愛すべき民
……突然のことに頭が追いつかなくなりそうな僕だったけど、この女性と出会った時の記憶を思い出しながら言う。
「気にしなくていいよ、危険な目に遭わされそうになってる人が居たら、助けるのは当然のことだし」
僕がそう言うも、目の前に居る赤髪の女性は首を横に振って言う。
「いいえ、少なくとも、このエレノアード帝国では普通じゃない……あんなに声を張り上げても、助けに来てくれたのはあなただけだった」
「それは、この国の人たちが奴隷制度というものに馴染みすぎているから助けてくれなかったというだけで、僕は他国の人間だからそうじゃ無いというだけだよ」
恩義を感じて欲しくて助けたわけでは無いため、あくまでも当然のことをしただけだということを強調する。
それでも、赤髪の女性はさらに付け加えるように言った。
「そうだったとしても、奴隷の身であんなことができるの、本当に凄いと思う、尊敬する……私には、できなかったから」
できなかった……?
……そうだ。
この赤髪の女性は、このトーナメント戦で今現在決勝戦に残っているぐらいの力量を持っている。
だけど、あの肥満体型の男に危うく危険な目に遭わされそうになっていた。
「どうして、君はあの時────」
「ルークくん!!」
歓声の中から一際目立つ僕の名前を呼ぶセシフェリアの声が聞こえてくる。
「何してるの!!そんな女、早く引き剥がしちゃって!!」
「引き剥がす……?」
話に夢中で現状を忘れてしまっていた僕は、ふと目の前の赤髪の女性に視線を送った。
すると、赤髪の女性は、僕のことを抱きしめてきている……
それも、かなり体を密着させてきているから、その大きな胸も服越しに当たって────じゃない!
「と、とりあえず、僕から離れてもらってもいい?」
「……嫌」
「……え?」
「せっかく、あの時私を助けてくれたあなたに会えたんだもの……もう少しだけ、こうしていたい」
「っ!?」
そう言うと、赤髪の女性は、頭を僕の体に預けてきた。
「ちょ、ちょっと……」
ど、どうしよう。
身長、重量、筋力差的に、おそらく無理やり引き剥がすことはできる……けど。
この女性はセシフェリアとは違って、本当にただ純粋に僕に感謝を抱いているからこその行動みたいだし、何より────
「……」
こんなに穏やかな心休まっているという表情で抱きしめられていたら、とてもじゃないけど無理やり引き離すことなんてできない!
僕がどうしたものかと思案していると、ふと異質な視線を感じたためその方向を向いた……すると。
「っ……!」
そこには、虚な目で僕と赤髪の女性のことを捉えているセシフェリアの姿があった。
ま、まずい!
このままだと、僕も、この赤髪の女性もどうなるかわからない!
僕がそう思っていると、赤髪の女性が僕に聞いてきた。
「ねぇ、どうしてあなたはこのトーナメント戦に参加したの?」
「それは……」
今なら歓声のおかげもあって会話内容は僕たちにしか聞こえないから、仮に僕がここで本当の目的を言ってもそれがセシフェリアに伝わることはない。
もし他に伝わってしまう可能性があるとすれば、それはこの赤髪の女性が他にバラした時だと思うけど……
「……」
目を見て、そんなことは無いだろうと判断した僕は、正直に伝える。
「このトーナメント戦で優勝して、奴隷になってしまった人たちのことを助けたい」
「っ……!そっか……あなたらしい理由」
嬉しそうな声色で言うと、赤髪の女性は続けて言った。
「じゃあ私、このトーナメント戦辞退するよ」
「え!?じ、辞退!?」
「うん、元々私の目的は、ろくでもない人に賞金と奴隷の人たちを自由にできる権利を与えたくないっていうものだったから……あなたなら、絶対心配無いって確信してるの」
優しい表情で言うと、続けて観客席からは見えないように、僕に一枚の紙を渡して言った。
「また、私に生き方を教えてくれたあなたに会いたい……もし、あなたもそう思ってくれたなら、その紙を開いて」
生き方……?
少し理解が追いつかない部分もあるけど、とりあえず。
「わかったよ、時間がある時に開くね」
「っ……!……ありがとう」
受け取った紙をポケットに仕舞うと、その後赤髪の女性は審判の人に向けて本当に辞退すると宣言して、闘技場から去って行った。
その突然の言動に困惑、驚愕した様子の審判の人と観客席に居る貴族たちだったが、やがて審判が声を張り上げて言った。
「えぇ、決勝戦にて予想外の事態が起きましたが……この白熱の地下闘技場トーナメント戦!優勝者は!セシフェリア公爵家の奴隷!ルーク!!」
「おおおおおおおお!!」
「きゃあ〜!ルークくんが優勝〜!カッコいいよ〜!帰ったらいっぱいしてあげるからね〜!!」
「っ!?」
審判の声と共に、観客席からは歓声が聞こえてきた。
……その歓声の中からセシフェリアの声、それも僕にとって嫌な言葉が聞こえてきたような気がするけど、おそらく気のせいだと判断してそのことは一度考えないことにした。
すると、審判がさらに声を張り上げて言う。
「さぁさぁ!優勝した奴隷、ルークの主人であるセシフェリア公爵家には賞金の百万ゴールドと奴隷商の有する奴隷!特に今回の目玉!サンドロテイム王国の奴隷をも好きにできる権利が贈呈されます!!」
「おおおおおおおおおおお!!」
「流石公爵様だ!!」
「やっぱりすげえな!!」
「っ……」
サンドロテイム王国の奴隷なんて言葉が出てくるだけで僕は胸が痛むけど、それとは反対に観客席はまたも歓声で埋め尽くされる。
……本当に、本当に憎いけど、今はサンドロテイム王国の民を助けるのが先だ。
「奴隷たちはあちらの廊下の奥に居ます!奴隷はそのまま廊下の奥へ行ってもらいますが、公爵様には今から少々手続きをしてもらう必要がありますので、案内の通りに動いていただけますようお願いします!以上で!白熱を極めたエレノアード祭地下闘技場トーナメント戦は、終了です!!」
さらに大きな歓声でこの場が埋め尽くされると、セシフェリアが鉄格子に囲まれた闘技場の中に居る僕の方までやって来て、鉄格子越しに言った。
「ルークくん!本当にカッコよかったよ!最後の試合で女に抱きしめられた時すぐに女を引き剥がさなかったことだけは後でしっかり怒らないといけないけど、今はとにかくおめでとう〜!私のためにここまでしてくれて、本当にありがとね!」
「い、いえ……」
その言い訳も、後でちゃんと考えておこう。
「私は手続きしないといけないみたいだけど、ルークくんは先に行って大人しく良い子にしてて待っててね!すぐに行くから!」
「わかりました」
色々とあったけど、無事このトーナメント戦で優勝することができた僕は、闘技場から出ると奴隷たちがいるという廊下の奥に向けて走り出した。
早く、早くサンドロテイム王国の民たちを助けたい……!
そして、やがて一つのドアが見えると、そのドアを開けた。
すると────
「っ……!みんな!」
そこには、見間違えるはずもない、サンドロテイム王国の民の人たちが居た。
僕は毎年、公務の合間と休日を使って、一年を通してサンドロテイム王国内の全街、村を回るようにしていたから、ここに居る人たち全員の顔に見覚えがある。
「っ!?ア、アレク様!?」
「ど、どうして、アレク様がこのようなところに!?」
「もちろん、みんなを助けに来たんだ……誰か、怪我をしている人は居ない?」
「連中、サンドロテイム王国の奴隷は貴重だからって運ぶ時も丁寧だったんで、怪我をしてる奴はいません!」
「そっか……良かった……本当に、良かった……」
「っ!アレク様!」
「アレク様!!」
僕が心から安堵して思わず体から力を抜いて膝から崩れると、みんなが僕の方に駆け寄ってきてくれた。
……愛すべきサンドロテイム王国の民たちに囲まれて、僕は今、心からの幸せを感じていた。
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