感動

「っ……!?」


 僕をセシフェリアの元に連れて行った人に対して、報酬!?

 それも、五千万ゴールドも……!?


「クレア様も本気、ということですね」

「はい……というか、これは────」


 僕が言いかけた時、周りから幾人かの声が聞こえてきた。


「おい、見ろよ!ルークってやつを連れて行ったら、五千万だってよ!」

「見てるけどよ、五千万なんて怪しすぎねえか?」

「バカ!この紙を出してるのはあの公爵様だぞ!こんな大々的に嘘をばら撒くわけねえだろ!」

「おいおい、じゃあマジでこのルークってやつを連れて行ったら五千万手に入るのか?」

「裏にそのルークってやつの特徴書いてるぜ!」

「金髪赤目……ん?おい、あそこに居る奴と特徴そっくりじゃねえか?」

「本当だ!!」


 っ……!やっぱりこうなるのか……!

 これで、街中の人間がセシフェリアの元に僕を連れていくために躍起になってくる……!

 つまり────街中の人間が、セシフェリアの味方になった。


「ルーク様、今はひとまずこの場を離れましょう!私についてきてください!」

「はい」


 頷くと、僕はセレスティーネについて行く形で走り始めた。

 本当は、レイラに主人になってもらうためにも教会の人たちと一緒に居たいところ。

 だけど、何よりも最悪なのは、セシフェリアに捕まってしまうケース。

 それを回避するためなら、今は一時的にセレスティーネと行動を共にするのが最善だろう。


「おい、逃げたぞ!」

「逃すか!!」


 案の定、街の人たちが追いかけてくる。

 だけど、僕とセレスティーネは純粋な速さで街の人たちとの距離を開くと、街の人たちから死角となる曲がり角を曲がった。


「セレスティーネさん、これから行く宛はあるんですか?」

「あります……が────」

「あれ、公爵様の紙に書いてた男の子じゃない!?」

「本当だぜ!捕まえろ!!」

「……少々、遠回りをしていく必要がありそうですね」


 その言葉通り。

 僕たちは、街の人たちのことを撒くように動きながら走って行ったため、直線で行けるところをわざわざ曲がったり。

 時には同じところを何度か回ったりして、セレスティーネの目的地へ向かった。


「この扉です」


 数十分後。

 街の人をどうにか撒き終えて、ある路地裏に入ると、セレスティーネはそう言って路地裏にある扉を開けて中に入った。

 僕もその後に続いて中に入ると、そこは宿と思しき建物の受付だった。


「今の扉は裏口ですので、おそらくほとんどの方は知らないと思われます……これで、本当に街の方々の追跡から逃れたと言っても良いでしょう」

「なるほど……でも、この受付は誰でも入ることができるので、ずっと居たら危ないんじゃないですか?」

「ご安心ください……同志の方にお願いして、私たち用に部屋を取っていただいております」


 微笑んで言うと、セレスティーネは建物内を歩き始めた。

 ……セシフェリアやレイラにも言えることだけど、セレスティーネにも本当に抜かりがないな。

 と思いながら、先ほどまでと同様に、セレスティーネの後ろに続く。

 そして、二人で二階にあるという僕たちの部屋へ入ると、僕たちは二人でソファに座ってようやく少し休憩することにした。


「……ふふっ」

「セレスティーネさん……?」


 休憩が始まって直後、突然小さく笑ったセレスティーネに困惑を抱き名前を呼ぶ。

 セレスティーネは、首を横に振ってから言った。


「申し訳ございません、街の方々に追われるという、普段は体感し得ない緊迫感ある状況だったというのに……ルーク様とご一緒だというだけで、そのようなことすらも楽しく思えてしまう自分が可笑しくて、つい」

「……そうですか」


 それから、少し間を空けると、僕は先ほど思ったことを言葉として口にした。


「それにしても、セレスティーネさんはすごいですね」

「私が……すごい、ですか?」

「はい……セレスティーネさんが奴隷制度撤廃のために活動されていることは知っていましたけど、このエレノアード帝国内で奴隷、平民、貴族が同じ思想を共有して団結しているところを見られる日が来るなんて思ってもみなかったので」


 この感情は、なんて言うんだろう。

 嬉しい……とは違うし、楽しいというわけでもない。

 当然、悲しかったり苦しかったりするわけでもない……そうか。

 今の感情を、一言で表すなら。


「────感動しました」

「っ……!」


 僕がそう言葉にすると、セレスティーネは目を見開いた。

 そして、顔を俯けると、絞り出したような声で言う。


「まだまだ、まだまだこれからではありますが、それでも……ルーク様にそう仰っていただけただけで、私は今までの全てが報われたような気が致します」

「そんな、僕はただ、思ったことを言っただけですよ」


 実際、本当に僕たただ思ったことを言っただけで、すごいのはセレスティーネだ。

 このエレノアード帝国で奴隷制度というものがどれだけ強く根付いているのかは、今までの経験から身を持ってわかっている。

 そんな国の中で、あれほど様々な境遇の人を一致団結させることがどれほどすごいことかなんて、考えるまでもないだろう。

 僕が心の中でそう思っていると、セレスティーネは少しの沈黙の後で自らの胸に手を当てながら言った。


「ルーク様と居ると、私は今まで感じたことのない感覚で身を包まれます……私を強引な婚約から救ってくださったことや、自らの無力感に絶望し、愚かにも一時の享楽に逃げようとしてしまった私にくださった力強いお言葉────あなたの全てが、私の心を揺れ動かします」


 続けて顔を上げて僕との距離を縮めてくると、部屋にある時計に目を通して言った。


「引き渡しまでは、まだ時間がありますね……ルーク様」

「はい」

「当然、あくまでも形式上ではありますが、それでも私の奴隷となってしまう前に……よろしければ、私と致しませんか?」

「……え?」


 い、致しませんかって……え?

 僕が突然のことにとても困惑していると、セレスティーネは僕の手に自らの手を重ねてきて優しい声色で言った。


「これは、以前のように現実から目を背けるためにご提案しているのではありません……」


 続けて、愛情の込められた温かな目で僕のことを見ながら。


「今は心より、あなたと身を重ね、誰よりもあなたを感じたいと思っているのです」


 っ……そんなこと、できるわけがない。

 状況が状況だし、レイラが僕のことを思って身を呈してまでセシフェリアから逃がしてくれたのに、その先でセレスティーネとそんなことをするなんて……

 絶対にダメだ。

 だけど……


「……」


 ……していることは僕と全然違うけど、助けたい誰かのために自らの無力感と必死に戦っているセレスティーネ。

 そんなセレスティーネからの、愛情の込められた温かな目だからだろうか……

 その目から、目を離すことができない。


「ルーク様……」


 恍惚とした表情で僕の名前を呼び、顔を近づけてくるセレスティーネ。

 断る、立ち上がる、顔を離す。

 なんでも良いからセレスティーネから離れないといけないのに……

 離れることができない。

 あと少しで、僕とセレスティーネの唇が重なりそうになった────その時。


「っ!?」


 部屋のドアが文字通り八つ裂きにされて倒れたため、僕とセレスティーネがその方向を向くと、そこから────


「教会の人間の視線だと思って油断してたけど、まさかあれがセレスティーネの尾行だったなんてね……でも────ルークくんのことは、私に返してもらうよ」


 剣を抜き身で持ったセシフェリアが、姿を見せてそう言い放った。

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