異常

「この身を堪能って……レイラ?いきなり何を言ってるんだ?」

「いきなりではありません……私はずっと、この時を待っていたのです」


 そう言うと、レイラは頬を赤く染めたまま、両手を自らの顔に添えて言った。


「アレク様から純潔と命を救っていただいたあの日から、私の純潔も、命も、全てはアレク様に捧げることを、私は夢に見ていたのです……そして今、その夢が目の前にあるのです……あぁ、私の気持ちをご理解いただけるでしょうか?ずっとずっと待ち望んでいた瞬間が目の前にある、この感覚を……!」

「っ……」


 これは……以前肥満体型の男に僕に助けられた時の話をしていた、とも表現できてしまう時のレイラだ。

 だけど、これは僕に恩返しをしたいというレイラの優しい部分が少し曲がってしまった結果だ……なら。


「レイラ、僕は別に、レイラにそんなことをして欲しくてレイラのことを助けたわけじゃないんだ……だから────」

「もちろん、そのようなことは承知しております……アレク様が、その慈愛に満ちたお心で、私のことを何の見返りも求めずに救ってくださったことなど、重々承知しているのです」


 そう言うと、続けてレイラは自らの体に触れながら言った。


「ですが、そのようなアレク様だからこそ!私は身を捧げたいと考えているのです……元より、アレク様が居なければ奪われてしまっていた純潔とこの命を、アレク様のために捧げる……これ以上の幸せがあるのでしょうか?いいえ、私には無いと断言できます!」

「僕に助けられたと思うなら、その僕が助けた大事なものを無為に使わず、もっと大切にして欲しい」

「無為などではありません!アレク様のためにこの身を捧げることこそ、至上の喜び……私にとって、これ以上の幸せは他に無いのです!」


 迷い無くそう言うレイラのことを見て、僕はセシフェリアとは違う意味で戦慄を覚えた。

 セシフェリアは、チェスのように少しずつ僕のことを追い詰めて来るような感じだけど────レイラはその真逆。

 僕がどれだけ論理的なことを言っても、レイラの僕に対して抱いている想いがとても大きくて、それが全く届かない。

 当然セシフェリアも厄介だけど、これはこれでとても厄介だと感じていると、レイラは僕の顔に自らの体を傾けてきて言った。


「見てください、アレク様……私の胸も、数年前と比べ大きく成長しましたが、この成長も全てはアレク様のためなのです」


 前にレイラと出会った時は、当然レイラの胸になんて意識を向けていなかったけど、それでもある程度大きかったのを覚えている。

 ……だけど、確かに今は、ある程度なんていう言葉では足りないほどに大きくなっていることが聖女服越しでもよく分かる。

 具体的に表現するなら、手のひらいっぱいに触れても手がはみ出そうなほど────じゃない!


「レイラがそこまで僕のことを思ってくれてるのは嬉しい……だけど、僕は今、劣勢になってるサンドロテイム王国を救うための潜入任務中なんだ……だから、そんなことをしてる場合じゃない」


 サンドロテイム王国のことを思ってくれているレイラなら、こう言えば少しは落ち着きを取り戻してくれるはずだ。

 と思ったけど、レイラは僕の予想とは反対に、むしろ声を荒げて言った。


「あぁ、アレク様……!私のこの思いを受け取り、嬉しいと仰ってくださるのですね!私もアレク様のことを思うことができ、アレク様がその思いを嬉しいと仰ってくださったこと、全てに幸せを感じております!」


 重要なところを聞いてない……!


「そうじゃなくて────」


 僕が改めて重要な部分、今はサンドロテイム王国を救うための潜入任務中だからそんなことをしている場合じゃないという部分を伝えようとすると、レイラは突然僕と顔を近づけて来て息を荒げながら言った。


「はぁ、アレク様……アレク様と共にベッドに上がり、こうしてアレク様の上に跨っていては、もうアレク様にこの身を捧げたいという欲を我慢できそうにありません……アレク様、どうぞお好きに、私の体に触れてください」


 そう言うと、レイラは少し口角を上げながら僕の左手を取った。

 そして、その僕の左手を自らの胸に近づける。

 だけど、当然そのまま黙って胸を触ってしまうわけにもいかないため、僕は左手に力を入れて僕の手がレイラの胸に近付くのを止めて言った。


「待ってくれ……そうだ、教会でこんなことをしたとバレたら、今後君の聖女としての立場がどうなるかわからない……そして、君の聖女としての立場が危ぶまれるようなことになったら、サンドロテイム王国を救うことのできる可能性が格段に落ちて、僕にとっても君にとっても良いことは無いはずだ」

「ご安心ください、教会にある部屋は、信徒たちの祈りを妨げないよう全て防音となっており、それは当然こちらの部屋も例外ではありません……私たちがここでどのような声を上げても、外に漏れることは決して無いのです」


 そう言うと、続けてレイラは甘い声色で言った。


「そういうことですので、アレク様……どうか、アレク様に触れて欲しいと願っている、私の体にお触れください……」

「っ……!」


 今のレイラは、場合によってはセシフェリア以上に話し合いができない状態だ。

 そのことを確認した僕は、レイラに痛みが無いように僕の上からレイラのことを退けると、ベッドから降りて言った。


「レイラ、また後日教会に来るから、その時は落ち着いて、今後の計画について話し合おう」


 そう伝えると、僕は走ってこの部屋の扉に向けて走り、そのドアを開け────ようとしたけど。


「開かない……!?」


 何度か試したけど、その扉は開かなかった。

 ……そうだ!レイラはこの部屋に入ってくるとき、鍵を閉めていた!

 僕としても、レイラとの話を、万が一にでも誰かに聞かれるわけにはいかなかったから、鍵を閉められたことに対して特に何も思わなかったけど、この状況で鍵が閉まっているのはまずい!

 僕がそう思いながらもレイラの方を振り返ると、レイラはゆっくりとした動作でベッドから降りて僕と向き合って言った。


「この部屋の鍵は聖女である私だけが持っています……そして、アレク様はお優しいお方なので、過去に救った私とそういったことをすることに抵抗感が生じてしまうこともよく理解しております……ですがこれは、恩返しというだけでなく、私がアレク様に抱いている純粋な愛情による愛なる行為でもあるのです……ですから、アレク様は何も拒まれる必要はありません」


 そう言いながら、レイラは僕に近付いてきて、頬を赤く染めながら恍惚とした表情で言った。


「さぁ、アレク様……私と共に愛なる行為を行いましょう」


 っ……鍵を奪われている以上、もはやレイラの許しなくこの部屋から出ることはできない。

 なら、どうにかレイラからその許しを得ないといけない。

 だけど、今のレイラにただこの部屋から出させて欲しいと言っても聞くことはないだろう……だからと言って、僕とサンドロテイム王国のことを思ってくれている優しい女の子に対して強く拒絶の言葉を放つのは抵抗がある。

 僕はレイラが一歩、また一歩と近付いてくる間に思考を重ね────その末に紡ぎ出した言葉を放つ。


「レイラ、君が僕に抱いてくれてる気持ちはよくわかった」

「っ……でしたら────」

「だけど、恩返しとか、愛情とか、そういった気持ちを表現する方法は、今レイラがしようとしていること以外にもたくさんあると思うんだ」


 僕がそう伝えると、レイラは足を止めて言った。


「ですが、私はアレク様のことを、この身で────」

「君の言いたいことはわかるけど、だからって早急に、君を慕う信徒たちがすぐ近くに居るこの場所でそんなことをする必要は無いと思うんだ」

「それは────」

「君の想いは良く伝わったから、今日のところはそのことと、再会を祝すっていうだけじゃ、君は満足できないかな?」

「っ!そのようなことはありません!」


 僕がそう聞くと、レイラは慌てた様子で僕の方に駆け寄ってきて言った。


「アレク様がそう仰るのであれば、本日のところは控えさせていただきます……アレク様のことを困らせてしまい、申し訳ございません」

「ううん、わかってくれたなら僕はそれでいいよ」


 レイラがようやく落ち着いてくれたことに僕は安堵すると、レイラが言った。


「あぁ、アレク様、その慈悲深さに感謝致します……確かに、教会そのようなことをするのは、アレク様との再会に激動を覚えていたとはいえ、早急な判断だったかもしれません」

「あれだけ強い思いを抱いてくれてたなら、それも仕方ないよ……じゃあ、この部屋の鍵を開けてくれるかな?」

「はい……!」


 レイラは明るく頷いてそう言うと、この部屋の鍵を取り出して、扉の鍵を開いた。

 すると、僕はそんなレイラに対して言う。


「ありがとう……明日は難しいけど、また後日ここに来るから、その時は計画についてもっと詳しい話をしよう」

「わかりました!私はいつでもここでお待ちしているので、いつでもいらしてください!!」


 そう会話を終えた後、僕はレイラに教会前まで見送られると、そのまま教会を後にして、しっかりと香りを消してからセシフェリア公爵家へと帰った。

 そして、香りを消したことで何かを疑われることもなく一日が終わると────翌日……セシフェリアと、二人だけで一日中過ごす日となった。

 セシフェリアと一日中過ごす日というのは今まで無かったためどんな日になるのかと不安もあったけど、ついこの間セシフェリアは僕のことを信じてくれたばかりのため、そこまで何かを心配する必要は無いだろう。

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