会食

 セレスティーネが、料理の置かれている場所の目の前にある椅子に、姿勢良く座ると、セシフェリアが言った。


「ねぇ、私の名前は当たり前としても、どうしてセレスティーネがルークくんの名前を知ってるの?」

「それは以前、私がルーク様とお話しさせていただいたことがあるからです」

「……ルークくんと、お話し?」


 まずい……!

 まさか、今日のセシフェリアの会食の相手が数居る公爵の中からセレスティーネだったなんて思っていなかったから、セレスティーネにはセシフェリアが僕の女性関係についてとても厳格だということを伝えられていない!

 だけど、大丈夫だ……僕が一時的に婚約者候補になった契約などについては、わざわざ金銭の受け渡しに屋敷を使ってまで漏らさないようにするという意識をしていたから、この場でもその話をすることは無いはず。

 なら、僕がどうにか最悪の事態になるのを避けるべく話に介入していくしかない!


「以前、街に出た時に女性と軽く世間話をしたという話をしましたが、それがこのセレスティーネさんです」

「……へぇ、まぁ、会食何だしとりあえず目の前の料理食べよっか」

「そう致しましょう」


 セシフェリアが感情を読めない声でそう言うと、セレスティーネがそれに賛同して、二人は目の前に並べられている料理を食べ始めた。

 このまま、今食べているご飯の味に関する話をするだけで終わってくれ……なんて思いながらも、公爵同士の会食がそれだけで終わるはずがなかった。


「で?セレスティーネの方は、最近調子はどうなの?」

「どの調子でしょうか?」

「セレスティーネ公爵家の人間に聞く調子って言ったら、まず奴隷制度廃止の件に決まってるでしょ」


 奴隷制度廃止……!?

 ……セレスティーネが奴隷制度を嫌っているというのはわかっていたが、そこまでしていたのか。

 だが、確かにそれなら職務上たくさんの奴隷を見てきたと言っていたセシフェリアの言葉にも納得が行く。


「そちらの件は……順調とは言えませんね、全く進歩が無いというわけではありませんが、やはりこのエレノアード帝国と奴隷制度というものは密接に繋がっているようです」

「そうだろうね〜、エレノアード帝国は労働力を奴隷で補ってるんだから、もしその奴隷が居なくなっちゃったら想像できないほど損失が生まれるからね」


 そうか……確かに、奴隷制度は労働力を補えるけど、その反面それが無くなった時は、今まで奴隷で補っていた労働力を補えなくなって────エレノアード帝国は、する。

 ……もちろん、それだけで完全に崩壊するとは思えないけど、少なくともそんな状態になれば他国との戦争なんてしている場合じゃなくなるはずだ。

 そして、そうなったらサンドロテイム王国も……!

 現実的かどうかはともかくとして、僕がエレノアード帝国のの一つを、その国の公爵同士の会話から得ることができたことに少し嬉しさを抱いていると、セレスティーネが言った。


「例えそうなったとしても、それは今まで人という存在を軽んじてきたことへの報いとして受け入れ、今度こそ奴隷制度などというものに頼らずに、この国を再建すれば良いのです」

「セレスティーネはそういう考えだよね、私は前まで奴隷制度があっても無くてもどっちでも良いと思ってたんだけど……今は、あってくれないと困るかな」

「それは、何故ですか?」


 その問いに対して、セシフェリアは僕の方を見て言った。


「奴隷制度が無くなっちゃったら、私とルークくんを繋いでくれるものも無くなっちゃうからね、それは困るよ」

「クレア様は今まで奴隷の方……いえ、何においても執着心のようなものを見せるお方では無かったかと思いますが、ルーク様には執着心がお有りなのですか?」

「執着っていうか、それ以上の何かって感じかな?世界中どこを探してもこの気持ちを表せるほどの言語が存在するのかわからないよ」


 楽しそうに言うセシフェリアのことを見ると、セレスティーネは言った。


「あのクレア様にそこまで言わせるとは……流石はルーク様ですね────そのようなお話しをしていただいた後でこのようなことを伝えさせていただくのは非常に申し訳ないのですが、一つよろしいでしょうか」

「何?」


 ここで口を挟むことなど僕に許されるわけもなかったため、僕はこの刹那、心の中で頼むからセシフェリアの怒りを買うようなことを言わないでくれと願う、も……そんな僕の願いとは反対に、セレスティーネがその言葉を放ったことによって、僕の微かな願いは無惨にも砕け散った。


「ルーク様のことを、クレア様のお好きな額で譲ってくださらないでしょうか」


 そんなセレスティーネの言葉を聞いたセシフェリアは、椅子から立ち上がって素早く剣を抜くと、それをセレスティーネに突きつけて暗い声色で言う。


「私がルークくんのことを譲るわけないでしょ……ていうか、奴隷制度の廃止を謳ってるセレスティーネが、どういう風の吹き回し?もしかして、今日ルークくんを同席させてって言ってきたのもそのため?」


 剣を突きつけられているセレスティーネだったが、特に動じることもなくその問いに対して頷いて言った。


「その通りです……ですが、私がこのような提案をするのも、最終的には奴隷制度の廃止のためです」

「……どういう意味?」

「クレア様も、ルーク様のことを一千万ゴールド支払ってご購入されたのであれば、もうお気付きでしょう……ルーク様が、奴隷の方でありながらも奴隷の方ならざる雰囲気を纏っている、なお方であるということを」

「……」

「そのような方にお傍に居続けてもらうことができれば、奴隷制度廃止に関する突破口のようなものが見えてくると思ったのです」


 僕には、奴隷制度廃止のことだけでなく、僕のことを本当に婚約者候補にしたいという考えも薄らと見えたが、そのことはセシフェリアには言わないつもりらしい……というか、もしそんなセレスティーネの考えがセシフェリアに知れたら、セレスティーネの前に僕が何をされるかわからないため、頼むからそれは言わないで欲しい。

 セレスティーネの言葉を聞いたセシフェリアは、一度剣を下ろして鞘に収めると落ち着いた声色で言った。


「確かに、ルークくんみたいな奴隷の子が傍に居たら、セシフェリアの奴隷制度廃止の方も今よりは調子が良くなるかも知れないね」

「はい、ですから────」

「でも、私はそもそも、ルークくんと一緒に居るためにも、今は奴隷制度があってくれないと困るの……だから、セシフェリアの奴隷制度廃止のために協力はできないし、仮に協力するとしてもルークくんのことをセシフェリアに譲るなんてことは絶対にできないよ」


 続けて、セシフェリアは後ろに控えている僕の体を服の上から触りながら、頬を赤く染めて言った。


「ルークくんの体も心も、全部私だけのものだから、それを他の誰かに譲るなんて絶対にあり得ないの……もしそれでも、誰かがルークくんのことを私から奪おうとするんだったら、その時は────」


 続けて、セシフェリアはセレスティーネの方を向いて、虚な目と冷たい声色で言った。


「例え、、私はルークくんのことを守るよ」

「……今のご自分の発言の意味を、理解なされているのですか?」

「もちろんだよ、王女様にでも報告する?」


 そう投げかけたセシフェリアに対して、セレスティーネは少し間を空けてから首を横に振って言った。


「いえ、私はクレア様と対立したいわけでは無いので、ご遠慮させていただきます」


 セレスティーネがそう言うと、セシフェリアは目に光を戻して声色も冷たい声色から落ち着いた声色へと変化させて言った。


「私も、セレスティーネがルークくんのことをどうこうしようとしないんだったら、別にセレスティーネと対立も、奴隷制度廃止の妨害もするつもりは無いよ」

「そうですか……でしたら、この話は一度ここまでにして、別のことについてお話ししましょう」

「……そうだね」


 その後、二人は料理を食べながら、直近であった近隣の貴族の話や領地についての話をし始めたけど、その辺りは僕のサンドロテイム王国の弱点や機密情報を得るという目的とはあまり関係の無い話だった。

 そして、僕は、どちらかと言えば、話の内容よりも時々セシフェリアが僕に視線を送ってきていることの方が気になっていて、この会食が終わった後に対して不安を抱いていた。

 このままずっと会食が続いて欲しかったけど、残酷なことにもお皿の上に載っている料理は時間と共に減っていき────二人が料理を平らげてしまったことで、会食は終了してしまった。

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