同志

「セ、セレスティーネさん!?」


 どうしてセレスティーネがここに居るんだ!?

 と驚いていると、セレスティーネは優しく微笑んで嬉しそうにしながら言った。


「ルーク様……こうしてまたお会いすることができ、私はとても幸せに思います」


 僕もセレスティーネと会って嫌だ、という気持ちにはならないけど、もっと気になることがあったため、そのことをセレスティーネに聞く。


「あの……どうして僕のことを抱きしめているんですか?」

「っ……申し訳ございません、ルーク様を前にして、そしてルーク様の奴隷所有権争奪戦の先にある未来を思えば、この気持ちを抑えることができませんでした」


 そう言うと、セレスティーネはゆっくりと僕のことを抱きしめるのをやめた。

 すると、教会の人たちのうちの一人が、動揺した様子で言う。


「ど、どうやってこの場所に!?」

「簡単なお話です、尾行させていただきました……」


 セレスティーネは、その教会の人と向かい合って再度口を開く。


「あなた方は考慮していなかったようですが、お金以外の強い目的でルーク様のことをお求めになっているのはクレア様だけでは無いということです」


 お金以外の目的……?何の話だ……?

 セレスティーネは「もっとも、それは私も同じことですが」と続けて周りに居る教会の人たちを見渡しながら。


「まさか、クレア様だけでなく、教会の方々までルーク様のことをお求めになられているということには驚きました」


 セレスティーネの言葉を聞くと、先ほど僕のことを抱えていたうちの一人の女性が言った。


「はい、そのお方のことは、聖女様が奴隷商の元まで連れて行きます……なので」


 女性が手を挙げると、教会の人たちは僕の後ろに居るセレスティーネのことを取り囲むように動いた。


「そのお方のことをこちらに渡し、セレスティーネ様にはこの場でお引き取り願います」

「教会の方々が大々的に動かれているという時点でわかっていたことではありますが、やはりステレイラ様がルーク様のことをお求めになられているのですね……世に訴えかけている内容は違いますが、ステレイラ様はお優しい方なので、私と同様ルーク様をお求めになられる相応の理由があるのでしょう」


 ですが、と続けて。


「例えそれがどのような理由であったとしても、私にもルーク様のことを他の誰にも譲れぬ絶対的な理由があります……ですので、ルーク様のことをお渡しすることはできません」

「そうですか……公爵家であるセレスティーネ様に対し無礼であることは承知の上ですが、そういうことであれば、今は聖女様のために少々大人しくしていただきます!皆さん、聖女様のため、セレスティーネ様のことを拘束────っ!」


 女性が言いかけた時。

 路地裏奥にある建物に囲まれた空き地空間ということもあって一つの足音でもよく響くこの場所に、突如無数の足音が聞こえてきた。

 それも、この空き地の出入り口となる路地裏四方向全てから。

 何事かと思った様子の女性が手を出して一度教会の人たちの動きを制すると────それぞれの路地から、貴族服を着ている貴族と思しき人や、平民と思われる人、さらには奴隷と思しき人までを含んだ大量の人たちがやって来た。


「公爵様!ご無事ですか!!」


 その言葉に対し、セレスティーネは普段通り穏やかに答える。


「見ての通り、私は大丈夫ですよ……皆さん、パターンはCでお願いします」

「はい!」


 周りの人たちが、一斉に返事をする。


「……」


 セレスティーネに従っているということは、おそらくセレスティーネと同じく奴隷制度の撤廃を願っている人たちなんだろうけど……

 このエレノアード帝国で、こんなにも様々な境遇の人たちが一致団結しているところを見ることになるなんて思ってもいなかったから、僕はかなり驚いていた。

 が、おそらく僕とは別の意味で驚いた様子の、先ほどから話している教会の女性が言った。


「これだけの数に尾行されていたのに、我々が気づかなかったなんて、そんなことが……」


 その言葉に対し、セレスティーネが返して言う。


「尾行をしていたのは、私と二名の方だけですよ」

「……え?」

「お聞きになりませんでしたか?先ほどの、奴隷制度撤廃を謳う大きな声を」


 セレスティーネの言葉を聞いた僕は、その時のことを思い出す────


「奴隷制度の撤廃を〜!!」

「不当な奴隷制度に終焉を〜!!」


 そうか。

 あれは────


「あの声は、近辺に居る同志の方々を呼ぶためのものだったのです……奴隷制度撤廃を訴える声は街中でも時々聞こえてくることがありますので、エレノアード祭中であれば尚のこと、あなた方も自然のこととして受け入れていたでしょう」

「っ……!」

「では、ルーク様、共に参りましょうか」


 そう言うと、セレスティーネは僕の手首を優しく掴んで来て、僕のことを出入り口となる路地裏に連れ込んだ。


「セ、セレスティーネさん!?待ってくださ────」

「聖女様のため!行かせるわけには行きません!」


 女性がそう声を上げると、僕たちを追ってこようとする教会の人たち。

 だが、セレスティーネは全く動じた様子なく。


「皆さん、あとはよろしくお願いします」

「お任せください!公爵様!」


 というやり取りを行うと、セレスティーネに従っている人たちが路地裏の道を塞いだ……

 セレスティーネは僕の手首を掴みながら、その路地裏の道を進んで言う。


「パターンCは出入り口の全て、今回で言えば路地裏の四つの出入り口を全て塞ぐものとなっておりますので、これであの方達のことは少しの間足止めすることができるでしょう」


 なるほど……状況に応じて動きを設定しているあたり、やはりセレスティーネも────じゃない!

 僕はレイラに主人になってもらうと決めたんだから、このまま教会の人たちと離されてしまったら困るんだ!


「ま、待ってください!セレスティーネさん!僕────」

「このような機会が訪れるとは……これで、ルーク様のことを奴隷と扱うことを誰にも許させず、ルーク様を機として奴隷制度を崩壊させ、その果てに私とルーク様が婚約することも可能となるのですね」


 どこまでも幸せそうに言うセレスティーネ。

 ……最後はともかく、最初の二つは僕のこととエレノアード帝国の奴隷とされてしまった人たちのことを思ってのことだから、否定しようにも否定しづらいな。

 そんなセレスティーネから離れないといけないというのは申し訳なさもあるけど、レイラのことを思えばそんなことも言っていられない。

 どうにかして、セレスティーネから離れないと……

 そう考えていると、僕とセレスティーネは一緒に路地裏から街に出た。


「ルーク様、これから────」


 と、セレスティーネが言いかけた時。

 大量に宙を舞っている紙のうちの一枚がセレスティーネの体に当たった。


「……あの紙、でしょうか」


 セレスティーネの言う、あの紙とは────


『エレノアード祭!地下闘技場トーナメント戦!優勝者!セシフェリア公爵家の奴隷ルーク!奴隷所有権争奪戦開幕!!』


 と書かれた紙のことだろう。

 おそらく僕もその紙だろうと思っていた……が。


「これは……」


 その紙を体から離して目を通したセレスティーネの反応が、目新しいものを見たという感じの反応だったため、僕も気になってその紙に目を通す。

 すると、そこにはこう書かれていた。


『セシフェリア公爵家の奴隷、ルークくんをクレア・セシフェリアの元まで連れてくる、または奴隷所有権争奪戦でルークくんを奴隷商に引き渡す所定の時間直前に奴隷商の前に連れてきて私に引き渡す、以下どちらかを達成した人間には奴隷、平民、貴族問わず報酬として五千万ゴールドを贈与する』

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