タイムリミット
────セレスティーネの縁談当日。
ようやくだ、ようやくこの日が来た……!
今日さえ無事に乗り切ることができれば、僕はこの国内での動きを大幅に広げることができて、それはサンドロテイム王国を救うことの近道にもなる。
「でも、だからと言ってまだ成功もしていないのに浮かれるのは早い……ちゃんとお金がもらえるその瞬間までは、気を引き締めないと……」
念願の日がやって来て気分が高まってしまっていた自らの心を律すると、僕はセシフェリアの元へ向かう。
そして、椅子に座って仕事を行なっているセシフェリアに話しかける。
「セシフェリアさん、少し良いですか?」
「うん!何?」
「前のように、少し街に出かけたいんですけど良いですか?」
「街?……それは良いけど────その街で女に会いに行く、とかじゃ無いよね?」
相変わらず突拍子もなく鋭い発言をしてくるセシフェリアに一瞬驚かされたが、そのセシフェリアの発言はあくまでも予想であって、確信ではない。
「奴隷の僕が会いに行けるような女性は居ませんよ」
「いいよ、許可してあげる……でも、忘れたらダメだよ?私が奴隷のルークくんにここまで自由を許してあげてるのは、ルークくんのことを信頼してるから……百歩譲って、前回ルークくんが街に出た時は私以外の女に気を取られたりしたらダメってことを伝えてなかったら仕方無いとしても、もしまた女と会ったりしたら────その時は、奴隷制度に基づいて強制的にでもルークくんに言うこと聞いてもらうことになっちゃうよ」
「はい、わかってます」
落ち着いてそう答えると、セシフェリアがさらに付け加えるように言った。
「まぁ、私だってルークくんに強制するなんて本当はしたくないから、ルークくんが私のことを裏切らないことを願ってるよ……今がお昼だから────夜の19時ぐらいまでには帰って来てくれるかな?その頃には私も仕事が終わって、ルークくんの顔見たい気持ちが溢れてるだろうし、そうじゃなくてもそれ以上遅くなると、ルークくんが夜の街で女と変なことでもしてるのかなって不安になっちゃうからね」
タイムリミットは夜の19時、か……貴族の縁談、それも断るのが前提の縁談なら、少なくとも昼から夜までかかる事は無いだろうから時間の面では問題無し。
そして、香水に関しては風に当たったり花屋に寄ってから帰ったり、帰って来てからセシフェリアの元へ行く前にお風呂に入ってしまうという手もあるため、そこは縁談が終わってから考えるという形でも遅く無いだろう。
「わかりました、必ず19時までには戻ります」
僕がそう返事をすると、先ほどまでは落ち着いた声音で話していたセシフェリアが、明るい表情で言った。
「うん!それならいいよ!行ってらっしゃい、ルークくん!」
「行ってきます」
セシフェリアに背を向けると、僕はこの部屋を出てセシフェリア公爵家も後にする……奴隷の僕に信頼をおいてくれているセシフェリアには悪いが、サンドロテイム王国のためなら僕はその信頼だって利用させてもらう。
今まさにサンドロテイム王国を窮地に追いやろうとしているエレノアード帝国には、そのぐらいしないと勝つことができない……
信頼を裏切るというのは、どんな状況だったとしてもあまり好ましいことじゃ無いけど、僕はサンドロテイム王国の民の人たちが幸せに暮らしていけるためなら、そんな嫌なことだって喜んで引き受ける。
────そのためにも、今日のセレスティーネの縁談を断るという話は、絶対に成功させる!!
そう強く意気込んだ僕は、馬車に乗って街へ到着すると、前回セレスティーネと話をした街にあるベンチまでやって来た。
すると────
「っ!ルーク様!」
もうその場所に居たセレスティーネは、僕に気付くと駆け寄ってきた。
改めて近くで見てみると、綺麗なピンク髪に宝石のような紫の瞳、顔の造形だけでどこか儚さのような美しさがあって、スラッとした体に大きな胸……この容姿で公爵と言うのだから、無理に縁談を押し通そうとしてくる貴族も出てくるか。
「来てくださったのですね!もしかしたら、来てくださらないかもしれないと不安で……」
セレスティーネは胸を撫で下ろして安心した様子でそう言った。
「一度引き受けたことは、しっかりと果たします」
「ありがとうございます!ルーク様!では、行きの馬車で本日の目的などを詳細にお話ししますね」
「わかりました」
ということで、少し歩いた先にある馬車に乗ると、その馬車は目的地であるセレスティーネの縁談相手の屋敷へ向けて進み始めた。
「早速ですが、改めてお伝えさせていただきます……本日の目的は、私に頂いている縁談をお断りすることです、ここまでは大丈夫ですか?」
「大丈夫です」
「ありがとうございます……では、その具体的な方法なのですが────ルーク様には、お相手の方よりもルーク様の方が優秀であることを示していただきたいのです」
「優秀だと示す、ですか」
「はい、お相手の方はオーウェン侯爵という方なのですが、その方の性格を考えれば、ルーク様のことを婚約者候補だと紹介して、ルーク様が自らよりも優れていることをお伝えできれば、何も言えず引いてくださると思うのです」
なるほど……確かに、自らよりも優秀な人間が婚約者候補としてもう上がっている状況で、それでも自らを選んでくれというのはいくらなんでも無理がありすぎる。
そういう意味では、今回のセレスティーネの話はとても正しいと思う……が。
「そんな策を思い付いていたなら、能力の程が確かじゃない僕より、確実に優秀だと知っている他の貴族の方を婚約者候補として選んだ方が良かったんじゃないですか?」
ごく自然な発想としてそう伝えると、セレスティーネは顔を俯けて、重たい声音で言った。
「仮に一時的な、それも紛い物であったとしても、私が婚約者候補として隣に立っていただきたいと思える男性は、少なくとも私がお会いしたことのある方の中ではこの国に一人も存在しません」
公爵ということは、今まで色々な人間と会ってきていると思うが、そんな中でも一人もセレスティーネの目に適う男性は居なかった……か。
セレスティーネは、続けて顔を上げて言う。
「ですが!ルーク様は違います!ルーク様であれば、私の婚約者候補として隣に立っていただいても良い、どころか私にとって光栄だと感じました!」
「ほとんど会話もしたことが無いのに、どうしてそこまでの思いを僕に持つことができたんですか?」
「それは────ルーク様が、他の貴族の方とも庶民の方とも、奴隷の方とも違う方だったからです」
そう言って、セレスティーネは僕に笑顔を向ける。
「どういう────」
その具体的な意味を問おうとした僕だったけど、そのタイミングで馬車が目的地に着いたようで、動きを止めたようだった。
すると、セレスティーネが一枚のペンと紙を取り出して言う。
「降りる前に、こちらの契約書にサインなされてください」
その契約書には、この婚約者候補というのがあくまでも一時的であることを約束するということと、対価として金銭を支払うことが記されていた。
もうそこにはセレスティーネのサインがなされていたため、僕はその下の欄に名前を記す。
「そちらの紙は、私が契約不履行をしないようルーク様が預かっていてください」
「わかりました」
言われた通りに、僕は今の契約書を紳士服の懐に納める。
こういう部分は、セレスティーネに信頼を置くことができる部分だな。
「では、降りましょうか」
「はい」
僕とセレスティーネは、馬車から降りると、オーウェン侯爵家の使用人に案内されるという形でその屋敷へと入って行った。
「……」
廊下にある時計に目を通すと、時計は14時頃を指していた。
セシフェリアにタイムリミットとして言い渡された夜の19時まであと5時間。
縁談の時間を長く加味しても、19時には簡単に間に合うだろう……というか、間に合わないと冤罪によって何をされるかわからないため、絶対に19時には帰らないといけない。
とはいえ、そのことを過度に心配して縁談を断る方を失敗してしまっては元も子も無いため、時間の方はひとまずそこまで気にしなくて良いだろう。
イレギュラーさえ起こらなければ、何も気にしなくても間に合うのだから。
────イレギュラーさえ起こらなければ。
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