら慎重に足を運ぶと、やがてそのある人────鎧と槍を武装している街の警備の人のところまでやって来ることができたため、僕はその人に話しかける。


「すみません、少し良いですか?」

「はい、なんですか?」


 話しかけると、警備の人は聞き返してくれたため、僕は続けて話す。


「エレノアード祭中で気分が舞い上がっているのか、時々この辺りで走り回っている人が居て危ないので、もし見かけたら注意して欲しいんです」

「なるほど……わかりました、そのようにさせていただきます」

「ありがとうございます!」


 よし……!

 これで、完璧に抑えられたとは言えないまでも、セシフェリアの味方となった街の人たちの動きを少しは抑えられる!

 ……そういえば、セシフェリアがレイラは教会の中に居ると言っていたから、街の人たちの動きも抑えることができたことだし、今から教会に────


「すみません……あなた、もしかしてルークという奴隷の少年ですか?」


 と思っていると、突然目の前の警備の人がそんなことを聞いてきた。


「はい、そうですけど……それがどうかし────」


 その時。

 警備の人が、槍を反対に持って、持ち手部分で僕の腹部を突こうとしてきた。

 警備ということもあって動きはそれなりに良かったけど、それなりの動きの人間が不意打ちをしてきたぐらいでやられるような鍛え方はしていないため、僕はその突きを避ける。


「っ!?」


 僕が避けると、警備の人は驚いた様子だった。

 ……避けることができたとはいえ、攻撃されたのは事実。

 当たらなかったから気にしない、なんていうわけにはいかない。


「どうして、突然僕に攻撃を────っ……!」


 突如、周りから目の前の警備の人と同じく鎧と槍を武装した人たちが数十人現れ、僕のことを隙間なく囲んできた。

 全員槍を反対にして、持ち手部分を前にしているから、僕の命を奪うつもりではなさそう……だけど。

 相手はしっかりと武装している上に、この人数差……加えて、僕は素手。

 剣を持っていたならこの状況も変えられたのかもしれないけど、これは……

 次々に突き攻撃を加えてくる武装した人たちを、一人、二人、三人、四人といなしていく。

 だけど────八人目をいなした時。


「っ……!」


 武装無しの僕では対処できないほどの数の攻撃を同時に加えられ、どうにかほとんど避けることはできたけど、その中の一撃だけを背中にもらってしまい……

 動きが鈍ったところに腹部に強烈な一撃を喰らい、僕はその場に伏した。

 意識が薄れていく中で、周りから声が聞こえてくる。


「な、なんなんだ?こいつ……」

「動きが只者じゃなかったぞ……」 

「とにかくこれで良い、連れて行け……王女様がお待ちだ」


 王女……?


「……」


 僕は、レイラのためにも、セレスティーネのためにも、王女なんかのところに行っている場合じゃ……

 そう思いながらも体に抗うことはできず……僕は、そのまま意識を手放した。

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