伝言

 少しの間、久しぶりに自国の民と過ごせるという温かな時間を過ごしていると、民の一人が言った。


「しかし、アレク様は一体どうやってこの場所に来られたのですか……?ここはもう、エレノアード帝国の国内のはずでは?」


 混乱を避けるため、父上は各村や街の代表者以外には、僕が敵国であるエレノアード帝国に潜入しているということは伏せていた。

 だけど、この状況で何も伝えないのは、逆に余計な心配を与えてしまう可能性がある。

 そう思い至った僕は、ここに居る人たちが住んでいる村の村長さんの方を向くと、村長さんはゆっくりと頷いた。

 きっと、村長さんも僕と同じ考えなんだろう……なら。


「実は……僕は今、このエレノアード帝国に、奴隷として潜入しているんだ」

「っ!?」

「ア、アレク様が、奴隷として、このエレノアード帝国に!?」

「大丈夫なのですか!?」

「幸い、この通り何ともないから、僕のことは心配しなくて大丈夫だよ」

「奴隷の身なのに……」

「流石アレク様だ……」


 僕がそう伝えると、みんなは安堵した様子だった。

 ……今後も大丈夫な保証はないけど、わざわざ不安にさせるようなことは言わない。


「それで、目的はもちろん、エレノアード帝国にサンドロテイム王国への侵攻をやめさせることだよ」

「っ……!そ、そんなことが、できるんですか!?」

「まだ時間はかかるかもしれないけど……僕は絶対にやり遂げて、平和なサンドロテイム王国を取り戻してみせるよ」

「アレク様っ!」

「アレク様……!!」


 感激の声を上げたり、涙を流したりしている人たちが居たけど、僕は目の前の自国の民たちの全てが微笑ましかった。

 そして、続けて言う。


「だから……それまでの間、みんなには、国に帰った後で、僕が居ないサンドロテイム王国をまた支えて欲しい」

「っ……!私たちは、帰れるのですか!?」

「うん……みんなのことは、僕が絶対に国に帰すよ、エレノアード帝国の奴隷になんてさせない」

「アレク様!!」


 僕が力強く言うと、みんなは僕に向けて一斉に言った。


「必ず!アレク様のいらっしゃらないサンドロテイム王国を、お支えします!」

「俺も、今まで以上に働いて、もっと国を豊かにします!!」

「私も、サンドロテイム王国のために────」


 それから、みんなはそれぞれ、サンドロテイム王国のことを想ってくれていることがよくわかる言葉をたくさん言ってくれた。

 そして、やがて落ち着くと、僕は思わず声に嬉しさを滲み出させながら言う。


「ありがとう、みんな……一緒に、平和で楽しく暮らせるサンドロテイム王国を取り戻そう」

「はいっ!!」


 一斉に返事をしてくれると、みんなは明るい表情を見せてくれた。

 そして、みんながそれぞれ明るく話し始めると、村長さんが僕に近づいてきて言った。


「アレク様……国王様から、もしアレク様とお会いすることがあれば、をするようにと言われておりましたので、これよりその伝言をアレク様にお伝えさせていただこうと思います」

「えっ……父上から!?」


 初めて聞いたことに驚いていると、村長さんは頷いた。

 そして、少し間を空けてから。


「アレクよ、お前がサンドロテイム王国に潜入を開始してからもう一月が経つ……毎日、お前が無事であることを祈る日々だ」

「父上……」

「いくらお前が学問や武芸に優れていて、いざとなればサンドロテイム王国の王子として交渉を持ちかけることができる立場とはいえ、息子のお前を奴隷としてエレノアード帝国に潜入させることに躊躇いがなかったと言えば嘘になる」

「……」


 僕は、僕以外の誰かに危険な潜入をさせて、僕は王城に残っているなんてしたくなかったからむしろ僕を潜入させてくれて嬉しいと思っている。

 けど、お優しい父上がそのことについて苦悩されていたということは、容易に想像がつく。


「だが、今では、やはりお前は自慢の息子で、お前をエレノアード帝国に潜入させたのは間違いなく正しいことだったと力強く言うことができる」

「っ……!」


 僕がその言葉に思わず目を見開くと、村長さんは続けて父上からの伝言を伝えてくれるべく口を開いて言った。


「お前が潜入を始めてから、エレノアード帝国内の雰囲気が大きく変わった……その影響はほんの少しだが、戦況にも出ているように思う」


 ……そうか。

 僕がこの国の公爵と関わりを持ったり、レイラと一緒に色々な計画を実行して来たこと。

 それが、少しでもサンドロテイム王国のためになっているんだ!

 そのことを嬉しく思っていると、村長さんは続けて言う。


「どうやったのかはわからんが、おそらくエレノアード帝国内のある程度権威を持つ人物と関わりを持ち、交渉をしたのだろう」


 交渉……というか、何というか……

 僕は、このエレノアード帝国に入ってからのことを振り返る────


「可愛い〜!可愛いよ、ルークくん!ここされると声出ちゃうんだね!!この部屋はちゃんと防音だから、いっぱい声出していいよ!!」

「ぁっ、ルーク様、今は下着を着けていませんので、あまり動かれてしまうとしまいます……」

「さぁ、アレク様……私と共に愛なる行為を行いましょう」


 僕が頭の中でそんなことを振り返っていると、父上からの伝言が僕の耳に届いた。


「アレクよ、お前は本当に、自慢の息子だ……戦争が終わり、またお前と食卓を囲える日を、心待ちにしている」


 ────ごめんなさい、父上……!

 交渉なんかじゃなくて、僕は、あんな、あんな……!

 でも、サンドロテイム王国の王子としてサンドロテイム王国を救い、最後の尊厳は守り抜いてみせるので、どうかお許しください……!

 何とも言えない感覚に陥った僕が心の中で父上に謝罪していると、村長さんが言った。


「国王様からの伝言は以上です……が、騎士団長様からも伝言を授かっております」

「え?オリヴィアさんから、ですか……?」

「はい……こちらはアレク様以外には聞かれたくないとのことで、手紙を預かっております」


 そう言うと、村長さんは僕にその手紙を渡してきた。

 オリヴィアさんとは、サンドロテイム王国の騎士団を率いている女性だ。

 とても真面目で忠義に熱い方で、僕に剣術を教えてくれた人でもある。

 そんな人からの伝言。

 一体どんな伝言なんだろうと身を引き締めてから手紙を開くと、そこには……。


『殿下!お食事は一人でできていますか!?お身体は一人で洗えていますか!?一人で眠ることはできていますか!?一人で眠るのが寂しい時は、いつでも私のことを思い出してください!国のことは、私が必ずお守り致しますので、どうかご心配なく!』

「なっ……!」


 ────訂正しよう。

 オリヴィアさんは、確かに職務中や剣術指南をしてくれている時はとても真面目で、騎士の鏡とも言える人だ。

 実際、エレノアード帝国との戦況において、不利な状況なのにも関わらずまだ完全に敗北に傾いていないのは、オリヴィアさんが前線に居るからだろう。

 それだけ、力も精神性も騎士としてこれ以上ないほどの人。

 だけど……

 僕に対しては、僕が小さい頃から一緒だったということもあってか、職務や剣術指南の時以外は常に僕のことを甘やかしてきて、その性格は今の伝言にも表れている。


「アレク様、どうかなされましたか」

「い、いえ」


 返事をしながら、僕は手紙を懐に納める。


「左様ですか、いただいた伝言は、これで以上となります」

「そうですか……村長さん、ありがとうございます」


 僕がお礼を伝えると、村長さんは小さく頭を下げてくれた。

 ……父上への申し訳なさやオリヴィアさんからの伝言も相まって少し調子を崩されてしまったけど、すぐに調子を戻すと、僕は大事な話があるからとみんなに一度静かにしてもらうよう伝える。

 そして、みんなの無事な姿を目に焼き付けてから部屋を出た。

 それから数分の間、みんなの居る部屋のドア前に立っていると────


「あ!お待たせ〜!ごめんね?手続きすごく長くなっちゃって」


 セシフェリアが、目の前までやって来た。

 ……本題はここからだ。

 サンドロテイム王国の民を国に帰すために、僕はここでセシフェリアを説得する必要がある。

 もしかしたら一番難しいことかもしれないけど、僕は────みんなのためにも、絶対にやり遂げてみせる!

 ここが一番の正念場だと思って、僕は心の中で自分に気合いを入れ直した。

 ────本当の正念場は、この後の僕を巡る彼女たちの争いだということを、この時の僕は、まだ知らない。

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