聖女

「私を誰だと思っているのであるかっ!このっ!離せっ!!」


 そう騒ぎ立てる肥満体型の男のことなど気にも留めていないのか、二人の男性はその男のことを馬車に連れ込んだ。

 いくら聖女を貶されたからと言って、店や街であんなことをしても良いほどに教会には権力があるのか、それともそれだけ勢力が拡大しているのか、もしくはその両方なのか……僕がそんなことを考えていると、その馬車は走り始めた。

 おそらく、さっきも話していた教会に向かっているんだろうけど……


「馬車か……」


 全力で走れば追いかけることはできるかもしれないけど、バレないように尾行することは困難……諦めるべきか。

 と思ったけど、幸いあの馬車は馬に負担をかけない速度で走っているため、陰に隠れながら走っても尾行は可能そうだ。

 ということで、周囲には細心の注意を払いながらもその馬車を尾行すると────数十分後。


「あれは……」


 僕の視界に、あるものが入った。

 とても高く、アーチ状の窪みの中に入口と思われる扉があって、複数の独特な雰囲気の窓に尖塔が左右均等に建てられている建物────教会だ。

 なんとなくどこかの資料で見たことがあるか無いかだったけど、実際に見てみると予想以上の迫力があるな、と感じていると、馬車から三人の男性が降りてきた。


「この私をこんなところに連れて来おって!今すぐ離せっ!!」


 相変わらず騒ぎ立てている肥満体型の男の言葉を、相変わらず無視して、一人の男性が教会に向けて大きな声で言った。


「聖女様!業深きものをお連れいたしました、聖女様の御心によって、この者の穢れを払って下さらないでしょうか!」


 男性がそう言い放ち終えると────正面にある扉が開いた。

 すると、そこから、白を基調として、ところどころに金の模様と、袖の部分だけ赤で模様の入っている服を着た、長く明るい金髪にピンク色の目をした女性が出てきた。


「あれは……聖女服?ということは、あの女性が……?」


 ……ここからでもわかるほどに綺麗な目、綺麗な顔立ちをしていて、その長い髪もしっかりと手入れが行き届いているのかサラサラで艶があり、女性としては高身長で体型も整っている……あの女性が、聖女。


「……」


 確かに、聖女と呼ばれるだけの風格はある……僕がそんなことを思っていると、その聖女は早速話し始めた。


「わかりました……では、罪の内容を、あなたの口から直接お聞かせ願えますか?」


 小さく笑みを浮かべて言う聖女の問いに対して、肥満体型の男は大きな声で言う。


「ふざけるなっ!この私に罪などあるものかっ!」

「どうやら、罪人は罪を自覚できていないようですね……仕方ありません、あなたがこの者の罪を私に代弁してください」


 聖女が、肥満体型の男を押さえている男性のうち一人に向けてそう言うと、その男性は頷いて言った。


「この者は、街のレストランにて、大きな声で聖女様のことを……とても私の口からは発することなどできない、嘲る発言を致しておりました」

「……のおかげで生き存えている私のことを嘲ることは、あのお方のことすら嘲ることと同義……確かに、とても罪深きようですね」

「何が罪深いものかっ!貴様が今や風前の灯となっているサンドロテイム王国との戦争に反対するようなバカな女だから、バカな女だと言ってやっただけであるっ!」


 っ……サンドロテイム王国を侮辱されると、どうしても苛立ってしまいそうな僕だったけど、その感情をどうにか抑え────


「黙りなさい」


 ていると、僕ではなく、聖女の方が目元を暗くして、顔から小さく浮かべていた笑みを消すと、肥満体型の男に向けて冷たくも重たい声色でそう言い放った。


「ひっ……!」


 肥満体型の男は、その聖女に対して恐怖の声を上げる。

 が、聖女は気にした様子もなく、首を横に振って言った。


「やはり、あのお方の崇高さを知らぬ者は愚かとしか形容することができません……もしかしたらあなたのような愚か者でも考えが改まるかも知れませんので、どうして私がサンドロテイム王国との戦争に反対するのかを軽くお話し致しましょう」

「だ、誰が愚か者────」


 恐怖を感じたとはいえ、かろうじて残ったプライドでそう口を開こうとした肥満体型の男だったが────


「黙って聞きなさい、それとも今すぐに首を刎ねられたいのですか?」

「ひっ、わ、わかった、聞くのである……!」


 明らかに様子が変貌した聖女に対し、肥満体型の男は恐怖を声に出すと、異を挟むのをやめてそう言った……聖女の様子が変わったことは気になるけど、サンドロテイム王国との戦争に反対する理由というのは当初から僕が気になっていたことのため、それをこの場で聞けるのはありがたい。

 そう思いながら僕が耳を傾けていると、聖女は口を開いてその理由を話し始めた。


「私はある昔、まだエレノアード帝国とサンドロテイム王国が戦争状態になって居ない頃、公爵という身でありながらも、自由に羽ばたきたいと願い、家の者には秘密で国外へと出たのです……当然、危険があることは承知していましたが、金銭は手にしていたのでどうにかなるであろうと考えていました」


 聖女でありながら、公爵家の人間……なるほど、どうして教会、そして聖女がそれほどまでに強い権力を誇っているのかが、少しだけ見えたな。


「ですが、現実は甘くなく……私は、サンドロテイム王国付近で、馬車を襲う盗賊に出会したのです……その者らは馬車の御者を気絶させると、すぐに私の方へ近付いてきました……知にはある程度富んでいましたが、その時の私は武力となる力を備えていませんでしたので、私は純潔を奪われ、命を失うことまで覚悟しました────が、その時です!」


 聖女は両腕は両手を握り合わせると、頬を赤く染めて続けて言った。


「あの方は、私の前に現れると、颯爽とその盗賊たちを圧倒し私のことを救ってくださったのです!もしあの方が居なければ、純潔を奪われた上で命を失ってしまっていたでしょう……ですが、あの方が!私を救ってくださったのです!」


 続けて、その調子で今度は自らの身に触れながら言った。


「さらに、あのお方は私がお礼に金銭を支払うと言ってもそれを受け取ることはせず、私のことをサンドロテイム王国内に招き、王族の方と同等の扱いとして部屋や料理を用意してくださったのです……どうして他国の人間である私にそこまでするのか、私はそのお方に理由を尋ねてみました────すると、そのお方はどの国の人間であっても、幸せで居てもらいたいと思うのが自らの務めだと仰られていました……私はあの時、まさに慈愛に溢れた神のようなお方に出会ったのです」


 ────王族と同等の待遇……!?

 そんなことができる人間なんて、公爵家の人間か王族の人間ぐらいなはず……だけど、そういえば今の話を僕はどこかで聞いたというか、……ような気がする。

 もしかして、僕はその人物が誰かを知っているのだろうか。

 そう考えてみてサンドロテイム王国の公爵の人間と王族の人間を頭に思い浮かべてみるも、その話を聞いたという情報となかなか合致しない。

 すると、聖女は落ち着いたように頬を赤く染めるのをやめて言った。


「そのようなお方の住まう国を攻め滅ぼすなど、この私が許容できるはずがありません……私はまだ、あのお方に何の返礼もできていないのですから……あぁ、今こうしている時もあのお方が危険な目に遭っていると思うと、胸が痛くてなりません……」


 そして、今度はまた続けて頬を赤く染めて、自らの顔に両手を添えて言う。


「一刻も早く、再度あのお方にお会いし、体が成熟して居なかったために、あの時にはできなかった方法でこの身を捧げ、あのお方と愛なる行為を────いえ……このような話を、この場でする必要はありませんね」


 聖女は再度落ち着いた様子で頬を赤らめるのをやめると、小さく笑みを浮かべて言った。


「いかがですか?今のお話で、サンドロテイム王国との戦争を継続することの愚かさを、あなたも理解することができましたか?」

「り、理解、など……出来よう、はずも……」

「そうですか……ですが、あのお方の慈悲深さは、あなたのような方をも見捨てたりはしないでしょう……顔色も悪いようですし、ひとまずはこの方をあの部屋へお連れしてください」

「わかりました、聖女様」


 二人の男性は、聖女に言われたことに頷くと、その男を教会の中へと連れて行った……一人になった聖女は、何を思い浮かべているのか、胸元に手を当てて幸せそうな表情をしている。

 ────あの聖女が、おそらくセシフェリアの言っていた、教会に居る人格が特徴的で、突出した才能を持っているという人間なのだろう。


「確かに、変わっている……というか、それすらも超えたものを感じたな……」


 だけど、あの話ぶりからして、サンドロテイム王国に敵対心が無い……というか、むしろどちらかと言えばサンドロテイム王国寄りであることは間違いない。

 再度自らを助けた人物に会ったら身を捧げると言っていて、何をするかわからないから、できるだけそのあのお方と呼ばれている本人には会わせたく無いけど、もしかしたら僕がサンドロテイム王国の王子として間接的に……という形でお願いすれば、協力してくれるかも知れない。

 非常に有益な情報を得たと思った僕は、教会の位置も把握したため、今日こそは時間に遅れないためにも一度帰って、また仕切り直すことにした。

 ……それにしても────とは、一体誰のことなんだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る