災いの予感

 教会、特にその中心人物である聖女のことをよく知ることができた僕は、セシフェリアとの約束の時間である19時に間に合うように……どころか、夕方と呼ばれる時間地にセシフェリア公爵家に帰ってきた。

 一応、昨日は屋敷に帰ってくると、ここでセシフェリアが僕のことを待ち構えていて驚かされたから今日は身構えていたけど、まだ約束の時間までは程遠いためここには居ないみたいだった。

 ということで、僕はそのまま屋敷内を進んで、セシフェリアの仕事をしているであろう部屋のドアをノックする。


「セシフェリアさん、ただいま戻りました」

「ルークくん!?入ってきて良いよ!!」


 部屋の中からとても大きく、それも明るい声が聞こえてきたため僕が言葉の通り部屋の中に入らせてもらうと、セシフェリアがドア付近まで来て僕のことを出迎える。


「おかえり、ルークくん!今日はちゃんと約束守ってくれたんだね!」

「はい、昨日は本当にすみませんでした」

「ううん、ちゃんと反省してくれたなら良いの!ルークくんはいい子だね」


 そう言うと、セシフェリアは僕の頭を撫でてきた。

 そして、しばらく僕の頭を撫でると、やがてその手を離して大きな声で言う。


「そうだ!ルークくん、ちゃんと約束守ってくれたから、何かご褒美あげないといけないよね……ルークくんはどんなご褒美が良いとかある?やっぱり、男の子ならおっぱい触りたい?」

「っ……!べ、別に触りたくないです!」


 そう大きな声で否定するも、セシフェリアは少し口角を上げて、頬を赤らめながら言う。


「でも、昨日私の下着姿見ただけですごく大きくしてたよね?あれって、私のおっぱい……ううん、私の体に興味があるっていう証拠じゃないのかな?」

「あれは……生理現象です!僕の意思でああなってるわけじゃ────」

「意思に関係無く大きくなっちゃうぐらい溜まってるんだったら、やっぱりちゃんと出してあげた方が良いのかな?意思に関係あって大きくなっちゃうんだったらそれは正常かもしれないけど、意思に関係無いってことは我慢のし過ぎってことだもんね」

「っ……!そ、そういうわけじゃ……」

「じゃあ、意思に関係あって大きくなっちゃってたのか、意思に関係無く大きくなっちゃってたのか、改めて教えてくれる?」


 意思に関係あると答えればセシフェリアの下着姿に劣情を抱いていたと認めることになってしまうが、かと言って意思に関係無くと答えれば、それはそれで我慢のし過ぎだと言われてその先で何をされるのかは見えている。

 っ……!ど、どうして僕がこんなことを考えないといけないんだ!

 そう思いながらも、どちらが僕の尊厳や貞操にとって良い選択なのかを考えていると、セシフェリアが僕のことを見て言った。


「ルークくん顔真っ赤〜!ちょっと意地悪し過ぎちゃったかな?ごめんね?ルークくんが思ってたよりも早く帰ってきてくれたから、ちょっと舞い上がっちゃったの」

「っ!」


 帰る時間に間に合ったは良いものの、僕はセシフェリアから精神的なダメージを受けてしまい、それから少しの間は頭の中で先ほど立てた変な問いの余韻が残り続けてとても恥ずかしい気持ちでいっぱいとなってしまった。

 それから、僕が少し落ち着くと、夕食の時間となったため僕たちは二人で食堂へ向かって料理を食べる。

 そして、僕はこの間に明日も円滑に僕の目的に向けてスムーズに行動を起こせるように、セシフェリアにお願いしておくことにした。


「セシフェリアさん、明日も街に出て良いですか?」


 今日は約束の時間に余裕を持たせて帰ってくることができたから、承諾してくれる……と思ったけど。


「ルークくんには悪いけど、明日は家に居てくれるかな?」


 そう断られてしまった。


「……どうしてですか?」

「前にも話したと思うけど、明日は公爵家の人間と会食があるの……そこにルークくんも同席して欲しいんだよね」


 あぁ、そういえばそんな話もしていたような気がする……でも。


「どうして僕に同席して欲しいんですか?」

「それは、ただ私がルークくんのこと自慢したいだけ〜!っていうのもあるんだけど、その相手の公爵からちょっと前ルークくん……正確には、私が買った奴隷のことも同席して欲しいって追加で連絡来たんだよね」


 僕のことを……?

 ……セシフェリアの奴隷だということで、興味が湧いたのかな。

 ……何にしても、そういうことなら明日教会に行って聖女と直接やり取りを行いに行くのは難しそうだ。


「わかりました……そういうことなら、明日はこの屋敷に残ります」

「ありがと〜!そうだ、ルークくん」


 セシフェリアは、フォークでサラダを挟むと、それを僕の口元に差し出してきて言った。


「ルークくん、あ〜ん」

「しません」

「……ルークくん、あ────」

「しないです」


 僕が二度連続で断ると、セシフェリアはそのフォークを一度サラダの入っているお皿に戻して大きな声で言った。


「もう!私ルークくんにご飯食べさせてあげるの憧れてたのに!どうして食べてくれないの!?」

「公爵のセシフェリアさんに、そんなことをしてもらうわけにはいかないですよ」

「え〜!そんなこと気にしなくても良いのに〜!」


 もちろん、本当にそんなことを気にしているわけではないが、敵国の女性であるセシフェリアにそんなことをしてもらうというのは避けたかったため、このぐらいの嘘は吐く。

 その後もそんなやり取りを続けて、僕はどうにかセシフェリアのことを躱すと、その後はそれぞれお風呂に入って、いつも通り同じ寝室で眠ることになった。

 そして、それぞれのベッドで横になると、僕はなんとなく気になったことをセシフェリアさんに聞いてみる。


「セシフェリアさん、明日この屋敷に来る公爵の人ってどんな人なんですか?」

「真面目だけど意志は強いって感じかな……元々はあの子との会食にルークくんを同席させても良いのか悩んでたんだけど、向こうからその話が出た時は驚いたよ〜、どういう風の吹き回しなんだろうね〜」


 僕のことを同席させても良いのか悩んでいた……?

 ……気になる言葉ではあったけど、それは今考えても仕方の無いことだろう。

 ひとまず、今日のところは明日の会食というものが無事に終えるのを祈って、そのまま眠っておくことにした。

 そして────次の日の昼時。

 いよいよ、セシフェリアとその相手の公爵の会食の時間になり、食堂にやってくると、僕は料理の並べられているテーブルの前に座っているセシフェリアの後ろに控えていた。


「……」


 エレノアード帝国の公爵同士の会食を見られるなんて、僕にとって有益以外の何物でも無いため、一体どんな人物がやって来るのだろうと思いながら静かに待っていると────やがて、食堂のドアがノックされた。


「お嬢様、公爵様をお連れ致しました」

「入って」


 セシフェリアがそう言うと、セシフェリア公爵家のメイドの女性が食堂に入って来た────かと思えば。


「……え?」


 その後ろに続いて、ピンク色で長いサラサラの髪に、綺麗な顔立ちに加え、品性を感じる雰囲気を纏った女性────セレスティーネが姿を現した。

 すると、セレスティーネは僕たちの方に向いて微笑みかけるようにして言った。


「クレア様、ルーク様……本日はどうぞ、よろしくお願い致します」


 この会食は、セレスティーネが僕と出会う前から決まっていたものだから、この会食で僕に関しての議題が上がって僕に変な火の粉が降りかかることも無い……と思いたいけど、僕はセレスティーネが以前言っていたことを思い出す────


「奴隷制度を利用するというのは不服ですが、それを差し引いても、あなたには私の傍に居ていただいた方が良いと判断しましたので、制度を利用してあなたのことを購入させて頂こうと思います」

「今まで奴隷を購入することに興味など無かったクレア様が、一千万ゴールドであなたのことを落札したということは、私と同じようにあなたにそれだけの何かを感じたということです!余計にあなたのことを手放すわけにはいかなくなりました」

「婚約者候補という話を、偽りでも一時的なものでもなく、本当のことと致しませんか?」


 それらの数々のセレスティーネから放たれた言葉を思い出した僕は、この会食の場が、僕にとって災いを呼ぶ場になりそうな予感しかしなかった。

 だけど、予感はあくまで予感であって、絶対というわけじゃない。

 だから、僕はどうか、この予感が予感で終わり、この会食が無事に終わることを切に願うことにした。

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