隠し事

「……」


 違う、こういう時は焦るんじゃなくて、こういう時こそ一度落ち着こう。

 とにかく、今はセシフェリアの胸に僕の顔を包まれていた時と違って、言葉を発しただけでセシフェリアが嬌声を上げるようなことにはならないから、どうして僕が教会に行っていたことをセシフェリアが知っていたのかに関わってくるであろう、あの話というものについて聞き出すことにしよう。


「セシフェリアさん、先ほど聞きかけたことなんですけど、セシフェリアさんはどうして僕が教会に行っていたことを知ってたんですか?」


 僕がそう聞くと、セシフェリアは僕の僕を見ながら楽しそうな声色で言った。


「ん〜?それは、ルークくんと似た特徴の男の子が、ステレイラちゃんと一緒に教会に居たって話を聞いたからだよ〜」


 僕に似た特徴の男性が、レイラと一緒に教会に居るという情報を聞いた!?


「絶対にルークくんだっていう確証は無かったけど、ルークくん本人から教会に行ったって言葉を聞けたから、あの話は本当なんだって確信できたんだよね〜」


 っ……だから、僕本人が教会に行ったかどうかさえ確認できたらそれで良かったのか……!


「それについても色々と話したいけど、今は……そんなこと、どうでもいいよね」

「ど、どうでもよくありません!」


 僕が大きな失敗をしてしまったのは事実だけど、話の流れを理解することはできた。

 となると、今から僕がすべきなのは、教会に行っていた理由をセシフェリアにとって正当性のあるものにすること、もしくはステレイラと一緒に居た理由に正当性を持たせ────


「ううん、どうでもいいの!今は、他の女のことなんて忘れちゃうぐらい、私がルークくんのことを気持ち良くしてあげること!それ以外は全部どうでもいいの!」


 虚な目で頬を赤く染めながら、声を上擦らせてそう言った直後……セシフェリアは虚な目をやめると、楽しそうな目になって、下着越しに僕の僕に触れてきた。


「っ……!」


 その瞬間、僕は先ほどまで考えていた考えが全て吹き飛んでしまい、意識の全てが僕のその部分の感覚にだけ集中してしまう。

 サンドロテイム王国に居た時は、公務以外で女性と触れ合う機会が無かった僕が、最近はその時からでは考えられないほどに女性と触れ合っていて、それも性的刺激の強いことの連続。

 加えて、下着越しとはいえ他の人、それも女性にその部分を触れられることすら初めてのため、その部分を意識するなと言われる方が難しい。

 僕がそう思っていると、セシフェリアが甘い声色で言った。


「これが、ルークくんの……!こんなに、硬くなるんだ……!これって、それだけ私のこと魅力的に感じてくれたってことだよね?」

「そ、そういうわけじゃ……っ」


 セシフェリアがほんの少し指を動かしただけで、僕の体全身に今まで感じたこともないような何かが奔る。

 それによって思わず声を漏らしてしまうと、セシフェリアが嬉しそうな声を上げて言った。


「ルークくんが今まで聞いたこともない声上げた!わかってたことだけど、本当にここが気持ち良いんだね……!私も、知識はあるけどこうして実際に触れたりするのは初めてだから、最初の方だけ上手くできないかもしれないけど、すぐルークくんの体のこと理解するから待ってね……とりあえず、なぞってみてルークくんの気持ちいいところ探してみるよ」


 なぞる……!?

 そ、そんなことをされたら……!

 というか、この僕がさっきあんな声を漏らしてしまったなんて……!

 敵国の女性に貞操を奪われるのは一番尊厳が奪われることに間違いないけど、だからってあんな声を漏らしてしまうのだって屈辱以外の何ものでも無い……!

 手錠をされていては抵抗なんて無意味だと思っていたけど、いくらなんでもそんなことを何の抵抗もせず見過ごすわけにはいかないため、僕は足を動かして言った。


「セシフェリアさん!僕はそんなことして欲しくないのでやめてください!!」

「あ、ルークくん!足動かしちゃったら、ルークくんの上に安定して跨がれなくなっちゃうでしょ?」


 そんなことはわかってる、むしろ、だからやってるんだ!


「一度、落ち着いて話を────」

「もう〜!うるさいお口は、一度塞いじゃうよ!」

「っ!?」


 そう言ったセシフェリアは、僕の僕から手を離した。

 その部分だけ切り抜くと状況が好転したように思えるが────続けてセシフェリアは、またも僕の顔を自らの胸で包んできたため、状況は何も好転していない。


「ルークくんのルークくんに触れるのも良いけど、ルークくんが私のおっぱいの間に居るっていうこの感覚もやっぱり良いよね……ルークくんが今感じてるのも、感じられるのも、私のことだけ……あぁ、ルークくん……」


 そう呟いて僕の上体を少しだけ起こさせると、セシフェリアは僕の頭を撫でてきた。

 っ……あの部分から手を離させることができたのは良いけど、この状態で僕が喋ったらセシフェリアが嬌声を上げるようなことになってしまうから、結局喋ることができない。

 僕がそう思っていると、セシフェリアは自らの胸をゆっくりと僕から離して手も離すと、僕と顔を向かい合わせて、先ほどと比べて落ち着いた様子で言った。


「改めて、こうしてルークくんのこと包んであげてて思ったけど、やっぱり私ルークくんのこと気持ち良くしてあげるだけじゃなくて、ルークくんのことをちゃんと知りたいみたい……だから聞くけど、どうしてルークくんは教会に行ってたの?」


 っ……!

 ようやく、落ち着いて話せる機会がやって来た……!

 ここで、正当性のある理由を伝えれば、セシフェリアもこんなことをやめてくれるかもしれない!

 そう思った僕は、それなら黙って教会に行っても仕方ないと思えるような理由を頭の中で探し始め────ようとした、けど。


「……」


 僕と目を合わせているセシフェリアの目が、とても澄んでいて、思わずその思考を止める。

 この目は……悪意や裏の意図など一切無く、本当にただ純粋に僕という人間を知りたいと思ってくれている目だ。

 ────その目に、嘘を吐いても良いのか?


「……っ」


 良いに決まってる、潜入任務っていうのはそういう任務なんだ。

 セシフェリアがどんなに僕に優しくて、僕と真剣に向き合ってくれようとしていたとしても、そんなことは関係無い。

 だから、ここで僕が言うべきは、何となく興味があったから好奇心でとか、以前セシフェリアにしたことを懺悔したかったと伝えることだ。

 そうすれば、教会に行ったことも、レイラと会っていたことにも説明が付く。

 ……だけど。

 敵地で拘束されているという状況や、連続的に性的刺激の強い状況に出会していること、そしてセシフェリアの澄んだ瞳。

 それらのことが合わさってか、もしくはそうで無いのか、とにかく僕は今までの僕ならしない答えを出していた。


「────言いたくありません」


 この状況での隠し事なんて、意味しか生まれない。

 それでも、任務を続行するという僕の気持ちと、この目に嘘を吐きたくないと思った僕の葛藤の結果。

 嘘も吐かず真実も伝えないという結論に至った。


「言いたくない……?私に隠し事するってこと?」

「……」


 僕がそれに対して何も答えないでいると、セシフェリアが言った。


「まぁ、ルークくんがステレイラちゃんと一緒に居たのが偶然なんて事は無いと思うから、ルークくんが教会に行ったのはステレイラちゃんと会うためっていう目的は分かってたよ……だから、その先が知りたかったんだけど────隠し事……ね」


 セシフェリアに真っ向からの隠し事。

 何をされてもおかしくないからと、心の中で身構えた僕────だったけど、セシフェリアは小さく口角を上げて言った。


「今までのルークくんだったら、見え見えの嘘吐いてそうなところだったけど、嘘じゃなくて隠し事っていうことは……少しは、ルークくんと近付くことができたってことだよね……なら」


 セシフェリアは僕の手錠を外すと、僕の上体を起こさせて、優しく抱きしめてきて言った。


「私も、手錠なんて無粋なものがある状況でルークくんと初めてそういうことをするのは気が引けるから、今日はこれで我慢してあげようかな……言っておくけど、ルークくんが私以外の女と会ってたことを許してあげたわけじゃないからね?ただ、今はルークくんが少しでも私に近付いてきてくれたのが嬉しいから、これぐらいにしてあげてるの……しばらくはそのまま動いたらダメだよ」

「……はい」


 セシフェリアは、倒すべき敵国の女性……その考えに変化は無い。

 だけど────


「……」


 僕は、セシフェリアにしばらくの間抱きしめられながら、自らのセシフェリアに対する認識や感情などを改めて整理していくうちに、少しだけ……少しだけ、この国に来た時と比べて、セシフェリアへの捉え方が変わっていることに気が付いた。

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