最悪な二択
できるだけ早く屋敷に着いて欲しかったが、それと同時にできるだけ着いて欲しくないという矛盾した願望を抱きながらも馬車でセシフェリア公爵家の屋敷へ向かっていると、たった今、この馬車はセシフェリア公爵家へ到着した。
到着……してしまった。
僕は、冷や汗をかきながらも、馬車に置いてある置き時計に目を移す。
「19時17分……」
残酷なことに、どれだけ進まないでくれと祈っても、時というものは進んでしまう……そして、今こうしている間にも時は過ぎている。
僕は、冷や汗をかきながらもどうにか馬車から降りて、どうにか心を落ち着けようとしながら門を通って屋敷の扉前まで歩いてきた。
だが、まだ心は落ち着かないため、僕は一度深呼吸をして呟く。
「屋敷の中に入って、セシフェリアの居るであろう部屋に着くまでの廊下を歩きながら心を落ち着けよう……」
今すぐに冷静になることはできなくとも、廊下を歩いている時間があれば冷静になることはできるはず……そして、冷静にさえなることができれば、この状況だってきっとどうにかできる!
そう自らに言い聞かせ、扉を開けると、僕は屋敷の中に入────
「おかえり、ルークくん」
屋敷の中に入った────と同時に、僕の視界には、綺麗な白髪で色白な肌、そして貴族服の上からでもわかるほど大きな胸に、長い脚を持っている女性……セシフェリアの姿が映った。
「……」
セシフェリアの姿が映った!?
ど、どうしてセシフェリアが玄関に居るんだ!?
玄関でできることなんて、掃除や靴の整理ぐらいだと思うけど、当然公爵のセシフェリアがそんなことをするはずがない……というか、廊下を歩いて冷静になろうと思っていたのに、突然こんなアクシデントが起きたんじゃ冷静になんてなれない!
ち、違う、落ち着け、とりあえずここは、内心は冷静じゃなくても表面上冷静に、落ち着いて振る舞えば良いんだ!
「はい、ただいま戻りました……結果的にお出迎えいただけたことはとても光栄なのですが、どうしててセシフェリアさんが玄関に居るんですか?」
平静を装いながらも純粋に湧いて出た疑問を投げかけると、セシフェリアがそれに答えた。
「ルークくんのことを待ってたの……さっきまでは、仕事が終わって疲れてたから、早くルークくん帰って来ないかなって楽しみに部屋で待ってたんだけど────ルークくんに帰って来るよう伝えたはずの19時になってもルークくんが帰って来なかったから、ここでルークくんのことを待つことにしたの」
っ……!この流れはまずい……もしこのままセシフェリアに話の主導権を握られてしまえば、僕が約束の19時を過ぎたということに話の焦点が当てられてしまう。
だが、まだこの状況ならいくらでも誤魔化しようはある……!
僕は、馬車の中で考えた誤魔化しをここで一つ使うことにした。
「19時を過ぎてしまって、本当にごめんなさい!ただ、言い分を聞いてもらえるなら、僕は街にある時計で時間を確認してたんですけど、どうやらその時計の時間がズレてしまっていたみたいで、僕もついさっき馬車の置き時計を見て19時を過ぎていることを確認できたんです!許して欲しいとは言いませんけど、そのことだけは────」
「じゃあ、街のどの時計で時間を確認したか教えてくれるかな?もしその時計を今から確認しに行って、本当に数十分単位でズレてるなら、ルークくんの言葉を信じてあげる」
っ……!
やはりそう来たか……だけど、僕はもうこれ以上セシフェリアに負けるわけにはいかないんだ!
セシフェリアの性格を考えればそう聞いて来ることはわかっていたため、僕は間を空けずに言う。
「すみません、どこにある時計だったかは覚えてなくて……」
この言葉を少し間を空けてから言えば、セシフェリアの目には怪しく映っただろう……だが、今回はそうじゃない。
事前に用意していた言葉のため、間を空けずに言う事ができ、それによって真実味が生まれている。
仮に少し不自然に思ったとしても、その少しの不自然さを確証ある不自然に昇華させるのはまさに悪魔の証明。
そして、セシフェリアがその権力で強引にその悪魔を証明するために街の時計を全て調べると言い出したとしても「朧げな記憶ですけど、古い時計だったのでもう撤去されてしまったのかもしれません」とでも言えば済む話だ。
今までセシフェリアには散々煮え湯を飲まされてきたが、セシフェリアと半月程度過ごして大分理解度も増してきた。
これからは、僕がセシフェリアのことを上手く利用する番だ!
心の中で強くそう意気込むと、セシフェリアはそんな僕のことを見て暗い声色で言った。
「そっか……ねぇ、ルークくん────もし今、正直に謝って、何をしてたのかも全部正直に話してくれたら、不問っていうわけにはいかないけどちょっとは許してあげるけど、それでも本当にそのままの意見で良いの?」
それで僕の動揺を誘ってるんだろうけど、そんなのは意味の無いことだ。
「はい……実際遅れてしまったのは事実なのでその点については弁明するつもりはありませんけど、時間を確認し間違えたっていうことは本当です」
僕がこう言い続ける限り、それが嘘だと断定することはできない。
そのため、僕が心の中では強気に思いながらそう言うと、セシフェリアが言った。
「それなら、聞きたいことがあるんだけど────どうして、ルークくんは今この屋敷に入ってきてすぐに、それを私に伝えて謝らなかったの?」
「……え?」
僕が想像していなかった切り口に困惑の声を漏らすと、セシフェリアは続けて口を開いて落ち着いた声色で言った。
「今の話が本当なら、馬車に乗ってる間も、屋敷に入って来た時も、ルークくんの頭の中には時間を見間違たせいで私との約束の時間を破っちゃったっていうことでいっぱいなはずだよね?それなのに、どうして第一声が私が玄関に居ることに対する疑問だったの?」
確かに、それは不自然かもしれない……でも、そのことだっていくらでも言いようはある。
「それは、セシフェリアさんがまさか玄関に居るとは思ってなくて驚い────」
そう言いかけた時、セシフェリアはその言葉を遮るようにして言った。
「今のルークくんの話の上での心理状態なら、一瞬は玄関に私が居ることに驚いたとしても、その直後には私にその遅れた理由の話をしてないとおかしいよね?本当に見間違えとか誤解だったなら、そのぐらいの必死さが無いとおかしいの」
「……それは────」
「でも、ルークくんには必死さが無かった……ううん、むしろ、私のことを見た時、さらに冷静さを保とうとしてるようにすら見えたよ?今すぐにでも謝らないといけないと本気で思ってる人が、そんな態度取るかな?それとも、今の私の心理分析が間違いだった?だとしても、それはそれで大問題だよ、だって今の分析が間違ってるんだったら、ルークくんは私が帰って来るよう伝えた時間っていうのを軽視してるってことになるもんね」
おかしい。
ついさっきまで、僕の方が優勢だったはず……なのに。
「じゃあ、今の話の上で聞くけど……ルークくんは時計の時間を見間違えたって嘘を吐いてるのか、それとも私との約束を軽視してるのか、どっちかな?」
────どうして、いつの間にか、僕にとって最悪な二択を選ばせられようとしているんだ?
「……」
この選択肢、どちらを選んだって僕に良いことはない。
嘘を吐いていたと認めればそれに対する罰が下るだろうし、セシフェリアとの約束を軽視していたと答えれば今後は軽視しないようにと何をされるかわからない。
僕がその二択のどちらを選ぶべきかと悩んでいると、セシフェリアが言った。
「ルークくん、あと一度だけチャンスをあげるね……今日あったことを全部正直に話してくれたら、ちょっとは許してあげる……私がルークくんに19時までには帰って来てって言ったのは、ルークくんの顔を見たいっていう気持ちと、それ以上遅くなったらルークくんが女と変なことしてるのかなって不安になるから……でも、もしルークくんが女とそういうことはしてないんだったら、今日あったことを全部正直に教え────」
そう言いかけたセシフェリアは、一度言葉を止めると、僕の右手に持っている割引券に視線を移して聞いてきた。
「……ルークくん、それ何?」
ここからどうすれば状況を変えることができるのかと思いながらも、僕は一応それに答える。
「割引券です、お店で使えると説明されました」
そう言いながら、俺はセシフェリアにその割引券を見せる。
「ふ〜ん、そんなのもらえ────」
何かを言いかけたセシフェリアは、その割引券を見てその言葉の続きを発するのをやめた────かと思えば。
「……」
目や表情を虚な目と冷たい表情に変化させて、その割引券を見つめていた。
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