盗人
「どうだった?」
「へっ、貴族様なんてチョロいもんだぜ、一瞬で五万ゴールドも取れたからな」
「マジかよ!五万も何の対策も無しに持ち歩いてるなんて不用心だなぁ、ま、俺らとしちゃありがてぇけどな、はははっ!!」
「まだガキだったからな、金の価値ってやつがわかってねえんだろ……これからは、ガキの貴族を狙っていくのも良いかもしれな────」
「あなたたちに、これからなんて無い」
人気の無い路地裏の中にある空き地で、どうしようもない会話を繰り広げている三人の体格の良い男に対して僕はそう言い放つ。
すると、三人の男は驚いたように僕の方を見た。
「何っ!?」
「テメェは……さっきの貴族のガキ!ど、どうやってこの秘密のアジトを知りやがった!?」
「そんな下らない問答はどうでも良い、とにかく早く僕のお金を返して欲しい」
そう伝えると、何かが可笑しかったのか。
三人の男たちはゲラゲラと笑い始めた。
「そうかそうか、貴族様がわざわざ俺たちのためにもう片ポケットに入ってる金をばら撒きに来てくれたのか」
「そういうことか!へっ、貴族様は情が深えぜ」
「だったらそいつは丁寧に受け取らねえとな」
そう言うと、男たちは楽しそうに首や手を鳴らし始めた。
「……はぁ」
僕はその目の前の光景に思わずため息を吐く。
こんな品の無い野蛮な連中を野放しにしているなんて、この国の王族はこの国の民のことを考えているのか?
……他国を侵略する戦争を優先して、こんな野蛮な連中の居る国内の状況を放置しているような王族だ、考えているはずもないか。
もしこのエレノアード帝国の王族を見てしまったら、反射的に何も考えず一発殴ってしまいそうだが、今そんなことを考えていても仕方無いためその衝動を抑える。
すると、男たちの一人が不機嫌そうに言った。
「あぁ?なんで溜息なんて吐いてやがる、テメェ状況わかってんのか?」
「状況がわかってないのはそっちだ」
「んだと!?テメェ、覚悟できてんだろうな!」
「俺らに喧嘩売ったらどうなるか、分からせてやるぜ!」
そう言うと、男たちは三人で同時に僕に殴りかかってきた。
が、僕は一人目の攻撃を避けてその男の腕を握ると、その男を投げてぶつける形で残りの二人のバランスを奪った。
「テ、テメ────がはぁっ!!」
「ふざけ────ぐあぁっ!!」
そして、僕はバランスを奪った二人に強烈な一撃を入れる。
すると、僕は、一人残った僕のお金を奪った体格の良い男に視線を送って言う。
「僕のお金を返せ」
「チッ、ク、クソッ!!」
僕の言葉を聞いた体格の良い男は、そう声を上げると走って逃げ始めた。
当然、逃すわけがないためその男の後を追う。
いくら地の利が無いと言っても、こんな男に足の速さで負けるほど鍛錬を怠ってきたつもりは無いため、あと少しで追いつく────と思った時。
「なんだ……?ここは……」
僕は、走りながら思わずそう呟く。
街の雰囲気が少し変わった……?
人通りが少ない割には、やたらと建物と看板が出ていて……と、周りの情報を分析していると────
「きゃあああああっ!!」
僕の追っていた男が、近くに居た女性のことを捕まえると、その女性が悲鳴を上げた……そして、男は立ち止まると、僕の方を向いて言う。
「おい!そこを動いたら、この女がどうなるかわかってんだろうな!」
「は、離してください!!」
「うるせえ!お前は黙ってろ!!」
僕は、ある程度近づいて足を止めて言う。
「……人質のつもりか?」
「あぁ?んなの、見りゃわかんだろうが……貴族のお前に、民の無事を脅かすような真似はできねえだろ?」
……例え敵国の民であったとしても、確かに何の害も無い民の無事を脅かすようなことはできない。
だけど、僕はそういう意味で人質のつもりかと聞いたわけじゃない。
「人質にするにしても────もっと距離を取らないと意味が無い」
「あ……?何言ってやが────」
この男にとっては動いた瞬間反応できると思った間合いなんだろうが、サンドロテイム王国の王子である僕は、こんな盗人の範疇に収まらない。
僕は、事前にある程度……今回においては、一蹴りで相手の裏を取れる場所まで近づいていたため、素早く地を蹴ると、その男の裏を取って思い切り地面に叩きつけた。
「ぐはぁっ!!」
そして、この男が気絶すると、結果的に解放されたこの男に捕まっていた女性は、僕の方を向いて言った。
「た、助けてくださってありがとうございました!」
「いえ、僕が巻き込んでしまった形なので、気にしないでください」
本当にお礼なんて言われる立場じゃないためそう伝えると、女性は首を横に振って言った。
「そういうわけにはいきません!えっと……あっ!カッコいい方なので、お困りかわからないですけど、良かったら……」
そう言うと、女性は僕に大きく『割引』と書かれた紙を渡してくれた。
「……これは何ですか?」
割引と書かれていることから何となく予想がつくけど僕がそう聞くと、女性は口を開いて言った。
「お店で使える割引券です、本当は利用者の方にしか渡してはいけないんですけど……助けてくれたお礼です!じゃあ、私はこれで失礼します!」
そう言うと、女性はこの場から去って行った。
「割引券か……」
いくら百万ゴールドがあると言っても、できるならそのお金も丁寧に扱っていきたいからな……割引券がもらえるのはありがたい。
どのお店で使えるのかを聞き忘れたが、それはまた別の機会に調べればすぐにわかることだろう。
僕は、気絶している男のポケットを探ってしっかりと五万ゴールドを回収する。
「これで、とりあえず盗人にお金を奪われてしまったなんて僕の尊厳にも関わる問題は解決できたかな」
そう満足すると、僕は来た道を戻って街に戻った。
「やっぱり、街の空気は美味しいな……さっきのところは少し異様な空気感だったけど、一体何だったんだろう」
なんて思いながらも、僕はこれ以上街に居る理由は無いため、僕が行きの時にこの街へやって来たセシフェリア公爵家の馬車へ乗る。
今日は色々とあったけど、縁談を断れてセレスティーネからお金をもらえたし、奪われたお金もしっかりと取り戻せて、どこのお店のものかはわからないけど割引券まで貰うことができた。
「今日でまた大きく前進したな」
なんて思いながら、僕はふと馬車の中にある置き時計を見る。
「もう19時前か……」
いつもはセシフェリア公爵家に居て時の流れが緩やかだけど、外に出ているとやっぱり早く感じるな。
街からセシフェリア公爵家は長く見積もっても20分ぐらいしかかからないから、遅くても19時20分には到着────
「……19時、前?」
僕は、今の時刻をあらためて呟いて背中に悪寒が走る。
「ま、待て……セシフェリアに言い渡されたタイムリミットは、何時だった?19時だったはずだ……それで今が、もう19時前?」
詳細に言えば、あと2分で19時になる。
「ま……まずい、まずい!というか、どうしてもうこんな時間なんだ!?街に着いた頃は、18時ぐらいだったはず────」
そう言いかけた時、僕は盗人のことを追いかけ、戦い、再度追いかけ、そこからさらに来た道を戻ったことを思い出した。
────あの時間のせいだ!
「……」
僕は、屋敷を出る前セシフェリアに言われた言葉を思い出す。
「私だってルークくんに強制するなんて本当はしたくないから、ルークくんが私のことを裏切らないことを願ってるよ……今がお昼だから────夜の19時ぐらいまでには帰って来てくれるかな?その頃には私も仕事が終わって、ルークくんの顔見たい気持ちが溢れてるだろうし、そうじゃなくてもそれ以上遅くなると、ルークくんが夜の街で女と変なことでもしてるのかなって不安になっちゃうからね」
その言葉を思い出して、思わず冷や汗をかく。
僕は、もはやこの馬車が屋敷ではなく、裁断の場へと向かっているような気さえした……けど。
「こうなってしまった以上、おそらく何かを誤解してくるセシフェリアの誤解を解きながら、全力で頭を下げるしかない……!」
幸い、香りに関しては、盗人を追いかけるために走ったおかげでほとんど取れているため、そのことは心配無い。
となると、僕が具体的に考えるべきことは、セシフェリアは僕が娼館に行ったのではないかと疑ってくるだろうから、そのことをどう否定するかだ。
「……」
僕は馬車に到着するまでの間、そのことについて必死に思考を巡らせた。
────が、僕の今手に持っている割引券が娼館で利用できるものであること、そして……あの女性の本来は利用者にしか渡してはいけないという言葉に秘められた真の意味を、この時の僕は全く理解できていなかった。
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