娼館利用者限定

 ……セシフェリアはどうしたんだ?

 割引券を見たと思ったら、突然目や表情の雰囲気が大きく変わったが……セシフェリアがそこまで興味を持つということは、この割引券は、エレノアード帝国においてはかなり希少価値の高いものなんだろうか。

 だが、割引券というのは、購入するものから値段を割引くだけで、どれだけそれが希少なものであったとしても、財のあるセシフェリアがそれに対して興味を引く理由がわからない……が。


「割引券のことは置いておくとして、話を戻しましょう」


 僕は、少し間が生まれたことでこの状況の打開策を思い付くことができた。

 僕が女性と関わっていないということを証明できる、今日の僕の行動を全て伝える……もちろん、セレスティーネと過ごしていたことを伝えるわけにはいかないため、嘘を伝えるが、要するに嘘だと証明できなければ良いということだ。

 例えば、人の誰も居ない場所で一日中風に当たっていたとか……かなり極端だけど、誰も見ていないという前提なら、これを嘘だと言うことはできない。

 ということで、僕は話を戻す。


「今日あったことを、正直にセシフェリアさんに伝えれば────」

「ううん、もういいよ……今日ルークくんがどんなことして来たのか、もうわかったから」

「え……?」


 まだ何も言っていないのに、どうしてそんなことがわかったんだ?

 僕がそんな疑問を抱いているも、セシフェリアは冷たい声色で言う。


「ルークくんはカッコいいから寄ってくる女も居るかなって思って一応釘は刺しておいたけど、ルークくんはそんなことしないって信じてたのに……」


 女の人……?

 そんなこと……?


「な、何の話ですか?」


 今まで嘘を吐いていたのとは違い、本当に何の話かわからなかったため僕がそう聞くも、セシフェリアは言った。


「そんな証拠を堂々と持ってたのに、まだとぼけるつもりなの?」

「証拠……?」

「私がしないでって言ったことを堂々としたのに、気付いてないんだね」


 そう言うと、セシフェリアは僕の手に持っていた割引券を取ると、それを僕に見せてきた。


「大きく割引って書いてる上に、小さな文字で文章があるでしょ?」

「文章……」


 確かに、そういえば上の方に小さな文字で文章が書かれている。

 この割引券については後で調べようと思っていたからちゃんとは読んでいなかったけど、ここに一体何が書いているんだろうか。

 そう思いながらその文章に目を通すと、そこには────


『本日もご利用いただきありがとうございました♡この割引券を使用していただくと、次はどの女の子を選んでもご利用額が半額になります♡今後も、たくさん娼館で楽しい時間を過ごしましょうね♡女の子が待ってますよ♡』

「え……は、え……?」


 僕は、見慣れない文字の羅列や、何故かハートマークが多用されている文章に目眩のようなものを感じながらも、どうにかその文章に目を通した。

 ……女の子、ご利用額、娼館、待ってる?

 これは、もしかして────


「それって、娼館の割引券だよね?それも、利用者限定の」

「っ……!」


 そうだ、これは娼館で使える割引券だ!

 だが、どうしてあの女性がこんなものを持っていたんだ!?

 普通に街に歩いている女の人が、娼館の割引券なんて────普通の街?


「……」


 僕は、あの女性が居る場所付近に到着した時の自らの心情を思い出す。

 ────街の雰囲気が少し変わった……?人通りが少ない割には、やたらと建物と看板が出ていて……

 街の雰囲気が……そして、僕はさらに記憶を遡る。

 あれは、セシフェリアと初めて街に行った時のことだ。

 ────セシフェリアは、ある方向に人差し指を差して言う。


『この街から一つ外れた場所にあるあっちの方には、絶対に行ったらダメだよ』

『わかりました……でも、どうしてですか?』

『あっちは娼館とかがある場所だからだよ……言わなくてもわかってると思うけど、もしルークくんが私に許可なくそんなところに行ったりしたら────』

『い、行きません!』

『うん、ルークくんはいい子だね』


 あの人差し指の方向、それに僕が街の雰囲気が変わったと感じたこと……もしかして、あそこは────娼館が立ち並んでいる場所だったのか!?

 ということは、あの女の人はその娼館のどこかで働いている女の人……!?つまり、あの女の人が本当は利用者の人にしか渡したらいけないと言っていたのは、娼館を利用している人という意味だったのか!?


「ご、誤解です!セシフェリアさん!僕は────」


 娼館を利用してなんて居ないため、誤解を解こうとした────その時。

 セシフェリアは、携帯している剣を高速で抜くと、それで僕の真横の空気を斬って、変わらず虚な目と冷たい声色で言った。


「もう今は喋らないで、ルークくん」

「っ……!」


 ────速い……!

 今までの剣の扱いからも何となくわかっていたことだが、やはりセシフェリアはその知性だけじゃなくしっかりと剣も扱えるのか……!

 最悪の場合、近接戦なら勝てると踏んでいたけど、セシフェリアが剣を持っていて僕が素手という状況では……それに、仮にセシフェリアに抵抗してセシフェリアを気絶なりなんなりさせられたとしても、それで状況は変わらないどころか、むしろ僕は公爵に暴行した奴隷として重罪を課せられるだろう。


「ついてきて」

「……」


 もはや、今はセシフェリアの言う通りにするしかない。

 僕は、言われた通りにセシフェリアの後ろに続くと、セシフェリア公爵家の廊下を歩く……そして、思考する。

 あんなものを持ってしまっていたら仕方無いけど、セシフェリアは今、間違いなく僕が娼館を利用していると誤解している。

 何か、その誤解を解く方法は……そう考えて全力で頭を回転させていたけど、有効的な手段と思われるものは浮かんでこなかった。

 やがて、セシフェリアはあるドアの前で足を止めると、その中へと入った。


「ここは……」


 僕もその後に続けて中に入る。

 すると、この部屋のドアの前に立った時からわかっていたが、ここはいつも僕とセシフェリアがそれぞれのベッドで睡眠を取っている寝室だった。

 寝室……ベッド……っ!まさか────


「セシフェリアさ────」

「その私のベッドで横になって」

「っ……」


 僕の言葉を遮る、というよりは僕の言葉などどうでも良いというように、セシフェリアはそう言ってきた。

 これは……まずい。

 今のセシフェリアが、僕とベッドでしようとしていることなんて、容易に想像が付く……ならいっそ、ここで抵抗しておいた方が良いのか?

 ……ダメだ、さっきも考えたことだけど、今それをしたって僕にとってメリットよりデメリットの方が大きい。


「わかりました……」


 僕は言われた通りにセシフェリアのベッドの上で横になった。

 すると────セシフェリアは、懐から手錠を取り出した。


「て、手錠!?」


 それを僕の手に嵌めようとしてきたため、反射的にその手錠から手を離した僕────だったけど、それを見たセシフェリアが言う。


「ねぇ、本当だったらルークくんは今頃、肉体的にとっても痛い目に遭っててもおかしく無いんだよ?それでもそうしない私の優しさに対して、抵抗したりするんだ」

「そ、それは……」


 僕の視界の端に、セシフェリアの剣が映る。

 ……セシフェリアが剣を持っている以上、抵抗なんて無意味だ。

 ゆっくりと両手を差し出すと、セシフェリアはその僕の両手に手錠を嵌め、模様の形になっているベッドボードの空いているところに僕の手錠を繋げて固定した。

 そして、僕が抵抗できない状態になったのを確認すると、セシフェリアはこのベッドの上に座って、僕に虚な目のまま妖艶な笑みを向けて言った。


「じゃあ、ルークくん────脱ぎ脱ぎしよっか」

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