勝敗
「はっはっは、テーブルマナーに引き続きこちらも引き分けとなりましたな」
「……」
「おや、どうかなされましたか?もしや、知性には自信があり、その自信のある知性で結果が引き分けとなってしまったことにショックを受けられておいでですかな?」
どうしてエレノアード帝国の中でも大きな力を持っている教会がサンドロテイム王国との戦争に反対しているのか、そしてその教会に居るというあのセシフェリアが認めるほどの突出した才能を持っている人間というのが一体どんな人物なのか。
今は一つでも良いから教会についての情報が欲しい……が、ここで無闇に情報を得ようとして『どうして教会がサンドロテイム王国との戦争に反対しているんですか?』なんて聞いて、もしそれがエレノアード帝国に住まう人間であれば子供でも知っているような常識であれば、僕がエレノアード帝国の人間であるかどうかを疑われてしまうかもしれない。
それなら……ここは下手にリスクを冒すよりも、縁談を断るという目的に意識を向けて、確実に金銭を得る方が良いな。
「はい、学的な知識には自信がありましたが、まさかその点において引き分けになってしまうとは思いませんでした」
「確かに、セレスティーネ様が様々な分野の問題を出されても、それに即答されておりましたからな……さぞかし博識なのでしょうな、私が引き分けることができたのは運が良かったというところですかな、ははっ」
僕が奴隷として他国からやって来たとわかっている以上、僕のことを勝たせたいだろうセレスティーネがエレノアード帝国に関する問題を出さないことは最初からわかっていたし、エレノアード帝国やその他の国の内情などの問題で無ければ、僕はほとんどの相手に負けるつもりはないため、オーウェンが使用人に問題を仕込んでいることも加味してこの勝負が引き分けになることは最初から見えていた。
オーウェンは、この知性の勝負では、五問を確実に取ることができるという圧倒的有利を得ていたためできれば勝とうとしていただろうけど、別にここで引き分けになったとしても計画に支障は無いんだろう。
おそらく、この男の狙いは────
「では、次は武力の勝負ですな……知性には富んでいるようですが、武の心得の方はいかがでしょうかな?」
「自分ではあまりわかりませんね」
ここで下手に自らの手の内を晒すほど愚かな行為は無いため、僕はその問いに対して軽く受け流す。
だが、それを僕が武に自信が無いという風に捉えたのか、オーウェンは眉を上げて得意げな表情で言った。
「はっはっは、それもそうですな……ですが────もしあまり自信が無いのであれば、怪我をなされないように棄権されることをお勧めしますぞ?」
「……というと?」
「あなたのように、知性が豊富な貴族の方はいくらでも居ますが、そういった方々の多くは武力が無いですからな……無論、そのどちらかがあれば貴族として生きていく上で困ることはほとんど無いでしょうが、セレスティーネ様の婚約相手としては見劣りすると私は考えておるのです」
そもそもこの男は婚約に愛が伴うことすら理解していないのだから、僕からすれば見劣っているとか見合っているという段階にすら到達できていないが、そんなことを今口にする理由はない。
「そうかもしれませんね……でも、今のあなたの話と僕が棄権することに何か関係があるんですか?」
「もちろんですとも、こう見えて私は少し剣に覚えがありましてな」
……やはり、この男の狙いは────テーブルマナーと知性の勝負を引き分けで終わらせ、自らの得意な剣の勝負で僕に勝利すること、か。
まぁ、だからといって何かが変わるわけじゃない。
「そうですか」
「はい……ですので、棄権なされ────」
「棄権はしません、早く勝負を済ませましょう」
「ぐっ!……良いでしょう、ですが自分で選んだこと、多少の怪我をしても逆恨みはしないでもらいますぞ」
自らの望む答えとは反対の答えが返ってきたことに顔を引き攣らせながらそう言ったオーウェンは、僕とセレスティーネのことを庭へと案内した。
「この庭は見ての通り剣しか置いておりませんが、かなりの広さがあるので時々剣を打ち合う時にはちょうど良い場所なのです……もし剣以外の武器が良いという場合はすぐにご用意させていただきますが、いかがですかな?」
「いえ、剣で大丈夫です」
「はっは、ありがとうございます」
武力という点において僕のことを完全に下に見ているのか、オーウェンは余裕ある表情でそう言った。
オーウェンは大柄な体型で僕よりも二回りほど体が大きいため、そんな態度になってしまうのも無理は無いのだろう。
もし僕がこの勝負に負けたらオーウェンと婚約させられるという状況下、それもこれだけ体格差があるとなれば、セレスティーネにも少しは動揺が見られる────かと思ったけど、その目は相変わらず澄んでいる。
「……」
こんな状況でも相も変わらない様子のセレスティーネのことを横目に、僕とオーウェンは互いに剣を一本ずつ手に取って向かい合う。
「勝敗の判定はどうするんですか?」
「シンプルに、相手の無防備な場所に剣を突きつけるか、剣を相手の手から奪うことができたらということでいかがですかな?」
「わかりました」
「では、セレスティーネ様……開始の合図をお願いします」
「はい」
セレスティーネが頷いて返事をすると、僕は右手で剣を構え、オーウェンは両手で剣を構えた。
そして、その直後────
「勝負の開始をお願いします!」
セレスティーネがそう告げると、オーウェンは地を蹴って僕との距離を縮めてくると、力任せに剣を振ってきた。
ひとまず、僕は相手の太刀筋を見るべく受けに回る。
そして、しばらく受けに回っていると、オーウェンが得意げに言った。
「どうしましたかな?手も足も出無いのであれば、今のうちに降参なされる方が賢明かと思われますぞ?」
僕は、右、左と交互に振られる剣を受けながら思考する。
それにしても……この男、さっき面白いことを言っていたな。
「ははっ!やはり、体格差というものはどうしようも無いようですな!このまま押し切らせてもらいますぞ!!」
知性と武力、そのどちらかがあれば貴族として生きていく上で困ることはほとんど無い……確かにその通りだ。
仮に、その二つのどちらかを極限まで極めていれば、貴族として重宝されて、武力は他の貴族が補ってくれるだろうから、少なくともその貴族が生きていくのに困るなんてことにはならないだろう。
「なかなか粘られるようですが、剣の耐久力の方が持ちますかな?そのまま受けていては、剣が壊れてしまいますぞ!」
だが────それは貴族の話だ。
王族……それも、王子である僕はそうじゃない。
知性が欠けていたら民の人たちを正しい方向に導けないし、武力が欠けていたらいざという時に民の人たちを守れない。
────そのどちらかが欠けているような人間が、王になんてなって良いはずがない……そのどちらかが欠けていて、民の人たちを幸せにするなんてことはできない。
だから僕は、そのどちらも欠けないように今まで研鑽を重ねてきた。
「……いい加減、ただ剣を力任せに振ることしかできない人の相手をするのは疲れました」
「なっ……!?」
思わず小さな声でそう呟くと、僕はオーウェンの剣を受け流して思い切りバランスを崩した……が、どうにか踏ん張ると、僕と向かい合って顔に汗を流しながら剣を構え直す。
この場では奴隷を演じる必要はない────なら……このエレノアード帝国の貴族を、本気で倒すことにしよう。
「お……お、お、お前は、一体……な、な、なんなのだ、その威圧感は!」
「何を言ってるのかわかりませんけど、さっきのように僕に剣を振って来ないんですか?来ないなら、僕の方から行かせていただきます」
「な、何────」
オーウェンが口を開いたと同時に、僕は地を蹴ると、下から剣を振る形でその手から剣を奪う。
「い、い、いつの間に!?」
だが、オーウェンは動揺しているせいで剣を奪われたことに気づいていないのか、剣を持っていない両手を振ってきたため僕がそれを避けると、オーウェンは自らの手に剣が無いことに気がついたのか、腰を抜かして地面に手をついた。
「ひ、ひぃぃぃぃっ!!」
「……」
「そこまでです!勝敗は決しました」
そう言いながら、セレスティーネは僕たちのところまでやって来た。
「これで僕の勝ち、ですね」
「そ、そ、そうですな……」
「では、今後私とこの方が結ばれる中で、オーウェン様がそれを妨害なされないことを証拠として残すべく、こちらの契約書にサインなされてください」
「も、もちろんですぞ!!」
そう言うと、セレスティーネは一枚の契約書をオーウェンに渡した。
その契約書には、セレスティーネがオーウェンからの縁談を断ることと、オーウェンが今後セレスティーネに縁談を持ちかけないという旨の内容が書かれており、オーウェンはそれにサインをした。
……オーウェンが持ち出してきた勝負では、勝った方がセレスティーネと結ばれるとしか決められていなかった。
が、それに付随する形で、正当性のある理由として、負けたオーウェンに今後は縁談を持ちかけさせないという契約をさせた……か。
僕がその手際に感心を抱いていると、セレスティーネが言った。
「確かに受け取りました……では、この場で済ませるべき用は済みましたので、私たちはこの場から去るといたしましょうか」
「はい」
目的を果たしたところで、僕とセレスティーネはオーウェン侯爵家を後にすると、二人で馬車に乗った。
「この馬車はどこへ?」
「セレスティーネ公爵家です、その場で約束通り金銭をお支払い致します」
「わざわざ屋敷で、ですか?」
「第三者に目撃され契約が漏れてしまう可能性や、金銭を紛失してしまう可能性などを考慮し、それが最適だと判断しました」
そこまで厳重に警戒する必要があるのかはわからないけど、それだけセレスティーネは慎重な性格ということだろう。
そういうことならと、僕は納得してそのまま馬車に乗り、大人しくセレスティーネ公爵家の屋敷へ向かうことにした。
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