要人

 屈辱という代償を支払った代わりに教会まで来ることができると、僕はすぐにレイラに聖女室に招かれた。

 と思いきや……


「アレク様!お怪我や、どこか痛いところなどはありませんか?」


 昨日は教会に来ると約束していたのに来れなかったため、僕の身を案じてくれたレイラは、身を乗り出して言葉に勢いを付けながらそう聞いてきた。


「無いよ、昨日は来れなくてごめんね……心配してくれてありがとう」

「っ!アレク様がご無事だということを知れれば、私はそれだけで十分ですので、アレク様は私などにお謝りにならなくとも良いのです!」

「……昨日教会にこれなかった理由については色々と複雑な事情があるけど、それを説明する前に、レイラが調べてくれたっていうヴァレンフォードの下に着いている貴族たちについての情報を聞きたい」

「わかりました!では、こちらの五名のリストに目をお通しください」


 レイラは、目の前のテーブルの上に五枚の紙を置いた。

 そのリストの一枚一枚には一人分の情報が乗っていて、それぞれの人物の名前や性別はもちろん、住所や生業としていることまで事細かに書かれていた。


「そちらの五名が、ヴァレンフォードさんの下に着いている貴族の主力となっている人物たちです……要人というだけあって、抑えるのには少々労力を必要とします……が、この人物」


 一枚の紙を僕の方に近付けて、続きを言う。


「ペルデドール侯爵は、比較的簡単に抑えることが可能かと思われます」


 そう言われた僕は、改めてその人物のリストに目を通す。

 すると、それと同時にレイラが口を開いて言う。


「武器を調達してそれをお金に変える武器商人として財を成した人物であり、住んでいる場所は侯爵家の屋敷となっています……要人ということもあって屋敷周辺の警備は厳重……ですが」


 僕は、細かい項目に目を通しているうちに、一つ気になる項目があったためそれを口にする。


「毎晩街に出て飲みに行くほどの、お酒好き……?」


 それを言葉として発すると、レイラはその僕の言葉に対して頷いて言った。


「そこに目をつけられるとは、流石はアレク様です!いくら屋敷周辺に厳重な警備が敷かれていたとしても、そもそもその屋敷に本人が居ないのであればそれらの警備は意味を為しません」

「でも、仮にも戦争中の国の要人が、毎晩街に出てお酒を飲むなんて……仮にも戦争中の要人なのに、そんなことが……?」


 僕がそのことに疑問を抱いていると、レイラは少し間を空けてから言った。


「ペルデドール侯爵は、武器を提供したり財の手助けをしたりと、間違いなくこのエレノアード帝国の戦争に協力している人物です……が、自らが直接的な軍事に関わっているわけでは無いので、戦争中だという意識では無いのだと思われます」

「っ……!自らの元から出て行った武器によってたくさんの被害が出ているのに、戦争をしている意識すらないなんて、そんな……」


 僕からしたら考えられないけど、ペルデドールという人物が毎晩街に出てお酒を飲んでいることが、そのことの証明とも言える。


「……」


 サンドロテイム王国に対して平気で侵攻を行なっているヴァレンフォードも間違いなく僕の敵だけど、ペルデドールは────


「許せない……こんな人間が一因となって、サンドロテイム王国の民が苦しんでいるなんて……」

「アレク様……」


 僕が両拳を力強く握ると、対面に座っていたレイラは、僕の右隣にやって来て、僕の右手を優しく覆うようにして言った。


「お気持ち、とてもお察し致します……ですが、サンドロテイム王国をお救いするべく、私も全力でアレク様にお力添えさせていただきますので、今はどうかそのことを心の頼りとしていただけませんでしょうか?」

「レイラ……」


 レイラの優しい言葉によって、一度落ち着きを取り戻すと、僕は深呼吸をしてから言った。


「ありがとう、もう大丈夫だよ」

「あぁ……!私の方こそ、私のような小さき存在がこうしてアレク様に触れ、アレク様と行動を共にさせていただいていること、本当に感謝してもしきれない思いで胸がいっぱいです!」


 自らの両手を握り合わせて幸せそうにしているレイラのことを横目に、僕は少し考える。

 レイラの言う通り、毎晩街に向かうとわかっているペルデドール侯爵は、他の人物たちと比べて比較的簡単に抑えることができる。

 ただ、一つ問題があるとすれば。


「夜……か」

「そうですが……何か不都合でしょうか?」

「……奴隷の身だから昼に出歩くのも難しいけど、夜に出歩くってなると特に難しいんだ」


 本当は奴隷だからというだけじゃなくて、セシフェリアが僕のことを夜に外に出したくないというのも関係しているけど、そのことは今余計な情報になるから伝えなくても良いだろう。


「なるほど……でしたら、私一人でペルデドール侯爵を捕らえるというのはいかがでしょうか!そうすれば、万が一何か予測不能な事態が起きたとしても、被害に遭うのは私だけで済みますので、むしろそれが最善の策かと────」

「そんなの、絶対にダメだ!レイラだけを危険な目に遭わせるなんて、仮にそれでサンドロテイム王国が救われることになったとしても、僕は父上に顔向けできない……それに」


 続けて、僕はレイラの目を見て言う。


「サンドロテイム王国と僕のことを本当に想ってくれているレイラのことを、僕はサンドロテイム王国の民の人たちと同じぐらい大切に想ってる……だから、そんなことは絶対にできないよ」

「っ……!」


 僕がそう伝えると、レイラは小さく声を上げたあと、両目から涙を流して言った。


「あぁ……!私などには勿体無きお言葉だと承知していますが、アレク様からそのようなお言葉を賜れたことに私はとても幸せを覚えています!あぁ……!アレク様、いけません、私……私、アレク様に、この身を捧げ、今の気持ちを直接お伝えしたくて堪らなくなってしまい────」

「レイラの気持ちはよくわかってるから、とりあえず一度落ち着いて欲しい」

「っ……も、申し訳ございません……!」


 申し訳ないけど、レイラが手のつけられない状態になる前に僕がそう伝えると、それから少ししてからレイラは落ち着いた様子に戻った。

 そして、目元を拭い終えてから言う。


「ですが……夜に出歩くのが難しいとなると、いかが致しましょうか?一応、夜だけでなく昼もお酒を嗜んでいる時はあるかと思われますが、規則性があるかどうか不明であり、計画的に抑えることはかなり難しくなるかと思われます」

「そうだね……」


 仮に規則性があったとしても、それを見破るのにどれだけの時間がかかるかわからない……となると、やっぱり毎晩お酒を飲んでいる時を狙うのが確実。

 でも、ただ僕がセシフェリアに夜外に出たいと言ったところで、セシフェリアがそれを許可してくれるとは思えない。

 それを加味した上で考えた結果、僕は口を開いて言う。


「決めたよ、決行は明後日にしよう」

「……アレク様がそう仰られるのであれば私に異論はありませんが、アレク様が夜の外出は難しいという問題はどうなされるのですか?」

「そのことで、レイラには一つ協力して欲しいことがあるんだ」

「協力……ですか?」

「うん……それだけだとまだ許可してくれるか怪しいところだけど、あとは僕が……どうにかすれば、夜の外出を許可してくれる可能性はあると思う」


 セシフェリアが相手だから断定はできないけど、それでも僕が夜外出できて、ヴァレンフォードの下に着いている貴族を抑えられる可能性が少しでもあるなら、それに賭けてみる価値は十分にあるだろう。

 その後、僕はセシフェリアに協力して欲しい内容を伝え、それを実行に移してもらうと────二日後の朝。

 僕は、セシフェリアに向けて言った。


「セシフェリアさん……今日の夜外に出たいので、外出許可をいただけませんか?」

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