地下闘技場
「────ここで、公爵様と奴隷には一度別れてもらうことになります」
地下闘技場まで足を運んでくると、係の人間に、観客席へと続く廊下……
そして、トーナメント戦に選手として参加する、奴隷の待機室へと続く廊下の分かれ道に案内された。
「何かあれば、すぐおお呼びください」
そう言うと、案内係の人間は僕たちの元を去って行った。
直後、セシフェリアは僕のことを抱きしめてくると、顔を向かい合わせてきて言う。
「ルークくん!私のために頑張ってくれるのは嬉しいけど、もし少しでも危ないって感じたら、すぐに棄権しないとダメだよ?百万ゴールドなんかよりも、ルークくんの体の方が何倍、何十倍、何百倍も大切なんだから!」
「……はい」
言葉ではそう言うも、内心はそうじゃない。
もちろん、お金よりも体の方が大切だというのは頷ける話。
だけど、今回の僕の本当の目的はセシフェリアにお礼をするために百万ゴールドを渡すこと……ではない。
今回の僕の本当の目的は、奴隷商の有するというエレノアード帝国の手によって奴隷とされてしまったサンドロテイム王国の民たちを救うこと。
だから、仮に少し……いや。
どれだけの危険があったとしても、僕が棄権するなんてことは絶対にあり得ない。
「うんうん、今日のルークくんは本当に偉いね……やっぱり、戦いに行く前におっぱい────」
「では、僕はこれで失礼します」
「え!?ちょっと、ルークくん!おっぱい────」
僕のことを抱きしめていたセシフェリアの腕から逃れると、相変わらず意味のわからないことばかり言っているセシフェリアのことを背に、僕は奴隷の待機室へと続く廊下を歩いて行った。
「……」
奴隷の待機室に到着すると、その名の通りそこには奴隷の人がたくさん居た。
みんな、僕はと違って布切れの服や、いかにも奴隷であることがわかるような服だ。
おそらく、主人の金銭欲しさのせいで無理やり参加させられたんだろうから、できれば戦ったりしたくないけど……
僕にとって何よりも大切なサンドロテイム王国の民たちのためだ、絶対に譲れな────
「あぁ?おい、そこの金髪のガキ」
と考えていると、突然僕の方に向けて、いかにも柄の悪い男からそんな声が浴びせられた。
「僕のことですか?」
「そうだよ、んだよその服、来るとこ間違えてんじゃねえか?」
服……あぁ、そうか。
「こんな身なりですけど、僕も奴隷なんです」
正直に答えると、その男は僕に距離を縮めてきて言った。
「はっ、奴隷のくせにそんな良い服を着てるたぁ、随分良いご身分だな?お前みたいな生意気なやつを殴れると思うと、今から楽しみで堪らねえぜ……なぁ、お前ら!!」
「おおおおおおおお!!」
待機室が、周りに居る大柄な男や目の前の男と同じように柄の悪い男たちの歓声で湧き上がる。
てっきり、主人に無理やり戦わされている奴隷の人が多いと思っていたから、こんなにもほとんどの人間が好戦的なのは予想外だった。
そんなことを思っていると、早速第一試合目で僕の名前……と。
「ははっ、悪いなお前ら、この生意気なガキを殴る権利は俺のものらしいぜ」
名前を聞いただけでは誰かわからなかったけど、どうやらちょうど今僕の目の前に居るこの柄の悪そうな男の名前が呼ばれたようで、僕たちは二人で廊下を歩いて闘技場中央へ移動する。
闘技場は正方形に鉄格子で囲まれていて、その周りには観客席があった。
「おおおおおおおお!!」
そして、僕たちが闘技場中央へ出てきた瞬間、観客席は歓声で埋め尽くされる。
今から人同士が殴り合うことになるっていうのに、相変わらずこの国の貴族たちは……
いや、奴隷オークション会場もこの地下闘技場も、そもそもそういう人間しか集まらないだけか?
……何にしても、やっぱりこんな国にサンドロテイム王国が滅ぼされるわけにはいかない!
心の中で力強く思っていると……歓声の中でも一際高く大きな声が聞こえてきた。
「ルークくん〜!カッコいいよ〜!応援してるからね〜!!」
「……」
セシフェリア……この空気感でもいつも通りなのは、流石の胆力だな。
すると、次に鉄格子の近くまで近づいてきて、ある男が僕の目の前に居る柄の悪い男に話しかける。
「おい!お前!ここで賞金を取らせるためだけに買ってやったんだからな!ちゃんと優勝しろよ!」
「言われなくたってやってやるよ、こんなガキ、俺の手にかかれば瞬殺だ」
賞金を取らせるためだけに……そうか。
優勝して百万ゴールド貰えるなら、百万ゴールド以下で肉体的に力のある奴隷を購入して優勝させれば、百万ゴールドから奴隷購入額を引いたものが自らの利益になる。
そして、購入するなら戦うことに億劫な人間より好戦的な人間を選ぶはず。
つまり……今日、僕が戦うことになる相手は、十中八九今目の前に居るような男ばかり。
……それなら。
「さぁさぁ、皆さんお待ちかね!いよいよ、エレノアード祭開幕を盛り上げる、地下闘技場トーナメント戦第一試合を始めさせていただきたいと思います!!」
「おおおおおおお!!」
観客席がより大きな歓声で包まれると、目の前の男が歪んだ笑みを浮かべながら言った。
「気絶するまで殴り続けてやるから、覚悟しとけよ」
「やっぱり……あなたのような人間が相手なら、何も遠慮せず、罪悪感も無く戦うことができるから楽で良い」
「っ!?んだとテメェ!!」
「試合、始めっ!!」
男性が怒りの声を上げた直後。
試合の開始を告げる鐘の音が鳴ると、相変わらず続いている観客席からの歓声の中、男は勢いをつけて殴りかかってきた。
「ぶん殴ってやる!!これでも喰らって死んどけ!!」
こんな素人の動きをしている相手に、僕が負けるはずはない。
軽くその攻撃を避けると、僕は相手の男の腹部に一発拳を入れた。
「がはっ……!」
相手の男は苦悶の声を上げると、その場に伏して気絶する。
まさか一撃で終わるとは思っていなかったのか、先ほどまで騒がしかった観客席が静まり返った……と思いきや。
「きゃあ〜!ルークくん〜!カッコいいよ〜!!」
そんなセシフェリアの声だけがこの闘技場内に響き、審判や観客席の人間たちも含めて少し動揺している様子だったが、やがて審判は声を張り上げて言った。
「地下闘技場トーナメント戦第一試合!勝者!セシフェリア公爵家の奴隷!ルーク!!」
「おおおおおおおおお!!」
「なんだ今の!!」
「あの体格差で一発だと!!」
「あれが、公爵様の奴隷……!!」
盛り上がっている様子の観客席だけど、僕には関係ない。
────サンドロテイム王国の民を救う。
それ以外は、僕にとってどうでもいい。
その後も同じ思いを抱いたまま、僕はトーナメント戦を勝ち上がっていくと……
「白熱したこの地下闘技場トーナメント戦も、いよいよ決勝戦!優勝を収めるのは、果たしてどちらの奴隷なのでしょうか!皆さん!最後まで楽しんで行ってください!!」
「おおおおおおお!!」
────いよいよ、決勝戦までやって来た。
ここまではずっと相手が粗暴な人間ばかりで、罪悪感無く倒すことができて来たけど……
「……」
今回の相手はやけに静かで、フードで顔を隠している。
それも、細身な体型や胸元の膨らみから、性別は女性だと推測することができる。
……ここまで勝ち上がって来たということは強いんだろうけど、やっぱり女性と戦うというのは少し気が引ける。
でも、決勝戦まで来て辞退なんて求めても無駄だろうし、むしろそれは相手に失礼になる可能性もある。
なら……僕はただ、僕のすべきことをするだけだ。
「試合、始めっ!!」
そんな言葉と同時に鐘の音が鳴ると、構えを作る。
そして、相手がどう動いてくるのかを注視していると……
相手の女性は、僕の方に向けて走ってきた……それも、とても無防備に。
……どういうことだ?
攻撃をする構えもできていないし、仮にタックルをして来たとしても僕の方が身長や重量があると思うから意味を為さないはずだ。
何をしてくるのか、全く予測できない。
戦いの場において、久しぶりにそんな感覚を抱いていると────直後。
その相手の女性は、僕のことを抱きしめてきた。
「……え?」
「はぁ!?」
僕は困惑の声を、観客席からは歓声に紛れてセシフェリアの驚きの声が聞こえて来たような気がする。
だけど、目の前の女性はそんなことを気にした様子もなく顔を上げると、僕にだけ見えるようにフードから顔を覗かせた。
「き、君は……」
僕がその女性の顔を見て困惑していると、相手の女性は僕にだけ聞こえる声で言った。
「あの時は、私のことを助けてくれて、本当にありがとう」
その女性とは────僕が初めてこの街に来た時。
路地裏で男性に乱暴をされそうになっていた、赤髪の女性だった。
◇
ここまでお読みくださり本当にありがとうございます!
今回出てきた赤髪の女性は、エピソード8に該当する『制度違反』にて肥満体型の男性に乱暴されそうになっていた、元々は金髪の女性と描写させていただいていた女性です。
作者の都合で、髪色を変更させていただきました。
混乱させてしまい申し訳ありませんが、髪色以外は何も変わらないので、引き続きこの物語をお楽しみいただければと思います!
いつも応援してくださり、本当にありがとうございます!
◇
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます