仮定
僕のことをレイラのところに連れていく道中。
レイラの指揮下にあると思われる教会の人たちは、途中で分散したりしていた。
僕の周囲をこれだけ多くの人が囲んでいるセシフェリアには僕を視認することもできないだろうから、分散した人たちのうち誰が僕のことを抱え上げているのかもわからないはずだ。
これによってセシフェリアのことを撒いたであろうこの人たちによって、僕はそのまま抱え上げられていると……やがて。
この人たちは足を止めて、僕のことを降ろすと距離を取った。
周囲を見渡すと、目の前には教会があって、さらに目の前には────
「ルーク様!!」
サラサラで艶のある長い金髪に、綺麗なピンク色の目をしたレイラの姿があった。
僕の名前を呼ぶと同時に、僕の方に駆け寄ってくる。
そして、勢いのままに抱きしめてくると、レイラは僕の顔を見上げて言った。
「ルーク様、お怪我はありませんか?」
「え?怪我……は無いよ」
「そうですか……安心致しました」
「……レイラ、この状況は?」
僕は、突然ここまで連れてこられたことに、周りを見渡しながら疑問を呈する。
と、レイラは一度僕のことを抱きしめるのをやめて申し訳なさそうに言った。
「強引な手段となってしまったこと、大変申し訳ございません……しかし、この紙を見てしまったら、居ても立っても居られず!」
そう言いながらレイラが見せてきた紙とは、見出し部分に『エレノアード祭!地下闘技場トーナメント戦!優勝者!セシフェリア公爵家の奴隷ルーク!奴隷所有権争奪戦開幕!!』と書かれたあの紙だった。
「でも、どうしてレイラがこの紙を見てこんなことを……?」
「もちろん、ルーク様との今後の計画に大きく関わってくるからです!」
レイラは、人差し指を立てて続ける。
「以前、アレク様と私がこのような会話をしたことを覚えておいででしょうか?私が形式上アレク様の主人となることが理想的ですが、それは現実的に考えて難しい……と」
……あれは確か、レイラに睡眠薬を飲まされてレイラの屋敷に連れて行かれた時。
僕と愛なる行為というものを行おうとするレイラのことを説得することはできたけど、19時を過ぎていると聞かされた時は本当に絶望したものだ。
あの時の詳細な会話内容は────
「元より、本日からは私の屋敷でアレク様には生活していただこうと考えておりましたので、もうセシフェリアさんの言いつけを守る必要はありません」
「そうできたら僕とレイラの二人で動きやすくなるから理想的かもしれないけど、僕とセシフェリアの間には奴隷契約書があるから難しいと思うよ」
「そんなことは気にせず、私と共に二人で幸せに暮らしましょう」
「……仮に強引に行ったとしても、セシフェリアに僕の正体を疑われる要因になって、そうなったら僕たちの計画にも支障を及ぼしてしまうかもしれない」
「そんなことは気にし────ないわけには、参りませんね……」
ということで、レイラが一応の納得をしてくれたという話だった。
「うん、覚えてるよ」
「以前は難しいと結論づけられてしまったお話、ですが……もし、今行われているルーク様の奴隷所有権争奪戦というもので、恐縮ではありますが、私が形式上ルーク様の主人となることができたと仮定すればいかがでしょうか!」
レイラは両腕を広げて、想像するだけで楽しみといった様子で。
「もはや、ルーク様とセシフェリアさんの間にある奴隷契約書など意味を為さないものとなり、私が正式にルーク様のエレノアード帝国内での生活をお支えすることができるのです!」
「確かに、僕も計画面から考えてもそうすることができたら理想的だと言ったけど……こんな催し事の結果に、セシフェリアが納得するかな」
仮にも一ヶ月以上セシフェリアと一緒に生活をしている身から言わせてもらうと、とてもじゃ無いけどセシフェリアがこんな催し事で僕のことを解放してくれるとは思えない。
が、レイラは身を乗り出して言う。
「セシフェリアさんが納得しようとしまいと、関係ありません!もしここで私がアレク様の主人となることができれば、私はこれから毎日の生活をアレク様と共にすることができるのです!もちろん、そうなった暁には、アレク様のお好きな食事はもちろんのこと……」
距離を縮めてくると、レイラは僕の右耳元で囁くようにして甘い声で言った。
「必要とあらば、アレク様の夜のお相手も、努めさせていただく所存です」
「っ……!」
突然の刺激的な言葉に、僕は思わず右耳を押さえて一歩後退した。
レイラはそんな僕のことを見て、小さく笑う。
「……」
夜がどうとかは一度置いておくとしても、レイラと一緒に生活をできるというのは確かに大きい。
もしレイラと一緒に生活を共にすることができれば、レイラと行動を共にしてサンドロテイム王国を救う計画を実行したいとなった時に、タイムラグ無くその計画を実行に移すことができるからだ。
そう考えると、今回僕は所定の時間がやって来るまでの間、セシフェリアから逃げて意識的にレイラと一緒に居るという選択をするべきなのか。
でも、もし意識的にレイラと一緒に居るという選択をした上でもしセシフェリアに捕まってしまえば、その時こそ何も言い訳を行うことができずセシフェリアに何をされてしまうかわからなくなってしまう。
「それはそうと、ルーク様」
僕がそんなことを思っていると、レイラは再度僕のことを抱きしめてきて言った。
「私は本当に、心配したのですよ?」
「え?な、何を?」
心配させてしまうようなことをした覚えのなかった僕が疑問の声を上げると、レイラは僕のことを抱きしめながら、僕の顔を見上げるようにして言った。
「どうしてあの危険なエレノアード祭地下闘技場トーナメント戦に参加するというのに、そのことを事前に教えてくださらなかったのですか!ルーク様であれば危険でないと言ってしまえばそれまでであり、事実優勝を納められたようですが、この紙を見たとき、私がどれほどルーク様のことを……!」
「あ、あぁ……」
それでさっき出会って一番最初に、僕に怪我は無いかを心配してくれていたんだ。
僕は、心配や安堵といった様々な感情の込められた声を上げるレイラの頭を軽く撫でてあげて言った。
「心配をかけないためにって思ってわざわざ言わなかったんだけど……余計に心配をかけちゃったみたいだね、ごめん、レイラ」
「いえ……ルーク様がご無事であらせられるのでしたら、私はそれだけで……!」
力強く言うと、レイラは僕のことを抱きしめる力を強めてきた。
そして、少ししてから落ち着いたのか。
僕のことを抱きしめるのをやめると、レイラは口を開いて言った。
「ひとまず、このような場所でルーク様のことをずっと立たせてしまうわけにはいきませんので、絶対に安全な教会内部へ参りま────」
「私がそんなこと許すはずないよね」
「っ!?」
突如。
どこまでも冷たい声が聞こえてきたかと思えば、見覚えのある白髪の少女がレイラとの距離を縮めた。
そして、レイラがその白髪の少女からの剣による攻撃を同じく剣で受けると、その少女の名前を呼ぶ。
「っ、セシフェリアさん……!」
「ステレイラちゃん……前は私の優しさで手打ちってことにしておいてあげたけど、今回はそういうわけにはいかないよ……それと」
どこまでも冷たい声で言ったセシフェリアは、続けて。
虚な目で僕の方を向くと、先ほどと同様どこまでも冷たい声で言葉を放った。
「ルークくん、何してるの?私が迎えに来てあげたんだから、早く私の方に来て?じゃないと────わかるよね」
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