一番

「では、お二人とも……本日は楽しい一時を過ごさせていただき、誠にありがとうございました、また機会がありましたらその時はどうぞよろしくお願いします」

「うん、またね」


 会食が終わって、セシフェリア公爵家前に止まっている馬車前でそんなやり取りが繰り広げられると、セレスティーネは一瞬僕に微笑みかけてからその馬車に乗ってこの屋敷を後にした。

 僕は、セシフェリアが会食中に、時々僕の方に視線を送ってきていたこともあって、セシフェリアと二人きりという状況から一刻も早く抜け出したかったため、セシフェリアに背を向けて言った。


「では、僕は今から廊下の掃除をしてくるので、セシフェリアさんはどうぞごゆっくり────」

「待って」


 僕の言葉を遮って暗い声色でそう言うと、セシフェリアは続けて僕の手首を握って言った。


「ルークくんには色々と聞きたいことがあるから、今から私と一緒に来て」

「えっと……どこにですか?」

「────寝室」


 その言葉を聞いて軽く冷や汗をかいた僕は、その言葉に対して言った。


「えっと……寝室、ですか?まだ昼間ですよ?」

「うん、でも、場合によってはベッドを使ことになるかもしれないから、それなら移動する手間が省けるから最初から寝室に居た方が良いでしょ?」

「そ……そう、ですね」

「……行くよ」


 その後、僕はセシフェリアに連れられて、寝室へと向かわされる。

 こんな昼間から寝室を使う、か……セシフェリアも普段の仕事とか、今日は会食があったりで疲れているだろうし、お昼寝でもしたいんだろうか。

 意外と可愛いところがあるな。

 寝室に向かうまでの道中、僕がそんな現実逃避に耽っていると、やがて寝室に到着したため僕たちはその中に入って二人で同じベッドに座った。

 すると、セシフェリアが僕の目を見て聞いてくる。


「それで?ルークくん、どうしてセレスティーネと街で会ってたこと、隠してたのかな?何か隠さないといけない理由でもあったの?」

「っ!か、隠してません!先ほどもお伝えしましたけど、前の香水の件の時に、女性と軽く世間話をしたという話をしたのがあのセレスティーネさんです!」

「でも、あの時ルークくんはセレスティーネっていう名前は私に教えてくれなかったよね?セレスティーネの性格的に、ルークくんの名前だけ聞いて、自分の名前を名乗らないとは考えづらいし……そうなると、ルークくんがセレスティーネの名前を伏せたってことには何か意味があったってことになるよね、例えば、私にバレたくないことを隠すため、とかね」


 流石に鋭いな……いつものことながら、よくそんな少しの情報だけでここまで核心に迫るようなことを見つけられるものだ……だけど。


「そんな意図はありません、あの説明のために、わざわざ名前まで伝える必要は無いと思ったので、伝えなかっただけです」


 こう伝えてしまえば、一度落着している話をこれ以上掘り起こすことはできない……と思っていたところに、セシフェリアが言った。


「あの時は真偽はわからないけどっていう形でとりあえず納得してあげたけど、もしルークくんが私に何かを隠してるって考えると、ルークくんの体の色んなところに香水の香りが付いてたことにも、ルークくんの言ってた奴隷の子なのに紳士服を着てるのが珍しいっていうのとは、別の推測が立つよね……これも例えばだけど────」


 セシフェリアは、僕の上半身に片手で触れながら言った。


「こんな感じで、ただ純粋にセレスティーネがルークくんの体に触れたかっただけ……とかね」

「っ!そんなの全部想像で、事実とは違います!」


 実際、あの時セレスティーネが僕の体に触れたのは、僕の体に触れたかったからではなく、見えない服の下で僕が怪我をしている可能性を心配してのものだった。

 そのため、僕は力強くそう否定すると、セシフェリアは落ち着いた声色で言う。


「そう、こんなの全部ただの想像で、例え話……だから、これだけでルークくんが私以外の女に気を取られたって決めつけて、お仕置きするのはいくらなんでも可哀想な話だよね」


 ……そのことがわかっているなら、今の話は一体何のための話だったんだ?

 僕がそんな疑問を抱いていると、セシフェリアが言った。


「ルークくんが他の女に気を取られていたことの証明はできない……だけど────少なくとも、ルークくんが私のことを一番に思ってくれてるかどうかは、この場で確かめることができるよね」

「……どういう、意味ですか?」


 僕が相変わらず頭に疑問符を浮かべてそう聞くと、セシフェリアは何故か貴族服の上着のボタンを外し始めた。


「セ……セシフェリアさん?」

「今から上の服脱ぐから、私のおっぱい優しく触って?そうしてくれたら、ルークくんの中で私が一番だって信じてあげる」

「は……はい!?本当にどういう意味ですか!?」


 セシフェリアらしくない、かはわからないけど、少なくとも突然出てきた全く論理を感じない話に驚いていると、セシフェリアが言った。


「仮にルークくんがセレスティーネとどんなことしてたとしても、少なくともおっぱい触る以上のことはしてないっていうことは、ルークくんの表情とか雰囲気とか、あとは……前に私の下着姿見ちゃっただけであんなに大きくしちゃってたっていうのもあるから、そのことは確信してるんだよね」

「っ……!」


 本当にあれは一生の不覚だ……!!


「だから、今ここでルークくんが私のおっぱい触ってくれたら、ルークくんにとって私が一番だって信じてあげられるの」


 そう言うと、セシフェリアは貴族服の上着を脱いで、続けてボタン付きブラウスのボタンを外し始めた。


「ま、待ってください!僕はそもそも、本当にセレスティーネさんとそういったやましいことはしてな────」

「私がルークくんに絶対セレスティーネとそういうやましいことをしたって言えないように、ルークくんにだって絶対にしてないって言えるほどのものは無いはずだよ?むしろ、体の色々なところに触れられてる分、ちょっと分が悪いぐらいじゃないかな?」


 っ……確かにその通りだ。

 今まで証拠が無ければという考えで押し通してきたけど、今はそれが逆手に取られてしまっている……!


「むしろ、そういったことを全部まとめて、ルークくんが私のおっぱいを触ってくれるだけで解決できるんだから、良い話だと思わない?」


 良い話なわけがない……!

 初めて触る女性の胸が、敵国の女性の胸なんて、そんなことが良い話であるはずがない!!

 僕が心の中でそう強く叫ぶも、セシフェリアはブラウスのボタンも全て外し終えて脱ぐと、上だけ下着姿となった。

 そして、背中に手を回したところで、一度その動きを止めて言う。


「せっかくだから、下着のホックはルークくんに外してもらっちゃおっかな〜」

「……え?」

「実は、下着がはだけた瞬間ルークくんがどんな顔するのかな〜とか考えてたら、それに付随して、ルークくんに下着脱がせてもらうのに憧れ出てきたんだよね〜」

「っ……!」

「あ、ホックの場所わからないかな?ほら、手貸して」


 そう言うと、セシフェリアは僕の左手を自らの背中に回して、下着に触れさせながら言った。


「ここに軽く力加えるだけで、私のおっぱいがルークくんの前に露わになるよ?」


 今こうして下着から出ている部分だけでも、僕にとってはかなり刺激的なのに、それが全て露わになったりしたら……!

 僕がそう思っていると、セシフェリアが甘い声色で言う。


「ほら、ルークくん……早く私のこと脱がせて、おっぱい触って?」


 ここまで来たら万事休すか……いや!

 ……こうなったら、言いたくもない言葉だけど、言葉でその他の大事なものを守ることができるなら言うしかない!

 そう強く決意を固めると、僕はセシフェリアに伝える。


「僕にとって、セシフェリアさんが一番です!そんなこと、わざわざ体に触れなくても伝えられます!」

「っ……!?……ダメだよ、ルークくん、言葉だけじゃ────」

「セシフェリアさんが一番です!」


 セシフェリアの胸に触れたくない一心で僕が必死にそう言うと、その必死さが逆に真実味を生み出したのか、セシフェリアは頬を赤く染めて照れた様子で言った。


「そう言ってくれるのは嬉しいけど、言葉だけじゃなくて────」

「セシフェリアさんが一番なんです!!」

「っ……!……もう一回、言って?」

「セシフェリアさんが一番です!!」

「……あと、一回だけ」

「セシフェリアさんが一番です!!」

「……」


 僕が何度も連続でそう伝えたことで満足したのか、セシフェリアは僕の手を自らの下着から離して言った。


「ルークくんがそこまで言ってくれるなら、信じるよ……ルークくんのこと、疑ったりしてごめんね?」

「い、いえ、気にしないでください」


 その後、セシフェリアはどこか照れた様子で服を着直し始めた。

 その横で、僕は思う。

 ────長期戦を覚悟していたけど、だからと言ってのんびりしてたら、いつ僕の貞操が奪われるかわかったものじゃない……!

 明日にでも教会に居る聖女に会いに行って、サンドロテイム王国の王子として協力を申し込もう……聖女はという人物が関わってくると少し異常みたいだったけど、幸いここはエレノアード帝国で、聖女の言うという人物が居るわけもないため、冷静に話し合いを行うことができるはずだ。

 そして、聖女を味方に付けることができれば、教会勢力の力を借りて一気に僕の目的に近付ける……!

 そのため、僕は明日こそ何も問題無く、予定調和に話が進むことを心の底から祈って、今日の残りの時間を過ごした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る