信念
馬車にある置き時計に目を通すと、時刻は16時頃を指していた。
セシフェリアに言い渡されたタイムリミットである19時まであと3時間。
あと残されているのが金銭の受け取りだけな以上、やはり何も問題なく時間には間に合いそう……だけど、一つだけ懸念点があるとすれば。
「屋敷まではどのぐらいの時間がかかるんですか?」
仮に、セレスティーネ公爵家の屋敷までにかかる時間が2時間だとするなら、オーウェン侯爵家から往復するわけでは無いにしても、おそらく僕はタイムリミットの19時には間に合わないだろう。
そのため、一応その時間を確認しておく。
「この場所からだと、長く見積もっても一時間弱ほどで着くと思われます」
長く見積もって一時間弱……それなら、往復したとしても3時間はかからない。
「わかりました」
僕が唯一の懸念点を払拭できたところで、ようやく少し気持ちをリラックスさせていると、隣に座っているセレスティーネが明るい声色で言った。
「それにしても、ルーク様にはとても驚かされました……テーブルマナーはもちろんのこと、知性に加え武力にも秀でていらっしゃったとは」
「ありがとうございます……でも、驚いていた、という割には勝負の最中はかなり落ち着いているように見えました」
「……ある程度、人を見る目には自信がありましたので、ルーク様の能力が秀でてることはわかっていたのですが、知性においても武力においてもあれほどに優れているということに対して驚いたのは本当ですよ」
その優れた洞察力で、僕の能力をなんとなく見抜いていたが、実際にその力を見て驚いた……か。
納得できる話だけど、この国に潜入している身である僕は、もう一つの可能性について考えなければならない。
────このセレスティーネが、僕がサンドロテイム王国の王子であることに気付いているという可能性だ。
僕が王子であるということを知っているなら、僕が知性や武力に秀でていることもある程度予想を付けることができるだろう。
それを確認する意味でも、僕は前にセレスティーネに聞きそびれたことを聞くことにした。
「今日、オーウェン侯爵家の屋敷へ向かう馬車の中で、セレスティーネさんがこの国に婚約者候補としたい人は一人も居ないと言い、続けて僕なら婚約者候補として隣に立っても良いと言っていたことを覚えていますか?」
「はい、続けて光栄だと言いました」
「その後で、ほとんど会話をしたことが無いのにどうして僕に対してそこまでの思いを抱くことができたのかと聞いた時、セレスティーネさんは『それは────ルーク様が、他の貴族の方とも庶民の方とも、奴隷の方とも違う方だったからです』と言っていましたけど……あれは、どういう意味ですか?」
あの時は馬車がオーウェン侯爵家に到着したことによって話が流れてしまったが、ここは重要なポイントだ。
先ほどの僕の考えと繋ぎ合わせて考えるのであれば、そのセレスティーネの言葉は僕が王子だから他の人たちは違う、という捉え方も十分にできる。
というか、むしろセレスティーネが僕の正体に気付いているのでは無いかと勘繰っている今の僕には、その言葉がそういった意味にしか捉えられないため、その確認の意味でもそう問いかけると、セレスティーネは口を開いて残念そうに言う。
「ルーク様も、まだ短い時間とはいえこの国で生活をしていればお気付きかと思いますが……この国の方々は皆、奴隷制度というものを当然のように受け入れています」
確かにその通りだ。
セレスティーネの言う通り、僕はまだこの国に来てから半月という短い時間しかたっていないけど、その間だけでもこの国では奴隷制度というものが当たり前のものとして浸透していることは痛いほどよくわかった。
「貴族の方や庶民の方はもちろん、奴隷の方達自身ですら、自らが奴隷であることを受け入れてしまっているのです」
「……そう、かもしれませんね」
「もちろん、私はその奴隷の方達のことを責めるつもりはありません……そのような状況に身を置かされてしまえば、そうなってしまうのも仕方が無いと思いますから────ですが、貴族や庶民の方々はいかがでしょうか……奴隷制度などという人を人として扱わない制度を当たり前のように受け入れて、自らの幸せを享受しています……私は、例え一時的であったとしても、そのような方のことを婚約者候補とすることなど許容できません」
なるほど……それが、婚約者候補としてセレスティーネが隣に立って欲しいと思える男性がこの国には一人も居ないという発言の真相ということか。
奴隷制度が当然のものとしてある国で生まれ育った以上それは仕方が無いことかもしれないが、仕方が無いからと言って許容できるかと言われれば話が別だ。
僕がセレスティーネの心情を分析していると、セレスティーネはその綺麗な紫の瞳で僕の目を見据えると、僕の手に自らの手を重ねて明るい声で言った。
「ですが、ルーク様は違います!ルーク様は、奴隷の身でありながらも自らが奴隷であることを受け入れておらず、むしろ私には測り知れ無いほどの大きな強い意志を感じるのです!あなたのような男性に出会ったのは、人生で初めてなのです!ルーク様が他の方々と違うというのは、そういう意味でお伝え致しました」
セレスティーネは、思っていた以上に強い信念を持っているようだ……そして、今の話を聞いた上で僕が考えなければならないことは、今の話が本当は僕の正体に気付いていることを隠すための嘘という可能性だけど────そんなことは有り得ない。
セレスティーネの瞳、表情、目、伝わってくる雰囲気、話の重み……それらは間違いなく嘘偽りの無い真実であり、他に何か隠し事をしているといった感じでもない。
つまり……これで、セレスティーネが僕の正体に気付いていないということが決定したということだ。
「そうですか……わざわざ話を掘り起こしてしまってすみません、でも、とても興味深いお話でした」
「ご満足いただけたのでしたら、私はそのことが何よりです」
そう言って、セレスティーネは僕に笑顔を見せる。
よくこのエレノアード帝国で育って、こんな心優しく立派な人間が出来たものだと感心していながらも、僕は自らの手に重ねられているセレスティーネの手に視線を送って言う。
「あの……セレスティーネさん」
「はい?」
「申し訳ないんですけど、手を離していただいても良いですか?」
「っ!も、申し訳ございません!私などが許可も無くルーク様に触れてしまって……」
そう謝罪すると、セレスティーネは急いで僕の手から自らの手を離した。
僕は、そんなセレスティーネに伝える。
「別に、僕はセレスティーネさんに触れられるのが嫌だったから手を離して欲しいと言ったわけじゃありません……ただ、今の僕はセシフェリアさんの奴隷なので、勝手に他の方に触れられたりするとセシフェリアさんに怒られてしまうんです」
「っ……!」
いくら敵国の女性と言っても、ここまで心優しい女性に嫌な思いをさせたくは無かったためそうフォローを入れておく。
すると、セレスティーネが口を開いて言った。
「そう、でしたね……ルーク様は、クレア様の奴隷の方なのでしたね……」
「はい」
「……」
現状では事実のため僕が頷くと、セレスティーネが心配したような表情で言った。
「クレア様に、何か酷いことはされていませんか?」
「今のところは、なんとか大丈夫です」
「……今のところは、ということはその兆しはあるということですか?」
「奴隷という立場なので、どうしても少しはあります」
「そんな……」
少し、というか、僕の貞操に関してはかなり危険だと言えるが、そんなことはわざわざ伝えない。
僕がそんなことを思っていると、セレスティーネが俯いて何かを呟いた。
「私であれば、ルーク様にそのようなこと、絶対に……」
「すみません、何か言いましたか?」
小さな声で何を言ったのか聞き取れなかったため僕がそう聞くと、顔を上げたセレスティーネは明るい表情で言った。
「いえ!なんでもありません!それよりも、屋敷に到着するまでの間にたくさんお話ししましょう!」
「わかりました……何を話すんですか?」
「そうですね……では、手始めに好きな食べ物の話など────」
その後、僕とセレスティーネはセレスティーネ公爵家の屋敷に到着するまでの間、他愛もない話をして過ごし────数十分後。
馬車は、セレスティーネ公爵家の屋敷に到着した。
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