協力
「ここが教会、か」
「はい!サンドロテイム王国に教会は無かったと思いますので、アレク様には少し物珍しいと感じる部分もあるかもしれません」
部分もある、というかほとんどがそうだ。
白の柱が等間隔に置かれていて、その柱の間一つ一つがアーチ状の門のような形になっていること。
扉から真っ直ぐの中央の部分だけを避けて、左右にたくさんの長椅子が置いてあること。
他にも見たことのない建築様式が使われていて、歩くたびに足音が響くこともその特異性の一つだろう。
「聖女様……」
「聖女様……」
そんなことを思っていると、僕たちが……正確には、聖女が通るたびに、その付近に居た人たちが聖女に両手を合わせていた。
「噂には聞いてたけど、君はかなり教会で力を持ってるのか」
「アレク様に比べれば、私などまだまだです……!」
「……前に僕と出会った、あの頃から聖女を?」
「いえ、こちらの活動を始めたのは、アレク様にお救いいただいて、エレノアード帝国へ帰国してからです」
それでもう、これだけの勢力を……公爵家の生まれということも関係しているんだろうけど、当然それだけで貴族や王族すら手の出しにくい勢力を率いることなんてできない。
つまりそれだけ、この聖女が突出した才能を持っているということなんだろう。
「こちらが教会にある私のお部屋です……どうぞお入りください」
やがて足を止めると、目の前の一つの白い扉を前にして聖女がそう言ったため、僕は促されるがままにその部屋に入る。
事務作業をする用の机に、客人を接待する際に使うと思われるローテーブルに、それを挟むようにあるソファ。
部屋の隅にはベッドも置いてあり、部屋にある家具は、基本的に白を基調として金の模様が入ったもので統一されているようだった。
「特段、面白味も何も無い部屋で申し訳ございません……私の家の方でしたら、もう少し装飾などもあるのですが……」
「気にしなくていい」
「あぁ、ありがとうございます、アレク様……!では、今からお紅茶をお淹れしますので、アレク様はそちらのソファに腰をお掛けになられてお待ちください」
「わかった」
そう返事をすると、俺は目の前にあるソファに座って大人しく待つ。
すると、聖女は部屋に鍵を掛けてから紅茶を淹れ始めたため、僕はその姿を正面から見る。
「……」
こうして改めて見ると、前に出会った時と比べてかなり雰囲気が変わったような気がする。
前も大人びている雰囲気はあったけど、今は聖女として過ごしているからか、大人びているというよりも、動きの一つ一つにそれ以上の何かを感じる。
加えて、そういった雰囲気だけでなく、顔立ちもとても綺麗で、体つきも大人び────
「アレク様……?どうかなされましたか……?」
「っ……!」
紅茶を淹れ終えて、それを僕の目の前にあるローテーブルに置くと、聖女はそう聞いてきた。
僕は、思わず顔を逸らして謝罪する。
「悪い、前と比べて雰囲気や容姿が大人びてて、見てしまった」
「っ!アレク様が私を見てくださっていることに、悪いことなどあるはずがありませんっ!むしろ、アレク様の視界に私が映っているのであれば、それこそが私の幸せです……!」
「……そうか」
それに対して、僕の口から何かを言うことは難しいためそう受け流すと、聖女は幸せそうな表情のまま僕の対面にあるソファに座った。
「早速、まずは改めての確認だけど……君は、僕があの時助けたステレイラ、で合ってる?」
「あぁ、アレク様、私のような存在の名前を覚えてくださっていたのですね……はい、私はあの時アレク様にお救いいただいた、ステレイラです……あの時同様、レイラとお呼びください」
「そう……じゃあレイラ、君は、今行われてるサンドロテイム王国とエレノアード帝国の戦争に反対してくれてるから、その戦況がどうなってるかはある程度わかってる?」
「っ……」
僕がそう聞くと、レイラは少し顔を暗くして言った。
「存じております……サンドロテイム王国が、劣勢だと……」
「そうなんだ、今サンドロテイム王国はとても劣勢で、このままだといつエレノアード帝国によって、サンドロテイム王国の領土や、そこに住まう民が酷い目に遭わされるかわからない」
努めて平静に説明すると、レイラは僕に頭を下げて言った。
「申し訳ございませんっ!アレク様に救っていただいたこの命、アレク様のために捧げるため、この身を賭す覚悟で直ちに戦争を中断するよう行動を起こしているのですが、愚かなエレノアード帝国の人間による暴挙を止めることができず……」
「違う、僕は君のことを責め立てるためにこんな話をしてるわけじゃない……むしろ、君には感謝してるんだ」
「アレク様が私に感謝を、ですか?」
小さな声でそう言いながら顔を上げたレイラに対して、僕は頷いて言う。
「もし君が居なかったら、教会はサンドロテイム王国との戦争に対して積極的になる人間一色になってしまっていたと思う……だけど、君が教会という大きな勢力を持って、サンドロテイム王国との戦争を反対してくれているからそうはなっていないし、そのおかげで、まだ首の皮一枚でエレノアード帝国にサンドロテイム王国への侵攻を止めさせられる可能性が残ってるんだ」
これに関しては嘘でも何でもなく、僕が思っていることを心の底から伝えると、レイラは両目から涙をこぼし、両手を握り合わせて言った。
「っ……!あぁ、あぁ……アレク様、アレク様……アレク様は変わらず、慈愛に溢れた、とても温かく、崇高なるお方なのですね……」
それから、レイラは少しの間涙を流し続けたため、落ち着くまで待つことにした……涙を流すほどにサンドロテイム王国を想ってくれている人が、このエレノアード帝国に居る。
そのことが、僕にとってどれだけ嬉しいことかは、言うまでもない。
それから、少しすると、レイラは涙を落ち着かせて言った。
「またも、見苦しいところをお見せしてしまい申し訳ありません」
「見苦しいなんて思わない……むしろ、嬉しいぐらいだよ」
「アレク様……」
ひとまず、レイラの涙が落ち着いたところで、僕は続きを話す。
「話を戻すけど、僕は今の状況変えてエレノアード帝国を打倒、もしくはサンドロテイム王国への侵攻を止めるために、今エレノアード帝国に奴隷として潜入しているんだ」
「そういえば、先程の者もそのようなことを言っておりましたが、このエレノアード帝国での奴隷の扱いは……っ!アレク様!何か、酷いことをされたりはしていませんか……!?」
慌てた様子で聞いてくるレイラに対して、僕は落ち着いて返事をする。
「そっちの方も、今のところは首の皮一枚で大丈夫」
「……あぁ、自らの身すら顧みず、敵国であるこの地に潜入なされるその勇ましさに、私は敬服致します……しかし、アレク様がこのまま奴隷として扱われ、首の皮一枚の危険と隣り合わせで生活し続けることなど、私には看過できかねます」
「もちろん、僕もずっとこのままで居続けるつもりはない……だけど、正直奴隷の身だとできることも限られてて、最悪の場合何も出来ないままにエレノアード帝国によって侵攻される可能性もある……だから、君に協力して欲しいんだ」
「っ!」
「君が協力してくれれば、今より────」
僕がそう言いかけた時、レイラは身を乗り出して言った。
「アレク様がそうお望みなのであれば、私はアレク様にご協力させていただきます!いえ!むしろ、私にアレク様への協力をさせてください!」
その積極性に少し驚かされたけど、僕はその言葉に対して頷く。
「うん、よろしく、レイラ」
「はい!アレク様、よろしくお願いします!」
こうして、僕は教会で力を持っているという聖女、もといレイラと協力関係を結ぶことになった。
セレスティーネとの契約でお金を得て、レイラとは僕の目的に向けた直接的な協力関係を結ぶことができた。
これでようやく地盤は整ったから、ここからはエレノアード帝国打倒のための具体的な計画を立てて、それを実行して行かないといけない。
むしろ、ここからが大変……だけど、僕はひとまず地盤を固めることができたことに安堵して、体の力を抜く。
「……お疲れですか?アレク様」
「君が協力してくれるることになって、安心して気が緩んだかな……それに、君はサンドロテイム王国での僕のことを知ってくれてて、変に取り繕わなくて良いっていうのもあるのかな……そうだ、僕はこの国ではルークっていう偽名で通してるから、少なくとも他の人が居るときはそう呼んでほしい」
「わかりました、他の者が居る時はルーク様とお呼びさせていただきます……それと、アレク様、もしお疲れでしたら、あちらのベッドで少々お休みになりますか?」
そう言うと、レイラは部屋の隅にあるベッドの方に手を向けた。
「……普段君が寝てるところで、僕が横になるのは悪いよ」
「いえ、普段はこの部屋ではなく家の方で眠りますので、そちらのベッドは時々仮眠する程にしか使いませんので、お気になさらないでください」
「そう……それなら、ちょっと使わせてもらおうかな」
「はい!」
そう言うと、僕はソファから立ち上がって、部屋の隅にあるベッドに近付くと、その上に上がって横になった。
……疲れの一つ一つが、取れていくような感覚だ。
僕がそんな感覚を堪能していると、レイラが僕の横になっているベッドに近付いてきて言った。
「敵地では、どこにあっても心身共に本当の意味で休まる時間は無かったと思われます……が、この場でだけは、心行くまでお休みになられてください」
「あぁ、ありがたい」
僕がそう返事をすると、続けてレイラは言った。
「加えて……アレク様、私は以前、アレク様にお救いいただいた際、何も恩返しすることができませんでした」
「僕はサンドロテイム王国の王子として当然のことをしただけだから、恩返しなんて考えなくていい……それに、もし恩返しというなら、僕に協力してくれるだけで、僕にとっては十分恩返しになってる」
「それだけでは、とても十分とは言えません……ですからアレク様、私は……あの時の私ではできなかった方法で、アレク様に恩返しをしたいのです」
「できなかった……方法?」
「……失礼致します」
僕がそう聞き返すも、レイラはそれには答えず失礼するとだけ言ってベッドに上がってくると────僕の腰辺りに跨ってきた。
「レ、レイラ……?」
その突然の行動に困惑していると、レイラは頬を赤く染めて甘い声色で言った。
「アレク様────アレク様のためだけのこの身を、どうか……存分に、ご堪能なされてください」
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