エレノアード祭

「今日はエレノアード祭だから、半額だぜ〜!」

「らっしゃいらっしゃい!」

「採れたて新鮮な野菜はどうだ〜?」


 エレノアード祭当日。

 セシフェリアと一緒に街へやって来ると、街は普段の何倍も活気付いていた。


「やっぱり、エレノアード祭になると街の雰囲気もガラッと変わるね〜!」

「……そうみたいですね」


 街の建物の間には紐で飾り付けがぶら下げられており、普段は同じ時間帯に開くことがないようなお店までも同時に開いている。

 僕たちが二人で街を歩いていると、僕たちの方に向けて様々な声が飛んでくる。


「公爵様、綺麗……!」

「公爵様〜!うちで買ってってくれよ〜!」

「高級肉が相場より安く売ってますぜ!公爵様〜!」

「公爵様と一緒に歩いてる殿方、カッコいい……!」

「公爵様にお似合いの綺麗なアクセサリーが売ってますよ〜!」


 主にセシフェリアに関する多種多様な声が聞こえてくる中。

 セシフェリアは一度足を止めると、表情を暗くして冷たい声色で言った。


「ねぇ、今ルークくんのことカッコいいっていう女の声聞こえたよね」

「え?ど、どうでしょうか」


 実際、エレノアード祭中ということもあって周りは喧騒で包まれているため、僕にはそれを聞き取ることができなかった。


「ルークくんのことカッコいいって褒めてあげても良いのは私だけなのに……まぁ、でも、この人集りの中から見つけるのは難しそうだし、今回は見逃してあげるしかないかな」


 そう言うと、セシフェリアは再度歩き出したため、僕も呼応するように歩き出す。

 相変わらずなセシフェリアの急な雰囲気の切り替えに驚かされながらも二人で歩いていると、セシフェリアがある店の前で足を止めて高らかに言った。


「あ〜!洋服店だ!そうそう、今度ルークくんに色々と着てもらおうと思ってたんだよね〜!屋敷の衣装室に入れるだけ入れて着せてあげるの忘れちゃってたよ〜!」

「そ、そうだったんですね……因みに、何着ぐらいあるんですか?」

「三十着ぐらいだったかな」

「さ、三十!?」

「ルークくんに似合いそうな服なんて見れば見るだけあるから、本当選ぶのには時間かかったよ〜!」


 選んだ上で三十着もあるのか……というか、セシフェリアに三十着も着せ替えをさせられるなんて、それはそれでまた屈辱的な────


「わ〜!この洋服もルークくんに似合いそう〜!あ、これも〜!!」


 僕がそんなことを思っていると、セシフェリアは早速目の前にある服たちと向かい合い、楽しそうな声を上げていた。

 ……普通とはかけ離れているセシフェリアだが、こうして楽しそうに服を見ている時は、普通の女性と言えそうだ。

 できればずっとこのままのセシフェリアで居て欲しいところだが、果たしてこの時間がどれだけ続くか。

 僕がそんなことを思っていると……


「お兄さん」

「はい?」


 女性の声で後ろから声をかけられたため振り返ると……

 そこには、とんでもなく際どい格好をした女性が立っていた。


「ぼ、僕に何か用ですか?」


 街中でこんな格好の女性に話しかけられることになるとは思ってもいなかった僕は少し驚きながら聞くと、女性は言う。


「お兄さん、カッコいいので、恋人の方とかいらっしゃいますよね?」

「え?恋人、ですか?」

「はい、でも、恋人の方だけだと、特に男性は色々と大変じゃないですか……そこで」


 女性は、見覚えのある『割引』と書かれた紙を僕に差し出してきて言った。


「本当は利用者の方限定なんですけど、エレノアード祭中は特別に利用者じゃない人にも渡していいことになってるので、もし良かったら遊びに来てください……私直接相手することほとんど無いんですけど、お兄さんだったら────」

「結構です!僕、恋人の女性とかも居ないので!!」


 この割引券を、僕が見間違えるはずもない。

 これは……娼館の割引券だ。

 これのせいで、危うくどんな目に遭いかけたか……

 それを思い出すと、というか思い出さなくてもこんなものを受け取れるはずがないため僕が力強く否定する……も。

 女性は、大きな声で言った。


「え!?恋人居ないんですか!?嘘!?その顔で!?」

「は、はい」

「え〜!だったら尚更お困りじゃないですか?お兄さんなら割引とかじゃなくて、九割引きとかでも良いので今から────」

「私のルークくんに、何か用事?」

「えっ?」


 女性の言葉を遮るように、先ほどまで服を見ていたセシフェリアが割って入ってくると、女性は困惑の声を漏らした。

 そして、セシフェリアからは殺気と表現することすらできるものが放たれており、その声はとても冷たかった。


「こ、公爵様!?私のって、あ、あ〜!公爵様の奴隷の子だったんですね!す、すみませんでした!!」


 慌てたように言うと、際どい服を着た女性はこの場から去って行った。

 そして、セシフェリアは重たい声色で……


「……ルークくん」


 僕の名前を呼ぶ。

 が、今回に関しては僕は何も悪いことをしていないため、すぐに口を開いて言った。


「待ってください!僕は────」

「偉いね〜!」

「……え?」


 重たい声色から予想外にも明るい声が放たれたため僕が困惑の声を上げると、セシフェリアは僕のことを抱きしめてきて言った。


「そうそう、私以外の女からの誘いは、ああいう感じで断っていかないとね〜!ちゃんとできて偉いよ!やっぱり、私のことを思って断ってくれたんだよね?」

「い、いえ、セシフェリアさんのことを思ってというわけでは────」

「え?私のことを思って……じゃないの?」

「っ……!」


 し、しまった、余計なことを……!

 再度セシフェリアから重たい声が放たれたことで自らの失言に気がつくと、僕はすぐに発言の軌道を修正する。


「も、もちろん、セシフェリアさんのことを思えば、あの女性についていくわけにはいかないと思いました」

「っ〜!」


 慌てて答えると、セシフェリアは嬉しそうな声を上げた。


「本当に偉いよ!ルークくん!」


 続けて、僕の耳元で囁くように言う。


「これはもう、帰ったらたくさんおっぱいしてあげないといけないね」

「っ!?」

「なんて、冗談だよ!」


 冗談か……

 エレノアード祭ということもあってか、今日は朝からセシフェリアのテンションが高────


「この洋服店の中に試着室があるから、そこで今からおっぱい触らせてあげるね」

「え!?」


 そう言って僕のことを店の中に連れ込もうとするセシフェリアに、僕は慌てて言う。


「今から地下闘技場に向かわないと間に合わないので、そんなことをしてる時間はありません!」

「え〜!ちょっとぐらい良いでしょ〜?」

「ダメです」


 この地下闘技場でのトーナメント戦には、奴隷とされてしまったサンドロテイム王国の民の人たちの命運が懸かってるんだ。

 当たり前だけど、そんな時にセシフェリアの胸に触れている暇なんてない。

 そんな思いのもと力強く言うと、セシフェリアが嬉しそうな声で言う。


「ルークくん、私に地下闘技場の賞金でお礼するために、そんなにカッコいい目と力強い声で……わかったよ!それなら、おっぱいは後にして、今から地下闘技場向かおっか!」

「……はい」


 色々と違うような気はしたが、僕はひとまず、そのままセシフェリアと一緒に地下闘技場へと向けて歩き出した。

 ……少し街を歩いただけでこの始末。

 僕は、このエレノアード祭というのが改めて普段とは違うイレギュラーの塊であることを認識して、気を引き締め直した。

 ────この時の僕は、このエレノアード祭で、僕を巡る彼女たちが直接的に争うことになるとは、全く見当もしていなかった。

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