誠意

 ……なんだろう、この感触。

 翌日の朝、意識を覚醒させた僕が第一に思ったことはそれだった。

 いつもだったら眠りから覚めた時に、顔に柔らかな感触なんてものは感じないはずだけど、今は柔らかさのような……それでいて、弾力のある感触を感じる。

 布団かな……でも、僕は布団を顔まで被らないし……それに。

 僕は、顔を動かしてその感触を顔全体で感じる。


「……」


 布団はこんなに柔らかかったり、弾力があったりしない……というか、この感触を、僕は昨日も感じたような────


「ぁっ、ルークくん……そんなにお顔動かしたら……ぁっ……」

「っ!?」


 そんな艶やかな声が聞こえたことによって僕が思わず目を開くと────僕の視界には、ブラウスによって全体は見えていないセシフェリアの胸と、頬を赤く染めているセシフェリアの顔が映った。


「セ、セシフェリアさん!?何を────」

「んっ、ぁっ、そんなに大きな声出されちゃったら、振動しちゃって……!」


 そ、そうだ、この状態の時は喋ったらダメなんだった、寝起きだったからつい忘れてしまっていた……って、そうじゃない!

 どうして、寝起きなのにこんなことになっているんだ!?

 昨日はあの後、セシフェリアに抱きしめられ続けただけで、そのあとは普段通り昼食を食べたし、普段通り夕食を食べて、普段通りに別々のベッドで眠った。

 なのに、どうして……いや、とりあえず今は……!


「僕から離れてください……!」


 手錠で手を拘束されているわけでは無いため、僕は万が一にもセシフェリアの胸が見えないように目を瞑ると、そう言ってからセシフェリアのことを僕から引き剥がすようにして離した。


「ぁっ、ルークくん……」


 変な声を上げるセシフェリアのことを僕から離すと、僕はすぐに体を起こして、セシフェリアに背を向いて言った。


「セ、セシフェリアさん!朝から一体何なんですか!?」

「ん〜?昨日、ルークくんと私の心の距離が少しでも近付いたんだって思うと嬉しくて、朝起きてルークくんの寝顔見てたら我慢できなくて、おっぱいしてあげたくなっちゃったの」


 ダメだ……人間ということだけどは同じだけど、それ以外の、特に思考の回路とかが僕とは全く違う!

 昨日、少しでもセシフェリアに今までとは違う何かを見出してしまったのが間違いだった……!

 心の中で強くそう思っていると、セシフェリアが甘い声色で言った。


「寝起きのルークくんを驚かせちゃったのは悪いと思ってるけど、ルークくんもおっぱいして欲しいでしょ?ほら、もう一回包んであげるから────」

「結構です!!」


 セシフェリアの言葉を遮ってそう伝えると、僕は寝室を後にする。

 エレノアード帝国は、未だにサンドロテイム王国を追い詰めていて、セシフェリアはそのエレノアード帝国の公爵!

 それに、起きた直後からあんな……!


「待って!ルークくん!一緒に朝ご飯食べるよ〜!」


 僕が今抱いている恥ずかしさや屈辱を闘争心に変えていると、セシフェリアが僕の後を追うようにして寝室を出て来ると、二人で一緒に食堂で朝食を食べ始めた。


「……」


 本当ならすぐにでも朝食を食べ終えて、教会にいるレイラからヴァレンフォードの下に着いている貴族についての情報を聞きに行きたいところ。

 だけど……セシフェリアに、僕が教会でステレイラと会っていることがバレてしまった以上、外出許可を取る難易度がかなり高くなってしまった。

 僕がどうしたものかと頭を巡らせていると、セシフェリアが朝食を食べ進める手を止めて言った。


「ルークくん、今日もステレイラちゃんに会いに行きたいの?」

「っ……!」


 僕にとって理解できない思考回路をしてはいるものの、やはりその頭脳や洞察力は本物らしく、セシフェリアは今僕の考えていることを見事に的中させてきた。


「ルークくんが私以外の女のこと考えて、私以外の女と会うなんて許せないけど……ステレイラちゃんはいくらルークくんがカッコよくて可愛いからって、男の子に変なことするような子じゃないことは知ってるし、私は昨日のこともあって上機嫌だから────ルークくんがしてくれるなら、特別に行かせてあげてもいいよ?」


 セシフェリアは、僕がレイラにとって特異な存在であることを知らないから、おそらくセシフェリアにとって僕が今日会いに行くレイラは、聖女の時やヴァレンフォードと話していた時のレイラという認識なんだろう。

 当然、その認識を僕が正す必要は無いし、むしろ「レイラは僕に特別な想いを抱いている」なんてことを伝える、もしくはバレたりしたら、外出許可をもらえなくなる可能性の方が高いためそのことはわざわざ言わない……でも。


「お願い、するだけで良いんですか?」

「うん、ルークくんが誠心誠意、私のことを想いながらお願いしてくれるんだったら、私もそのルークくんの気持ちに応えることを約束するよ」


 とても嘘を言っているようには見えないけど、僕が今からレイラ……セシフェリアからしてみれば他の女性に会いに行くとわかっているのに、その割には随分と優しいような気がする。

 とはいえ、ここで余計なことを言ってせっかくのチャンスを逃したくは無いため、僕はセシフェリアにお願いする。


「教会で聖女様にお会いしたいので、外に出ても良いですか?」

「……」

「……」


 僕がそう聞くも、それから少しの間食堂内は沈黙した。

 やがて、セシフェリアが口を開いて言う。


「それだけ?」

「……え?だけ、とは……?」

「私、誠心誠意私のことを想いながらって言ったよね?今のままじゃ、言葉だけで本当に私に対して誠意とか想いが込められてるのかどうかが伝わって来ないよ」

「誠意……想い……」


 ……そういうことか。


「わかりました」


 僕は一度立ち上がると、膝をついて再度セシフェリアに言った。


「セシフェリアさん、教会で聖女様にお会いしたいので外に────」

「もう!違うよルークくん!誠意っていうのはそういうことじゃないの!」

「え……?」


 この場で今すぐできる奴隷としての誠意の見せ方と言えば、膝をつくことぐらいだったけど……もしかして、エレノアード帝国では、決まった誠意の見せ方があるんだろうか。

 僕がそんなことを思いながら改めて立ち上がると、セシフェリアが大きな声で言った。


「ルークくんの私への誠意とか想いの伝え方って言ったら、例えば私がルークくんのこと抱きしめても良い代わりに外に出させて欲しいとか!私がルークくんの顔をおっぱいで挟んでも良い代わりに外に出させて欲しいとか!そういうことだよ!!」

「え!?」


 なんだ、その屈辱的以外の何ものでも無い誠意の伝え方は……!


「誠意とか想いとかを本気で相手に伝えるんだったら、自分の身を相手に捧げるっていうのは当然のことでしょ?」


 確かに、僕が屈辱的だと思うことも、逆に言えばその屈辱さが誠意に繋がる……のか?なら、これは普通────なはずがない!

 僕は、危うく洗脳されてしまいそうになったところをどうにか正気に戻る。

 ……でも、そういった方法でないとセシフェリアは誠意が伝わらないと言い、もし誠意が伝わらなかったら僕は外に出ることができず、外に出ることができなかったらサンドロテイム王国を救うこともできない。


「……僕の、ことを、抱きしめても……良い、ので、外に出る許可をください」

「っ〜!ルークくんにそこまで言われたら仕方ないね!今日は外に出ても良いよ!」


 そう言うと、セシフェリアは嬉しそうな表情で僕のことを抱きしめてきた。


「……」


 僕は、楽しそうに僕のことを抱きしめているセシフェリアのことを前にしながら、恥ずかしさや屈辱心によって顔を熱で帯びさせる。

 ────こんな国、僕が絶対に……!!

 今感じている恥ずかしさや屈辱心に誓って、絶対にこのエレノアード帝国を打倒してみせるということを、今一度胸に誓った。

 ────僕とセシフェリアの距離感というものは、本当に少しだけ変わったのかもしれない……だけど、それによってセシフェリアの僕に対する積極性はマシになったどころか、むしろここからさらに加速していくことになった。

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