再会

 翌日の昼頃になると、僕は最近では毎日のように行なっているセシフェリアへの外出許可を取るべくセシフェリアに話しかけた。


「セシフェリアさん、今日も街に出たいんですけど、出ても良いですか?」


 今日も断られたら、聖女に協力を申し込むことができる日がまた遠のいてしまうから断らないで欲しいと思いながらそう聞くと、セシフェリアが言った。


「ルークくんは本当に街が大好きだね〜!今日は特に何も無いから良いよ〜!でも、明日は私仕事無くてお休みだから、二人でいっぱい過ごそうね!」

「……わかりました」


 明日は街に出られないということになってしまったが、今日の分はあっさり許可を取ることができたため、僕はそのままセシフェリア公爵家の馬車に乗って街へと向かった。

 本当なら教会まで馬車で向かえると良かったけど、そのまま馬車で教会まで向かったら、セシフェリアに僕が教会に行っていたことがバレてしまうため、僕は街に到着すると馬車から降りて教会に向けて走った。

 ────数十分後。


「今回は、前と違って走る速度に制限が無かったから、前よりも早く教会に到着することができたな」


 目の前にある相変わらず特異な雰囲気の建物を見ながらそう呟くと、僕はアーチ状の窪みの中にある扉に近付────こうとした時、その扉と僕の間に割って入るようにして、貴族服を着た男性が僕に話しかけてきた。


「初めてお見かけするお顔ですが、こちらにはどのようなご用件で?」


 わざわざこんなことを聞いてくるということは、おそらく教会の人なんだろう。

 僕は、不審に思われないようにすぐに返事をする。


「聖女様にお話しがあって来ました」


 ここで「エレノアード帝国を打倒するために、聖女様に協力をお願いしに来ました」なんて正直に言ってしまったら当然突き返されるだろうけど、聖女に話があると言うだけだったら何も問題無いはずだ。


「……続けて失礼ですが、身分をお聞きしても?」

「奴隷です」


 教会の人を相手に嘘を吐いて揉めるようなことは避けたかったため正直に答えると、目の前の男性は怒鳴るように言った。


「っ!奴隷のような穢らわしい存在が!神聖な教会、聖女様に近付くなど許されるはずがない!立場を弁えよ!!」


 奴隷だと分かった瞬間にこの変貌ぶり……それはそれとして────


「奴隷が穢れている、ですか?」

「奴隷という存在が穢れていることなど、周知の事実だろう!そんなことを聞き返すな!この奴隷が!!」


 男は、再度怒鳴るように大きな声でそう言った。

 勝手に攻撃を仕掛けて、奪った領地の民を奴隷としているくせに、その民のことを穢れているなんて思っているのか……僕のことは良いとしても、サンドロテイム王国の民がいずれそんな扱いになると思っただけで怒りが湧いてくる。


「……奴隷が穢れているなら、あなたたちエレノアード帝国の人間は────」


 僕が思わず、その怒りから出た言葉を発しようとした時。


「大きな声が聞こえて来ましたが、どうか致しましたか?」


 正面に立っている貴族の男の後ろにある扉が開き────そこから、長く明るい金髪にピンク色の目をした見覚えのある女性、聖女が姿を現した。


「せ、聖女様!」


 すると、男はすぐに聖女の方を振り向いて慌てた様子で言う。


「騒ぎ立ててしまい申し訳ございません、しかし、この者が穢らわしい奴隷の身でありながら聖女様と話をしたいなどとふざけたことを言うので、つい……」

「奴隷の方が私とお話を……ですか?」

「はい、この者です!聖女様からも、その愚かさと罪を、どうかこの者に直接お告げください!!」


 そう言うと、僕の正面に立っていた男は正面から退いた。

 それにより、今度は僕と聖女が正面で向かい合う。


「っ……!」


 すると、聖女は僕の顔を見た瞬間に、大きく目を見開いた。

 すると、続けてその両目から涙を溢して言う。


「あなたは、あなた様は……アレク様、なのですか?」

「っ!?ど、どうして僕の名前を────」

「やはり、そうなのですね!?アレク様!!」


 大きな声でそう言うと、聖女は僕のことを抱きしめてきた。

 突然抱きしめられたことに驚きはしたけど、今重要なのはそこじゃない。

 この聖女は、どうして僕のを知ってるんだ……!?

 サンドロテイム王国で王族と同等の待遇をしてもらったことがあるとはいえ、僕の顔を見て一目で名前まで呼べるなんて、僕と直接会ってないと……


「……」


 そういえば……前は距離があったからよく見えなかったけど、さっき向かい合った時の聖女の顔には────どこか、見覚えがあった……?


「アレク様、アレク様……!私はずっと、この時を待っていたのです……!」


 聖女は、僕のことを抱きしめる力を強めてそう言う。

 ……違う、見覚えなんて曖昧なものじゃない。

 そうだ……前に聖女が話していた話を僕が知っていたのは、他の貴族や王族から聞いたからじゃなくて────僕自身の体験した出来事だったからだ。


「思い出した……君は、あの時の────」

「せ、聖女様!?な、何をされているのですか!?」


 僕が口を開いて言葉を発しかけた時、男は荒げた声でそう言うと、続けて僕たちの方に近づいてきて、引き離そうとするためか腕を伸ばしてきて言った。


「いくら聖女様が慈愛溢れるお方だからと言って、穢らわしい奴隷などに触れてはいけませんぞ!!聖女様、早くその穢らわしい奴隷から離れ────」

「黙りなさい」

「ぃっ!?」


 聖女が虚な目と冷たく重たい声色を向けてそう言うと、男は伸ばしていた腕を制止させた。

 すると、聖女は一度僕のことを抱きしめるのをやめて言う。


「アレク様に対し穢らわしいなどと……その罪、命をもって贖いなさい」

「ひっ!?わ、私は、聖女様のために────」

「黙りなさいと言ったでしょう」


 そう言うと、聖女は迷い無く剣を抜いて、男の首を刎ね……る動きを見せたが、剣が首に触れるギリギリの場所で剣を止めた。

 すると、男は恐怖で腰を抜かしたが、聖女はそんな男のことを見下ろして言う。


「ここで首を刎ねてしまっては、アレク様にあなたの穢れた血がかかってしまうかもしれませんね……仕方ありません────この者をあの部屋へ」


 聖女がそう言うと、教会の中から二人の男性が出てきて、腰を抜かしている男のことを教会の扉へ向けて連れて行く。


「お、お待ちください!聖女様!お許しください!私は────」


 そんな声も虚しく、教会の中へ連れられて扉が閉まった瞬間、あの男の声は全く聞こえなくなった。

 それと同時に、聖女は僕の方を向いて申し訳無さそうに言う。


「アレク様、お見苦しいところをお見せし、あろうことかアレク様に対し穢らわしいなどという言葉を吐かせてしまうことをお許ししてしまったこと、大変申し訳ございません……」

「全部あの男がしたことだから、君が謝る必要は無い」


 僕がそう伝えると、聖女は僕に向けて両手を合わせて頬を赤く染め、声を震わせて言う。


「あぁ、アレク様……!その慈悲深きお心に、深く感謝致します……!」


 それから少しの間感動した様子で居ると、聖女は慌てた様子で言った。


「っ!このような場所でアレク様にずっと立たせてしまうわけにはいきませんので、どうぞ教会内へお入りください!私のお部屋へご案内致します!」

「わかった、ありがとう」

「そんな、お礼など……!あぁ、アレク様……私はそのお優しさを目にする度に、至極の思いです……!」


 僕は、そんなことを言う聖女の案内によって、教会の中へ入って、教会にあるという聖女の部屋に入らせてもらうことになった。

 ……今の話でわかったことだけど、どうやらこの聖女は以前僕が助けた女の子で、聖女の言うとは僕のことだったらしい。

 今まで、あのお方という人物が関わってくると聖女が異常な感じになるから、できるだけ聖女にその本人を会わせたくないと思っていた。

 そして、確かに普通ではない……けど、思ったよりは会話が成り立ちそうだったため、僕は少し安堵していた。

 ────聖女の、に身を捧げるという言葉の意味について、深く考えずに安堵……してしまった。

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