教会勢力
「おはよう、ルークくん!」
朝、目を覚ますと、もうすでに目を覚ましていたらしいセシフェリアが僕に朝の挨拶をしてきた。
「おはようございます、セシフェリアさん」
ここまでは普通のやり取り……だが、次にセシフェリアは普通のやり取りとは違うことを聞いてきた。
「そうだ、ルークくん……苦しくない?」
「……え?」
苦しくないか……?
どうして突然そんなことを聞いてくるんだ……?
もう手錠は外されているし、昨日何か変なものを食べたわけでもない……睡眠だって、昨日は疲れていたこともあってむしろ快眠だったほどだ。
「どういう意味ですか?」
朝起きてすぐに苦しいかどうかを問われる理由に心当たりなんて無い僕がそう聞くと、セシフェリアが言った。
「昨日、ルークくんのルークくんが、すごく大きくなってたでしょ?男の子は寝起きとかだと特にそれが顕著に出るっていう話を聞いたことがあるから、もしかしたら今ルークくんのも苦しくなってるのかなって思って」
「っ!?」
苦しいって、健康的な問題かと思ったけどそういう意味か……!
「もし苦しいんだったら、昨日ルークくんが娼館に行ってたって誤解しちゃってた私のせいもあるかもしれないから、言ってくれれば────」
「い、いえ!大丈夫なので、心配しないでください!」
絶対にその方面で話を広げたくない僕が、慌ててその話題が広げられようとしているのをせき止めるも、セシフェリアは僕に距離を縮めて来て言う。
「本当?あんなのずっと我慢してたら大変だと思うから、言ってくれたら今すぐにでも出してあげるよ?」
「ほ、本当に大丈夫です!気にしないでください!」
力強く伝えると、セシフェリアは僕から距離を離して言った。
「そっか、なら良いの……でも、もし出したくなったらその時はいつでも言ってね────私はルークくんのためだったら、どんなことでもしてあげるから」
優しい表情でそう言うセシフェリアだったけど、僕は────そんなことにはならない……というか、仮になったとしても言えるわけがない!
と、心の中で叫んだ。
その後、セシフェリアと食堂へ向かって朝食を食べていると、僕は一度食べる手を止めてセシフェリアに言う。
「セシフェリアさん、今日も昼頃から街に出たいんですけど出ても良いですか?」
奴隷という身である以上、許可も無く街に出るなんてことは出来ないためそう確認を取ると、セシフェリアが言った。
「仕事の合間にルークくんの顔見たいから今日はだ〜め!って言いたいところだけど、昨日は私が勘違いしちゃったせいでルークくんに迷惑かけちゃったりもしたから、良いよ!でも、今度こそちゃんと時間通りに帰って来てね?」
「約束します」
僕自身のためにも言われるまでもなくそうする予定だったため、頷いてそう答えると、セシフェリアは笑顔を見せた。
……もし今日もまた時間を破るようなことがあれば、この笑顔が虚な目と冷たい表情に変化し、僕の手に負えないものになることは目に見えているため今日は昨日の失敗を活かして絶対に間に合うようにしよう。
その後、朝食を食べ終えると、昼になるまでの間セシフェリアが仕事をしているのを見守り、時々セシフェリアの話し相手になった。
そして、昼になると、しっかり十万ゴールドを紳士服のポケットに入れてから、僕は馬車に乗って街へと向かった。
「────よし……ようやく、ようやくだ」
街に到着すると、僕はセシフェリアに紹介してもらった貴族御用達のレストランの前で思わずそう呟いた。
ここに来るまで、どれだけの苦労があったか……それでも、ここで上手く貴族たちと話をすれば、僕の欲しい情報を得られるはずだ。
そう思いながら店内に入ると、天井には等間隔に綺麗なシャンデリアが掛けられていて、白のテーブルクロスのかけられた複数のテーブルの前でエレノアード帝国の貴族たちが談笑している。
「……」
サンドロテイム王国の民が一人でも苦しんでいるかもしれない状況で、こんなにも敵国の貴族が食事を楽しんでいると思うと虫唾が走ってしまうけど、僕はそれをどうにか堪えて適切な人物を探す。
「……居た」
僕は、二人用テーブルに一人で座っている、装飾品をたくさん身に付けた肥満体型の男性の席に近付くとその男に話しかける。
「こちらの席で食事をさせていただいても良いですか?」
「ん?」
食事をしていた男は、僕の方に気付くと、僕の顔から服を見て言った。
「うむ、座られよ」
「ありがとうございます」
その男性の正面に座ると、ウェイターがやって来たため、僕は適当にパスタとスープのコースを頼んでおいた。
「お料理の味の方はいかがですか?」
お肉料理を食べていた男にそう聞くと、その男は得意げに答えてきた。
「絶品であるな……庶民などには許されぬ、我ら貴族に相応しい味と言えますぞ」
「何よりです」
次に、男は顎に手を当てながら聞いてきた。
「貴殿は、公爵家の方ですな?」
「どうしてそうお思いになられたんですか?」
「これでも私はそれなりに高級品への目利きに自信がありましてな、その紳士服は公爵家……もしくは、侯爵家の人間がギリギリ手の届く範囲のものだとお見受けいたしまする」
「慧眼ですね、その通りです」
「はっはっは、このぐらい大したこと無いですぞ?」
大きく口を開けて、満更でも無さそうに言った。
「私は侯爵家の人間であるが、それなりに財には自信がありまする」
「えぇ、その身に付けられている装飾品の数々を見れば、あなたの家の崇高さが見て取れます」
「この魅力がわかるとは、流石にお目が高いですなぁ」
この男がまたも得意げにしているのを見て、僕はやはりこの男を選んで正解だったと確信した。
本当なら、位に対する執着の強く、装飾品を自らの権威性の証明だと勘違いしている貴族に、笑顔を作って褒めるなんてしたく無いけど────これは、情報を得るために必要なことだ。
この男の警戒心を解いて、僕のために情報を落として行ってもらう。
僕が心の中でそう呟くと、パスタとサラダ、スープが届いたため、僕はナイフとフォークを手に持って、パスタを一口喉に通してから、いよいよ僕にとっての本題に入ることにした。
「それにしても、エレノアード帝国の対外状況は長い間物騒ですよね」
「そうですなぁ、特にあの国、あぁ、サンドロテイム王国と言いましたかな、あの国さえ滅びてくれれば、長年の戦争での勝利ということで落ち着くんでしょうがなぁ」
「っ……!」
僕は、思わず右手に持っていたナイフでこの男を攻撃したくなった気持ちをどうにか堪える。
落ち着け……この男から情報を得るため、というか、それ以前にこんなところで問題を起こすわけにはいかない。
どうにか心を落ち着けると、僕はその相手の言葉を取って僕の欲しい情報を得られる方向に話を進めることにした。
「サンドロテイム王国と言えば、国内にはサンドロテイム王国との戦争を反対している勢力があるとか」
「教会のことでありますな?」
どうやら、この話をされて即答されるぐらいにはその話はもうエレノアード帝国内では常識となっているらしい。
「はい」
「全く、教会勢力にも困ったものであるな……我々貴族どころか、王族ですら簡単には手を出せぬとは……しかも、サンドロテイム王国との戦争を反対するなどと、正気の沙汰とは思えませんぞ」
「……そのことなんですけど、どうして教会はサンドロテイム王国との戦争を反対しているんですか?」
「詳しいことはわからぬであるが、教会の中でも莫大な権力を誇っているという聖女の意向らしいですな」
「聖女……?」
教会はサンドロテイム王国に無いから詳しくはわからないけど、とにかく、教会の中で莫大な権力を持っている人らしい。
「呆れるほどバカな女ですぞ!サンドロテイム王国との戦争に反対なんてことさえしなければ、今頃もっと勢力を拡大でき────ぶへぁっ!?」
この男が話している最中、突然近くの席に座っていた男性二人がこの男の両腕を押さえた。
「と、突然何をする!!」
「聖女様を侮辱してしまった業は、もはや聖女様に払っていただく他ありません」
「この業深きものを、聖女様が救ってくださることを祈りましょう」
「ま、まさかっ!貴様らっ!教会のっ!?離さんかっ!」
肥満体型の男がそう言うと、二人の男性はこのテーブルに肥満体型の男の食べ物分の代金を置くと、その男のことを店外へと連れて行った……教会の、ということは、もしかして今からあの男は教会、それも聖女のところに連れて行かれるのか!?
ある程度教会勢力の情報を得ることはできたけど、まだまだ……特に、聖女についての情報が欲しい……なら。
「……行くしかない」
そう思った僕は、代金を支払うと、サンドロテイム王国との戦争を反対している聖女というのがどんな人物なのかをこの目で確かめるべく、三人の後を尾行した。
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