縁談

「こちらの客室で、オーウェン様がお待ちです……こちらのドアの方を開けさせていただいてもよろしいでしょうか?」


 使用人は、僕たちのことを客室の前まで案内すると、セレスティーネに向けてそう確認を取った。


「はい、お願い致します」


 その確認に対して、セレスティーネが気品ある声で頷くと、使用人はノックをしてから「失礼致します」と言うとゆっくりドアを開ける。

 そして、僕たちが客室の中に入ると、そこには大柄な男性がソファに座っていた。


「これはこれは、セレスティーネ様、よくぞ参られました……そちらが以前仰られていた?」


 オーウェンは僕の方に視線を向けて疑問を持ったように言うと、セレスティーネはそれに対して頷いて言う。


「はい、まだ婚約者の方になると決定したわけではありませんが、以前お話しした通り婚約者候補となっているお方です」

「ほほう?まぁ良いでしょう、お二人ともそちらのソファへ腰掛けてください」

「ありがとうございます」


 言われた通りに、僕たち二人はオーウェンの対面にあるソファに腰掛ける。

 その直後に、使用人は僕たちの前に置かれたティーカップに紅茶を注ぐと、この部屋を後にした。

 すると、オーウェンが僕の方を見ながら顎に手を置いて言う。


「なるほど、確かに顔は整っているようですな……ですが、我々貴族に重要なのは品性や知性や、領民を守ることのできる武の心得だと私は考えております、それもセレスティーネ様ほどのお方の隣に立つとなると尚のこと」


 セレスティーネが、オーウェンの性格について「ルーク様が自らよりも優れていることをお伝えできれば、何も言えず引いてくださると思うのです」と言っていたが、確かにこの男にはそういった傾向があるらしい。

 そして、この男の考えには賛同できる部分もあるが、この男は男女が結ばれる上で最重要となる部分を見逃している。

 ────愛情だ。

 セレスティーネの気持ちを度外視して、貴族という位や能力だけを見て婚約することなど、本質を見逃しているとしか言いようがない。

 貴族という立場に生まれたならそうなってしまっても仕方は無いけど、だからと言ってそれが肯定されるわけじゃない。


「はい、僕もそうだと思います」


 だが、ここはあえてその考えに乗っかっておく……その方がだからだ。


「話が早いですな……つまり、セレスティーネ様の婚約者になるのは、それらが優れているものが相応しい、というところも大丈夫ですかな?」

「もちろんです」


 僕がそう答えると、オーウェンは口角を上げて言う。


「でしたら、これよりテーブルマナーはもちろん、学に対する造詣の深さと武の心得について、私と勝負いたしましょう……その勝負に勝利した方が、セレスティーネ様の婚約者、そして結ばれる相手となる、ということでいかがか?」


 ……僕はあくまでも婚約者候補に過ぎないと事前に伝えられているにもかかわらず、勝負に勝利した方が婚約者になる、か。

 セレスティーネが公爵であることは、今は僕もこの場に居るためかなり抑えているんだろうが、以前聞いていたようにこの男が強引な性格をしていることは容易に想像することができるな。

 とはいえ、こんな無理な話を受ける必要はない、最悪の場合でも僕が負けた際には、オーウェンが僕の代わりに婚約者候補になるぐらいの────


「はい、それで構いません」

「っ……?」


 セレスティーネのその返答に、僕は困惑する。

 何を考えているんだ……?

 仮にこの勝負で僕が勝利しても、僕がセレスティーネの縁談に関わるのは一時的なものであるため、僕が婚約者になることはない……が、仮に僕が負けたら、オーウェンは本当にセレスティーネと婚約者になってしまう。

 どうしてわざわざそんなリスクを────と思いセレスティーネの目を見たが、その紫の瞳は澄んでいて、もはやリスクを負っているという感覚では無いようだった。

 それだけ、僕の力を信頼してくれているということだろうか。

 なら、契約の話もあるし、その信頼には全力で応えないといけないな。


「では、早速このオーウェン侯爵家の食堂へ案内させていただきましょうかな……もう、すでに料理を作らせております」

「わかりました」


 ということで、僕たちがオーウェン侯爵家の食堂へ向かうと、そこには二つの軽食ほどの肉料理が並べられていた。


「今回はあくまでもテーブルマナーを測るための場なので、料理が少量となっていることは、お許しいただきたく願いますぞ」

「はい……テーブルマナーの勝敗は、誰が決めるんですか?」

「互いが互いのことを見て、となりますな」

「互いに何も指摘できる欠点が無ければどうなるんですか?」

「その場合、この勝負は引き分けとなります」

「……」


 テーブルマナーなんて、貴族や王族ならほとんど完璧にマスターしているから、この勝負は貴族や王族なら誰がやってもほとんど引き分けになるだろう。

 この勝負に一体何の意味があるのかわからなかったが、僕はオーウェンに指示された席へと座る。

 そして、僕たちは早速ナイフとフォークを手に取った。

 とりあえず、普通に食べ────ようと思い、ナイフでお肉を切り分けようとした時……僕は、その違和感に気が付いた。


「……すみませんが、料理を取り替えてもらっても良いでしょうか?」

「どうしてですかな?もしや、テーブルマナーに自信が無いと?」

「いえ……このお肉、加熱されていると見えるように、表面だけ焦げが付いていますが、まるで中心部にだけは火が通ってません……こんなものを食べてしまったら、僕は後の勝負にしてしまうことになります……あなたも、そんな形で勝敗が決まることは望まれていないでしょう」


 僕が落ち着いてそう指摘すると、オーウェンは顔に汗を流しながら言った。


「そ、そ、そうですな!し、失礼致しました、まさか肉が加熱されていないなどと、後で料理人にしっかりと言いつけてやりませんとな、は、ははっ」

「……」


 こんな意味の無いテーブルマナーの勝負を始めたのは、ここで僕に適切な調理がされていないお肉を食べさせて、僕を体調不良で勝負続行不可能にさせて、セレスティーネと婚約する算段だったということか。

 ……やはり、こんな男に、サンドロテイム王国の王子である僕が負けるわけにはいかないな。

 その後は、当然お互いに何もマナー違反などなく肉料理を食べ終え、勝負は引き分けとなった。

 そして、次は知性の勝負ということになり、オーウェンが使用人を呼び付けると、早速オーウェンが勝負の説明を始めた。


「次は、知性の勝負……これから、このオーウェン侯爵家の使用人と、セレスティーネ様に、二人で合計十問、何かしらの問題を交代で出していただき、それぞれの問題に正解した数が多い方が勝利というシンプルな勝負ですな」


 ……この勝負は先ほどより引き分けになる可能性は低いが、勝負を持ち出してきているオーウェン側は事前に仕込むことが可能。

 とはいえ、セレスティーネも半分問題を出すということは、オーウェンが事前の仕込みで取れるのは五問分まで……先の見えた勝負だが、この勝負にもしっかりと集中しよう。


「では、先にセレスティーネ様の方から問題を出題していただきましょうかな」

「わかりました……では、近隣国である────」


 その後、僕とオーウェンは、第九問目まで勝負を続けた。

 結果は、僕が五問分正解で、オーウェンが四問正解、次のオーウェン侯爵家の使用人の出す問題で最後という状況だ。

 この結果は、セレスティーネがエレノアード帝国の内情に詳しく無い僕に気を遣って、エレノアード帝国に関連の無い問題を出してくれこと。

 そして、使用人がエレノアード帝国に関する問題しか出さ無いため、その内情を詳しくは知らない僕がその問題に答えることはできないから生まれた結果だ。

 そのため、最初から先は見えていたが、この勝負も引き分けで終わる。

 だが、僕は一応次の使用人の問題にも耳を傾けることにした。


「では、これが最後の問題です……このエレノアード帝国がサンドロテイム王国と戦争を行っていることに対して、エレノアード帝国内で反対している勢力がありますが、その勢力とはどこかをお答えください」

「っ……!?」


 エレノアード帝国内に、サンドロテイム王国との戦争に反対している勢力がある……!?

 ど、どういうことだ……?どうして、エレノアード帝国に居る人間がサンドロテイム王国との戦争に反対するんだ?

 当然、そんな答えなど知る由も無い僕が、もはやオーウェンの言葉を待っていると、すぐにオーウェンがその答えを出した。


「教会だ」


 ────教会……!?

 教会と言えば、仮にも侯爵であるヴァドリングが為す術もないほどに、このエレノアード帝国内で力を持っていて、セシフェリアも立場が特殊とか突出した才能を持っている人間が居るとか言っていたはずだ……その教会が、エレノアード帝国とサンドロテイム王国との戦争を反対している?


「……」


 もはやこの知性の勝負が引き分けで終わったことなどどうでも良く、僕はそのことに衝撃を受けて、思わず思考を止めてしまっていた。

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