奴隷所有権争奪戦

「え……?」


 ど、奴隷所有権争奪戦……?

 そ、それも、僕の……!?

 何の前ぶりもなく訪れた突然の事態に僕は困惑するしかなかったけど、間違いなく僕よりもエレノアード帝国の事情に詳しいであろうセシフェリアに、このことについて聞いてみることにした。


「セシフェリアさん、これって────」


 僕がそう聞きかけるも、セシフェリアは無言で元来た道を戻り始めた。


「セ、セシフェリアさん!?」


 いくら何でも、状況が全く見えないため、一人になるのは危険だと判断した僕はセシフェリアについていく。

 そして、冷たい表情をしたセシフェリアと一緒に足を進めると、やって来たのはついさっきまで僕たちの居た地下闘技場だった。

 相変わらず何も発さないセシフェリアと一緒に再度地下闘技場の中に入ると、闘技場へと続く廊下付近に見覚えのある男性が居た。

 あの人は、地下闘技場のトーナメント戦で審判を行っていた男性だ。


「ねぇ、聞きたいことがあるんだけど」


 ようやくセシフェリアが口を開くと、審判の男性は僕たちの方に振り返って言う。


「ん?トーナメント戦なら、もう終わ────こ、公爵様!?」


 まさか、もうトーナメント戦も終わった地下闘技場に公爵であるセシフェリアが戻ってくるとは思ってもみなかったのか、審判の男は驚いた様子だ。

 そして、続けて慌てた様子で言う。


「ど、どうなされたんですかい?忘れ物でも……?」

「街中でこんなのがばら撒かれてたんだけど、何これ」


 そう言うと、セシフェリアは先ほどの、見出し部分に『エレノアード祭!地下闘技場トーナメント戦!優勝者!セシフェリア公爵家の奴隷ルーク!奴隷所有権争奪戦開幕!!』と書かれた紙を審判の男に見せた。

 どうやら、セシフェリアもこの件については何も知らなかったようだ。

 僕がそんなことを思っていると、審判の男は困惑した様子で言った。


「え?な、何っつわれても、そこに書いてある通りですぜ……?」

「そうじゃなくて、どうしてこんな催し事が出回ってるの?地下闘技場トーナメント戦でルークくんが優勝したっていう情報がもう流れてて、しかも優勝者のルークくんをこんな風に催し事の中心に置くなんてことができてる以上、このトーナメント戦を運営してる人間だってこの催し事に無関係なはず無いよね?」


 確かに、僕が地下闘技場のトーナメント戦で優勝したという情報だけなら、観客から流れていてもおかしくはない。

 だけど、地下闘技場のトーナメント戦の優勝者である僕を目玉として扱った催し事を勝手に開いたりすれば、地下闘技場トーナメント戦の主催者たちを敵に回すことになる。

 一つの催し事のためにわざわざ敵対勢力を作るなんてことは、よほどの考えなしでも無い限りしないと考えられるため、これは地下闘技場トーナメント戦の支配者による催し事だと考えて良いだろう。

 頭の中でそう結論づけると、審判の男は悪びれた様子もなく、なんなら少し困惑した様子で言った。


「ぁ……?さっきから何言ってるかわかってねえですが、もちろんそれはうちの地下闘技場と奴隷商で企画した催し事でさぁ」

「へぇ、堂々と認めるんだ……」


 続けて、セシフェリアは先ほどまでよりも冷たい表情と冷たい声色で言った。


「地下闘技場は最近賭博で、奴隷商は最近奴隷オークションとかで人気を博して調子に乗ってると思ってたけど、まさか私のルークくんにまで勝手に手をつけてくるほどとは思ってなかったよ……二つとも、一回潰した方が良いかな」

「っ!?ちょ、ちょっと待ってくだせぇ!!」

「何?」


 どこまでも冷たい目で審判の男を捉えるセシフェリアの目に動揺した様子でありながらも、審判の男は言った。


「エ、エレノアード祭地下闘技場トーナメント戦優勝者の奴隷所有権争奪戦を行うっつうのは、事前に伝えてたはずでさぁ!」

「……事前に?」

「え、えぇ、今回からの初めての催しだって、エントリー書に書いてたはずですぜ」

「はぁ?エントリー書に書いてたって、じゃあ私がエントリー書の文を読み漏らしたって言いたいの?私に限ってそんなことあるわけ────」


 と言いかけた時。

 セシフェリアは咄嗟に審判の男から反対方向に振り返ると、審判の男には聞こえないであろう声量で呟き始めた。


「ま、待って、私、確かあの時……私がルークくんのルークくんに触れるたびにルークくんが気持ち良さそうにしてるのが可愛くて、トーナメント戦に参加したいってお願いされて、そのまま可愛いルークくんの姿だけ想像しながらエントリーの手続きまで……」


 地下闘技場トーナメント戦に参加させてもらうべく、セシフェリアにお願い……

 あの時は、確か────


「セ、セシフェ……ぇ……リアさん、お願いした……っ、い……こ……と、があるんですけ、ど……」

「お願い、ね……今のルークくん普段にも増して可愛いから、お願いされちゃったらどんなことでもさせてあげちゃいそうだよ」

「エレノアード、祭の、地下闘技……場のトーナメン、ト……っ、戦、に、僕を……出し……て……っ、欲しい、んです」


 っ……!

 ダ、ダメだ、これ以上あの屈辱的な時間を思い出したって何も良いことはない。

 僕が首を横に振ってその時の記憶をどうにか振り払うと、同じタイミングでセシフェリアも審判の男の方を向いて言った。


「……ねぇ、この紙に書いてあることだけど、簡単にまとめると、この所定の時間にルークくんのことを街の奴隷商のところまで連れて行った人がルークくんの主人になるってことで良いんだよね?」

「そ、その通りですぜ!」

「そう」


 間を空けずに頷いた審判の男から視線を切らすと、セシフェリアは僕の方を向いて言った。


「じゃあもういいや、行くよ、ルークくん」

「は、はい」


 そう返事をすると、セシフェリアは地下闘技場の入り口に向けて歩き始めたため、僕はセシフェリアと一緒に歩き出す。

 すると、セシフェリアが言った。


「こんなことになるってわかってたら、ルークくんのことトーナメント戦に参加なんてさせてあげなかった……わけにもいかなかったよね、あんなに可愛くお願いしてくるんだもん」

「……」


 続けて、セシフェリアは自らの頭に手を当てて。


「はぁ、それにしても、ルークくんの可愛さも考えものだね……大事な契約書とかじゃないにしても、まさか私が文の読み漏らしをしちゃうなんて」

「は、はぁ」


 相槌に困りながらも一応返事をすると、僕たちはそのまま地下闘技場から出た。

 そして、セシフェリアは落ち着いた声色で言う。


「かなり時間取られちゃったけど、大丈夫……ルークくんを狙う奴らに見つかる前に、セシフェリア公爵家の領地に入ることができれば────」


 そう言いかけた時。

 とんでもない数の人たちが、一方向から僕たちの方に向けて走ってきた。


「あの服、教会の……っ!ルークくん!私と手繋────」


 セシフェリアが何かを言いかける……も。

 僕とセシフェリアはその人たちの波に飲まれて分断された。

 と思ったら、僕は突然この人たちによって抱え上げられる。


「え!?あ、あの……」

「抵抗しないでください、聖女様がお呼びです」

「っ!?」


 レイラが……!?

 そうか、じゃあ、この人たちは、教会の────と思っていると。

 僕のことを抱え上げた人たちはそのまま走り始めた。


「ルークくん!私の、ルークくんを……絶対許さな────」


 セシフェリアの声も遠ざかっていき、僕はこの人たちによって、おそらくはレイラが居るであろう場所に連れて行かれることとなった。

 ────これが、僕を巡る彼女たちの、最初の争いの始まりだった。

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